(…うわ……)
あれは誰だ、と問われれば答えはひとつしかないのだけれど。
黒い羊は永久を謳う
「ああ・・か」
Ciao、と皮肉めいた笑みと共に片手を挙げて挨拶してくる、その青年。
私が知る彼は、少年でありながらも歳相応の幼さを見せることは殆どない。寧ろこちらこそが子供扱いされる程で。
あの恭弥でさえも軽くあしらわれていた様な節もあった。……見てて物凄く面白かったけど。
―――それでもまだ、多少は、隙があったように思うのに。
今私の目の前に居る彼は、何と言えば良いのだろう、落ち着きまくっていて、本当にこれっぽっちも隙が無い。
相変わらずレオンだけは傍に置いているし、帽子も似たようなデザインではあるが―――
私は内心恐る恐る、声を掛けた。
「おはようございます、リボーンさん」
「ああ。……にしても、まさか昨日がこの日だったとはな」
「俺達もすっかり忘れててさ、さんにはかなり負担かけちゃって」
「ま、しょうがねーから諸々の修理費はこっちで出しといてやるよ」
「……あ、ありがとうございます……?」
修理費、というのは恭弥が壊した家具諸々の事か?それとも任務中に私が壊した窓や家具のことか?
(……両方、だったりして)
私は聞くのを躊躇い、そのまま黙り込む。そんな私を他所に話はどんどん進んでいった。
「あれ、そういう事になったんだ?隼人とかよく許したね」
「いきなり十年後に飛ばされたっつーことで情状酌量の余地アリ、だとさ。
……じゃなくてもこいつ、今あれの所為で給料カットされてるだろ」
「あ―……なるほど」
「その代わり雲雀からは多少差っ引くらしいがな。ま、奴にとっちゃ何でもねー事だ」
「確かに。結構貯めこんでるらしいし」
……この会話の流れから考えると、『未来』の私は賠償しなくて良いってことだろうか?
事故で来た事による混乱故の凶行として見逃されて。恭弥はその代わりに多少給料から引かれる、と。
っていうか、『あれの所為で給料カット』ってなに。おい、一体何してんだ『未来』の私。
「良かったね、さん。お金払わなくても良いって」
「……どうせ払うのは未来の方ですから」
十年後の私と今の私が同一人物だなんて限らないじゃないか。そんな思いを込めてぼそりと呟いた。
だが、そんな事はお見通しとばかりに微笑まれる。リボーンさえ肩を竦めて苦笑しているのがムカつく。
すっかり冷め切った紅茶を間を持たすために口に含んだ。落ち着け。何でも良いから落ち着け。
何度も自分に言い聞かせて、私は別の話題を口にした。
「ところでリボーンさん。ボスに何かご用事だったんじゃありませんか?何なら席を外しますけど」
「いや、いい。……おいツナ、これ夜までに目ぇ通しとけよ」
「ん――あ、わかった」
リボーンは持っていた書類のうち、封筒に入ったものをボスに渡した。
残りの束になった大量の書類は一体なんだろう、と情報屋の習性か思わず私は考えを巡らせる。
………だが、それは直ぐに分かることとなる。
彼はつかつかと私の方へ迷うことなく歩いて来て、それらを机にどんっと置いたからだ。
私は何だか嫌な予感がして、控えめな笑顔で丁寧に問いかけてみる。
「リボーン、さん?…これが一体何なのか…お手数ですけど、教えていただけないでしょうか」
「獄寺からの心の篭ったプレゼントだ。喜べ」
「………はい?」
少年に示されるままそれに目を落とすと、一番上の紙に手書きでこう書いてあった。
『へ
データをパソコンに入力しろ。金払わずに済むんだから昼までに全部やれよ』
「……つまり、賠償をチャラにする代わりに、これをやれと?」
しかも昼までに。あと何時間もあるわけじゃないというのに、この大量の書類を捌けと?
冗談じゃないと怒る事も出来たのだが、如何せん、私は自他共に認める加害者である。
―――断れるわけがない。
「そう来たか…さん、疲れてるなら別に」
「いえ、大丈夫です。やります」
「お前がボンゴレに入った直ぐの頃やってた仕事だ。心配するな、これがどこに洩れようと何の価値も無い情報だからな」
「……ええ、わかりますよ」
ちら、と見ただけでそんな事はわかっている。というか、これは公表する為のデータだから、どこでだって見れる。
ボンゴレの……表向き、表の世界での企業としての顔。裏には全くと言って良い程関係のない代物。
……並ぶ数字を見て、少しばかり眩暈がした事は黙っておこう。ぶっちゃけ面倒くさいと思ったことも。
でもこれでボスとこれ以上話をしなくて済む。暇潰しにだってなるだろうと私は結構喜んでは、いた。
軽々しく部屋の中すら動き回れない私を気遣ってか、ボス直々にデータ入力用のパソコンを持ってきてくれた。
それを慣れた手つきで立ち上げながら、ふとそれがネットワークに接続できるパソコンである事に私は気付く。
(情報屋相手にそれってマズいような。あ、まさかわかっててやってるとか…)
そう思った私は、止せば良いのにわざわざそれを指摘してみせた。
「これ、ネット接続出来るんですけど、良いんですか?」
「………あっ」
しまった、という様に固まるボス。それとは対照的にリボーンは落ち着き払っていた。
まるで私がそう言う事を予測していたかのように。ち、読まれてたか。
「安心しろ、どこかに繋いだら分かるようになってる……ハルがそう設定してる筈だ」
「そうなんですか?それは残念です」
「さん……」
はあ、と疲れたように溜息を吐いてボスは乗り出していた身をソファに深く沈める。彼はプログラム関係には弱いと見た。
(にしても、ハルが…ねぇ…?)
「ま、そういう訳だから諦めろ」
「………。でも、それ掻い潜るのも楽しそうですね?」
「っさん!?」
「おい」
「冗談です」
………私はまだ、命は惜しい。