予定されていた幹部達との昼食―――に、恭弥は来なかった。

 

どこか構えていた自分が、酷く滑稽に見えた。

 

 

 

黒い羊は永久を

 

 

 

昼前、単調な作業をしている間にハルがこの部屋を訪れ、私達三人に軽い挨拶をして備え付けの台所に消えていった。

そこから出て来ない所を見ると、多分彼女が昼食を作ってくれるのだろう。

ボスとリボーンは二人して顔を突き合わせ、何事かを話し合っている。距離の所為もあってか、内容は聞き取れなかった。

 

そうそう、ハルと言えばあの結婚指輪。彼女の登場でそれを思い出した私は、こっそりボスの手元を盗み見た。

しかし昨日から何故か主に戦闘する時しか着けない筈の手袋をしていて、確認がとれない。

 

 

(…確率としては、高いはずなんだけど…)

 

 

余り見すぎては気付かれるので、そのまま次の機会を待つことにした。

 

 

 

 

 

 

そして、昼。

 

私はその押し付けられた仕事をきちんと片付け、昼食を摂りに執務室に集まって来た獄寺達に手渡した。

 

 

 

「おう、確かに受け取ったぜ」

「お疲れ、…さん。あー…えと、しっかしまぁ、残念だったな!」

 

 

何故か変なところで吃る山本。それを誤魔化すようにか、声を張り上げてくる。

 

 

「…何がですか?」

「被害総額、最高記録樹立成らずだってよ。あともうちょっとだったのにな」

「…あの、それは喜ぶべきことなんじゃ…」

「お?そっか、そーだよな!わりぃわりぃ」

 

 

 

ははは、と豪快に笑いながらばしばし背中を叩かれた。意味が分からない。しかも痛い。

彼はやっぱり例のやつがぶっちぎってるよなー等と私には理解出来ない事を、誰に話すでもなく呟いている。

その行為に私が呆然としている間にもハルはてきぱきと動き、素早く昼食の用意を完成させた。

 

さり気なくボスを含めた他の人間も使うあたり、成長しているなと改めて思った。いい傾向である。

 

 

……ちなみに、用意された食事は、六人分だった。そして現在この部屋に居る人間も、六人。

 

 

 

「……ねえ、ハル」

「何でしょうかさんっ!何でも言って下さいね!」

「あ、いやその……恭弥は?」

 

 

 

テンションの高いハルに少しばかり圧されつつも、ここに居ないボンゴレの幹部で幼馴染である男の所在を問う。

するとハルはどこか勝ち誇った笑みを浮かべて親指をぐっ!と立てた。

 

 

 

「恭弥さんはお仕事です!夕方まで忙しいそうですよっ」

「……ああ…そうなんだ」

 

 

 

私はそっと溜息を吐いた。とにかく、安堵、していた。……だが一抹の寂しさがあったことも否めない。

 

相反する感情を持て余しながら、かの豹変しすぎた幼馴染を想う。

気になって食事を満足に摂れないよりは良い、夕方にはどうせ逢うのだろうからと気持ちを切り替えた。

 

 

―――その時、ぐわしと両手を掴まれる。スーツの上にフリルのついたエプロンを着けたハルだった。

 

 

 

さん、午後はいっぱいお話しましょうね!………鬼の居ぬ間に」

「ええ。……え?」

 

 

 

何か不穏な台詞を耳にした気がするが、満開の向日葵のような笑顔にそれは崩されてしまった。

 

……これで三十代だというのだから、人間って恐ろしいものである。

 

 

 

 

 

 

さて、ボス及び幹部達と摂った昼食は。

いっそ不気味さを感じずにはいられなくなる程、静かに。かつ穏やかに時間が過ぎていった。

 

偶に他愛無い会話が飛び交い、私が余計な行動に走らないよう見張る為の集まりだったとしても、心落ち着く時間で。

それでも、少しだけ。ここに彼が居れば、と………思った。

 

まあ実際居ればこの空気は見事にぶち壊されたに違いないのだけれど。

 

 

 

食事が終わり、獄寺と山本は自分の持ち場に帰っていった。出て行く前に私の肩を叩いていったのは何故だろう。

 

 

 

「じゃあ、ハル。さんのことよろしくね」

「任せてください!」

 

 

 

片づけを終えたハルにボスがそう言うのを聞きながら、私は複雑な気持ちで待っていた。

……十年後に来てから、誰かに任される事が多いような気がする。私は絶滅危惧種か。

 

ボスにひらひらと手を振られて送り出されつつ、ハルと共に次なる部屋へと向かう。

扉を閉める寸前、ちらりと部屋の中を覗いてみるとそこにはリボーンと真剣な顔で向き合うボスの姿があった。

 

 

(何かが起こってる、ってことは間違いないようね)

 

 

後数時間で『帰る』私には、関係のない話。この時代に生きている人間が、解決すべき事。

 

 

 

少し考え込んでいるうちに、目的の場所に着いていた。先に立ち止まったハルがこちらを振り向いて笑う。

 

ここです、と示されたのは、壁。白い塗装が眩しい壁。何処から見ても壁。壁そのもの。

ハルは手を伸ばし壁の一部を剥がした、……ように見えた。そして出てきた機械に手の平を翳す。

 

待つこと数秒、すると僅かな音を立てて目の前の壁が横にスライドした。奥に部屋らしきものが見える。

 

 

 

「……な、何、この部屋」

「これはですね、この間増設したばかりの隠し部屋です」

「…………」

 

 

 

体の良い軟禁、という言葉が頭を過ぎった。自分の立場を考えれば仕方の無い事とはいえ。

何の用途があってこんなものを?壁の中に作られているから、窓さえない。あるのは換気口位……か?

しかもここでハルとお茶をしながら過ごせと。……どうしてそこまでする必要があるのだろう。

 

まるで、何かから私を隠しているような――――

 

 

(十年後の私、だったら……こんな事されずに済んだのかしら)

 

 

ふと、疎外感のようなものを覚えた。彼らからすれば、過去の人間だそうだから当たり前のことではある。

 

もし、私が、この時代の人間で居られたなら………こんな思いはしなかった。

 

 

 

―――――私にとっての未来が、この『未来』、だったなら?

 

 

 

 

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