さようなら。
出来ることなら、また、どこかで。
黒い羊は永久を謳う
「…どういう、」
「いつか分かるよ。さんが生きていれば、きっと」
問い掛けは、形になる前に崩された。答える気は全く無いらしい。
いつか、っていつだと思ったりもしたが、結局未来に関することなのだ。知ることは出来ないのだろう。
わざとらしく何度目かも分からない溜息を吐いて、私はさっさと諦めた。
するとボスは急に瞳を翳らせしおらしくなる。………どうせ演技に決まっているのだが。
「ごめんね。気分悪くさせた?」
「いえ、別に。そういう態度は今に始まった事ではありませんし」
私が十年後に来てからずっとですからねー、等と呟いてみせる。
未来の私の事を匂わせたり、お返しだとか言って昨日恭弥に押し付けられたりした事も、全部。
「あれはほら、お返しのお返しというか」
「……なんですかそれは」
「でも…お返しのお返しのお返し、なのかな?いや、でも……」
「……………」
突っ込んで聞かない方が良かったかもしれない。
お返しお返しと呪文のように呟くボスは、傍から見なくても充分わかるほどに、変、だった。
ハルは私とボスが会話している間、食器を片付けていたらしい。いつもながら素早いことである。
ふと気が付くとテーブルの上には何もなかった。……もうこの部屋からは出て行くということだろうか。
その事をハルに問うと、一瞬不機嫌な顔になった後、これまた嫌そうに頷いた。
「………ハル?」
「恭弥さんの仕事が終わったそうですので、ハルはお役御免です」
うっ、と何故か私は詰まった。胸の奥がざわざわしてくる。不快なようで、不快でないような、奇妙な感覚だった。
「……なんで恭弥…?」
「俺達はこれから仕事があるから、さんが帰るまで恭弥に付いてて貰う事にしたんだ」
「な、………っけ、結構ですお断りしま」
「駄目。一人には出来ないよ」
一刀両断、私の切ない要望はばっさり切り捨てられた。取り付く島もない。
どうやらボスは私の様子を見ると同時に、私を恭弥へ引き渡す為に来たらしい。
そして今の私にこのボスと対立してやりあうだけの精神力が残っているはずもなく。
―――例によって例の如く、既にお決まりとなった展開によって、私は外へ連れ出されてしまった。
やって来たのはまたボスの執務室だった。中には既に恭弥を筆頭とした幹部三人衆、そしてリボーンが居た。
「遅いぞ、ツナ」
「いつまで待たせる気?」
「ごめんごめん。また話し込んじゃって」
比較的穏やかな会話が交わされるものの、ぴんと張り詰めた空気は隠しようがない。
まるで、今から何処かに殴りこみにでも行きそうな雰囲気だった。
実際そうなのかもしれないが、口を出せる事でもないので黙っておく。……と、山本と獄寺が私に話しかけてきた。
「っつーことは、さんとはここでお別れなんだよな?」
「ええ、そうだと思います」
「そっか。……じゃ、元気で頑張れよ」
「……はい」
にかっと笑われると、何だか私の方が照れくさい。本当にそう思ってくれている事が分かるからだ。
そんな山本とは対照的に、どこか疲れた顔をした獄寺が私の肩にそっと両手を置いた。
「。……お前にひとつ忠告しておいてやる」
「ご、獄寺さん……?」
「とにっかく―――物は大事にしろ。否、頼むから大事にしてくれ」
「……はい。わかり、ました…けど。大丈夫、ですか?」
「……………何でもねぇよ」
獄寺はアンニュイなオーラを纏い遠くの方に意識を飛ばして、ふっと諦めた様に笑った。
うわー、嫌味だなそれ。と思いつつも、恭弥に家具を壊させまくった自覚はある。
これ以上おちょくると獄寺が可哀想なので、そこはぐっと我慢した。
(別の人間――特に恭弥から反撃喰らいそうだし。勝てないし)
とその時、今まで会話に加わっていなかったハルが傍に来ていて、腕時計を見ながら口を開いた。
「あの、大変名残惜しいですけど……皆さん、そろそろ時間ですよ!」
「わかった。ハル、ありがとう」
「じゃ、行くとすっか」
「だな」
「……ああ」
恭弥以外の人間はさっと身嗜みを整え、姿勢を正した。
―――威風堂々。そんな言葉が似合う、十年後のボンゴレ・ファミリー。
私は密かな憧憬を込めて彼らを見送る。
「それじゃ、さん。元気でね」
「もっと修行に励めよ。」
「肩の力抜いて、気楽にな!」
「常識の範囲内で行動しろ。お前の為だ」
「恭弥さんから何かされたら、やりかえしてあげますからねっ!」
意味不明な代物も色々混じっていたが、彼らはそんな言葉を残して、執務室を出て行った。
別れとはいえ、いやにあっけなくあっさりしていたのは私にとって幸いだったのかもしれない。
(………いってらっしゃい)
気をつけて。そう、心の中で呟いた。
と、いうわけでボスの執務室に恭弥と二人きりになってしまったわけ、だけれども。
………この喋らない男、誰かどうにかしてくれませんか。