心臓を掴まれた様な、気がした。

 

 

 

黒い羊は永久を

 

 

 

穏やかな笑みを浮かべたまま、ボスはゆっくりと息を吐く。

聞きたい事があると言う割には中々本題を切り出そうとしなかった。

 

―――表情からして、別に聞きにくい事という訳でもなさそうなのに。

 

 

 

「あ、そうそう……昨日の任務の件は完全に俺達の落ち度だから。さんは気にしなくていいよ」

 

 

 

ふと、本題どころかいきなり話が別の方向に飛んだ。それもかなり痛いところに、だ。

極秘任務だったのに失敗した、などという恥は余りほじくり返されたくは無いのだが。

 

 

 

「っいえ、それは私が…」

「ていうか、ちゃんと全員生け捕りしてくれてた事に皆驚いてたよ。隼人とか特に」

「………は?」

 

 

 

私は思わず聞き返した。大体、それは元々生け捕り、もとい五体満足厳守&取り逃し厳禁と指示された仕事だろう。

それをちゃんとこなした所で、何故驚かれなければならないんだ?私は無能だと言いたいのだろうか。

今の幹部相手ならともかく、と少なからず自負していたのでちょっと非難がましい目でボスを見上げた。

 

 

 

「……あ、いや、二・三人は覚悟しておく心積もりだったんだよ」

「……物凄く弱かったですよ?」

 

 

 

弱すぎて逆に対処に困る位だった、と言うと何故か目を逸らされた。

 

 

 

「だから逆にね。何というかその、さん物凄く怒ってたし―――」

「…………?」

「手加減、ちゃんとしてくれなかったりするんじゃないかな―、とか。ちょっと、ね」

「……それって、嫌味ですか?」

 

 

 

給料を貰っている身で、いくら機嫌が悪いからといっても命令を無視するような人間に成り下がった、と?

不満たっぷりに見つめ返すと、今度は何故かにっこりと微笑まれる。――腹の底に何か含んでますよと言いたげに。

 

力ずくで問い詰めてやりたい衝動に駆られたが、ここが『未来』である事を思い出し私はぐっと堪えた。

 

 

 

それは当に実の無い会話。ボスにのらりくらりとかわされては微かな苛立ちが募っていく。心がざわめいた。

 

―――多分、その隙を狙われたのだろうと思う。

 

 

 

「ねえ、さん」

「…はい?」

「今の話はともかく。いきなり十年後に来て、どう思った?任務中だったし、驚いたと思うけど」

「そう、ですね。正直夢かと思いました。今も……夢か幻覚だって言われた方がマシの様な気がします」

「……残念ながら現実だった、ね。でも良かったと思わない?

さんはこれから最低でも十年は生きられる。この世界の住人にとって、それは大きいよね」

「………。私は逆に、十年もここに居る事自体がそもそも不思議なんですけど」

 

 

 

私は、人一倍“生”に関する執着が強いと思う。だから十年後も生きていた事に関して、特に感慨に浸ることも無かった。

恭弥の事を抜きにすれば、未来に飛んできて一番驚いたのは私が十年もの間ずっとボンゴレに所属していたこと。

ここに来た直ぐは、未だボンゴレと繋がりがあると気付いて安心したけれども、それとこれとは話が違う。

 

望む望まないは別として。私がボンゴレに居続けた事に、本当は酷く驚いていた。

 

 

(―――そう、だって私は)

 

 

 

「ボンゴレ、出てくつもりだったんだ?」

「―――っ…!」

 

 

 

咄嗟に言葉が出なかった。私は否定も肯定も出来ず、ただ、ボスを見返すことしか出来ない。

彼は別に怒るでもなく、詰問するでもなく、穏やかな笑みを浮かべたまま私を見ている。

 

その視線だけは、鋭く私を貫いていたけれども。

 

 

 

「うーん……少なくとも、その用意はあるよね?何かあったら―――直ぐに出て行ける位の」

「……それは…」

 

 

 

出て行くつもり、というのは多分正しくない。ここに来るまで自覚は無かったが、私は随分ボンゴレを気に入っている。

十年後もボンゴレで過ごしていると分かって本当に嬉しかったのは事実だ。かなり安堵したのを覚えている。

 

それに、覚悟を決めてボスの差し出した手を取ったのだ。自分から出ていこう等と考えるつもりもない。

 

 

 

そう、何も起こらなければ。

 

 

 

状況がそれを許さなかったとき―――マフィアに関ったことで、私の身の危険が増したその時は。

躊躇すること無くボンゴレを切り捨てるつもりで、いた。勿論今もその考えは変わらない。変えられないのだ。

 

でもそれをボスの前で認めるのは躊躇われた。答えない私を見て、ボスは鋭さの残る目をそっと緩ませる。

 

 

 

「ごめん、ちょっと気になってたから聞いてみただけ。無理に答えなくてもいいよ」

「……………」

「『未来』のさんは、ずっとボンゴレにいるって約束してくれたからさ。大丈夫」

「え……私が?」

 

 

 

嘘だと思った。根拠が無いけど、嘘だと思った。

だって、いずれはそうせざるを得ない状況になるはずだと信じていたから。出て行かざるを得ないだろうと。

 

 

(……そんな事にはならなかったのだろうか。…本当に?)

 

 

やはりボスは微笑むだけで答えてはくれなかった。

 

 

 

「……ボス」

「なに?」

「私は……私は、未来がひとつだなんて信じてないですから」

「……、さん?」

「“私”が、この未来に辿り着くかどうかは分からないと思います」

「ああ…そういう事」

 

 

 

悲観的だと思われても仕方が無い。

だけどこれは私の真実であって、根底にある願望のような、悪く言えば諦めのようなものだった。

 

…だが、それを受けても尚、ボスの笑顔は変わらずに私を圧迫する。

 

 

 

さんがどう思おうとさんの自由だよ。この未来に繋がるかどうかなんて確かに誰にも分からない」

「………ええ」

「もし今俺の目の前に居るさんがこの未来に辿り着かなかったとしても……これだけは言わせてくれる?」

 

 

 

何だろう、と思った。彼の笑みは更に深みを増し、殺気にも似た空気がその場を支配する。

 

――百戦錬磨のドン・ボンゴレがそこに居た。

 

 

 

「あんまり、見縊らないで欲しいな」

 

 

 

(・・・え?)

 

 

意味を測りかねて問い返そうとしたその時、お約束のように邪魔が入った。

 

ノックも何も無く、いきなり扉が開いた。・・・・・誰かが部屋に入ってきたのだ。自然と目線はそちらに向く。

 

 

私はその人物を見て、素直に目を見開いた。

 

 

 

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