恭弥の部屋まで、私は半ば引き摺られるように連行されていく。

 

「逃げたら、咬み殺す」

「…っ……」

 

(今の実力差じゃ冗談にならん……!)

 

 

 

黒い羊は永久を

 

 

 

部屋の場所は十年前と変わっていなかった。予想通り、扉だけは見慣れないものだが。

着くと直ぐに恭弥は私の腕を離し、さっさと自分だけその中に入っていった。不親切なことである。

 

 

 

「お邪魔、します……」

 

 

 

私は一瞬躊躇った後、意を決して足を踏み入れる。……少しばかり緊張している自分が居た。

そう、まるで、初めて出来た彼氏の家にこれまた初めてお呼ばれした時の様な―――

 

 

(いや違う。断じて違う)

 

 

洒落になりそうもない思考を、首を振って止める。そんなことは有り得ない。

私はもう一度溜め息を吐いて、入ってすぐ目に付いた恭弥が愛用しているのであろう大きなソファを指差した。

 

 

 

「ここ、座っても良い?」

「いいよ」

 

 

 

住人の許可を得て、端っこの方にどっかりと腰を下ろす。ついでにふと周りを見渡してみた。

雰囲気はそこまで変わったようには思えない。余計なものは別に…………あ、サボテン発見。

窓際の小さな机にちょこんと乗せられているそれ。しかも、花が咲いている。

 

………毎朝話し掛けてたりとかしたらどうしよう。

 

 

(どんな顔で育ててるのか見たい気もするけど……。あ、でもやっぱり見たくないかも)

 

 

他に何か面白そうなものはないかと視線を巡らす。この程度の情報なら許されるだろう。

そしてふと目に付いたのは―――無数の穴が開いた、壁。

 

 

 

「何か……物凄く前衛的な壁紙があるんだけど。趣味?」

「……直す暇がないだけだよ」

 

 

 

それは明らかに銃弾が打ち込まれた痕だった。角度からして、窓から侵入されて撃たれた?

いや、でもここは幹部の部屋だ。上層階に位置しているのだから、そんなはずは……まあ出来ないわけじゃない、か。

私だってこの機械さえ使えば何とかなるし、現にさっきランボに対してそうしたのだ。それにしても物騒なことだが。

 

……まさか客室が使えないのと何らかの関係があるとか?ボンゴレは今どこかと抗争中だったりして。

 

でもって、私やハルが担当した今回の超極秘任務もその対策の一環だった……とか。

 

 

 

「……余計な情報は仕入れないのが生きる鉄則、じゃなかった」

 

 

 

考の海に深く沈みこみかけた私は、かつて私が言った台詞と共にぬっと現れたものを見て我に返った。

 

(……いい香り…)

 

 

「紅茶…?」

 

 

 

目の前に差し出されたのは、ティーカップだった。私はそれを反射的に受け取る。

それまで考えていた事など頭からすっかり消えてしまっていた。

紅茶独特の優雅な香りがふわっと薫って、私はそのまま口に含んだ。丁度良い温度、丁度良い紅茶の出具合。

 

その技術の高さに感心する前に、『恭弥がお茶を淹れた』ことに驚愕した。

 

 

 

 

 

――回想中――

 

私と恭弥が二人きりになった状態で、ちょっと飲み物が欲しい時の会話。

 

、お茶」

「偶には自分で淹れたらどうなの?何回目よ、これ」

「………………」 無言の圧力。

「私はお茶係じゃないんですけど」

「………………」 無言の圧力。

「他の人に頼めば?そしたらもう喜んで淹れてくれるでしょうよ」

「………じゃ、いらない」

「…恭弥……」

 

そうして結局私が淹れる羽目になる、というわけで。私も飲みたかったし。

 

――回想終了――

 

 

 

 

 

この十年の間に天変地異でも起こったのだろうか。私が何も言わずともさっと紅茶を淹れてくれるなんて…!

恭弥の彼女さん。愛人さん?誰だか知らないけど、貴女は偉大だ。本当に。

 

 

 

「ありがとう。…美味しい」

「…別に。ついでだし」

 

 

 

ぶっきらぼうな返事。そういうときは“どういたしまして”だろうとか思いつつ、恭弥らしいと私は笑う。

彼は自分の紅茶を持って、私の隣に座ってきた。暫く静かな時間が流れる。

 

………殺風景なのは変わらないのに、何故かとても落ち着く。

 

温かい飲み物でほっとして。緊張でか強ばった体も、解れていくような気がした。

 

 

 

 

ふと、部屋に控えめなノックが響く。その直後に聞こえてきた柔らかな声。

 

 

 

「ハルです。今いいですか?」

「開いてるよ」

「はい。それじゃ、失礼しますね」

 

 

 

入ってきたのは、ハルだった。私の着替えを持ってきてくれたのだろう、何か袋を持っている。

それはいい。それはいいのだ。だが、私は思わずティーカップを取り落としそうになっていた。

 

 

(……ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!)

 

 

―――全然、ちらとも気付かなかった。ハルの、気配を。全く感じ取る事ができなかった。この至近距離でだ。

疲れていたから、なんて言い訳にはならない。今まで死にそうなときにだってここまで気を緩めることなんかなかった。

 

どんな素人だ私は。恭弥か?恭弥の所為なのか?……十年後の恭弥、が?

 

私にとって、毒になるというのだろうか。

 

 

 

 

 

 

ハルは部屋に入ってくるなり、恭弥には目もくれず私のところへ一直線に歩いてきた。

 

 

 

さん、着替え持って来ましたよ」

「ありがとう。わざわざ…」

「いえいえ。ゆっくり休んで、明日ゆっくりお話してくださいね。ケーキ作っておきますから」

「ええ、楽しみにしてるわ」

「はい!では、おやすみなさい」

「……おやすみ、ハル」

「恭弥さん、さん苛めないで下さいね」

「……………」

 

 

 

ハルは持っていた袋を私に渡して、挨拶もそこそこに帰っていった。

最後の一言がよく理解できなかったのだが、恭弥の憮然とした顔が見れただけで追求する気は失せる。

 

そして彼は袋を抱えたままどうすれば良いか迷っていた私に、風呂に入るよう勧めてきた。

……私の家に押しかけてきた時、家主を差し置いて先に風呂に入った恭弥はどこへ行ったのだろうか。

 

だがその事を揶揄う気分にはなれず、私は彼の言葉に甘えて風呂の方へと歩き出す。

 

 

 

(とにかく、整理をしよう。このままじゃ眠れそうにないし)

 

 

 

ひとりに、なりたかった。

 

 

 

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