ボス達が出て行った執務室に、二人きり。
……会話ゼロ。
聞こえるのは互いの呼吸の音だけ。
―――私が一体何をした。
黒い羊は永久を謳う
(き、気まずい……)
彼らを見送ったそのままの状態から動かない私達。一体何分経ったのだろう。
元々恭弥は無口な方だ。年を経て大分マシにはなったようだったが、敢えて自分から話題を提供する事は少ない。
思い出すのも忌々しいが、今朝の事が頭にチラついて私から近づく事も躊躇われた。
精々横目で彼を窺うこと位しか出来ず、また、何と言って話しかければいいのかも分からない。
当の恭弥はこともあろうにボスの執務机に寄り掛かり、偉そうに腕組みをして目を伏せている。
ここではないどこか別の所を見ているようだった。
あるいは。
(………私ではない、誰か、を?)
瞬間、苛立ちにも焦りにも似た感情が湧き上がり、私はその空気を振り切るように口を開いた。
「で、恭弥。私達ずっとこの部屋にいるわけ?」
私が帰るまで。……『私』が、帰ってくるまで。
すると彼は至極ゆっくりとした動きで顔を上げ私の方を見やり、案外素直にこくりと頷いた。
「……まだ、仕事が残ってるし」
「…そう……」
つまり恭弥は十年後の『私』が帰ってくるのを待っているというわけか。
(それはそれは、ご苦労なことで)
私は興味を失った振りをして恭弥から離れ、近くのソファに身を沈めた。少し白けた気分で背に体重を預ける。
そしてふと気になってさりげなく時計を見る。―――時間を知って私は少し驚いた。
朝から調子を崩された所為だろうか、時間の感覚が狂ってしまっているようだ。
………私が帰る時まで、あと一時間も、ない。
(――――いや待てそれは違うだろう!)
一時間もせず帰れると思えば、喜ぶべき事じゃないか。私が本来居るべき場所、本来生きるべき時間へ。
大体、そんな事よりこのネジが数本吹っ飛んだ幼馴染から逃げられるのだから、歓迎しなければ。
半ば自分に言い聞かせ、無理矢理気分を上昇させる。鬱になるのは良くない。
そう決めた私は勢い良く上体を起こし、これで見納めなのだからと恭弥の方へ向き直る。
………すると、目が合った。ばっちりと。
「なに、どうかした?」
「……いや、別に」
だったら見るな。……そう言いたくなる程じっと見られている。穴が開きそうだ。
先刻まであらぬ方を見てた癖に。私の事なんかちらとも気にしなかった癖に。
……何を言うでもなくただじっと、観察されているというか何と言うか……
その瞳からは何の感情も読み取れなかった。それが怖いわけではない。寂しいわけでも、ない。
単に居た堪れなくなるだけで、勿論、不快でもなかったのだけれど。
―――ほんの少し、憎まれ口を叩いてみたくなったから。
「……恭弥、いい加減鬱陶しいわよ?言いたい事があるならはっきり―――」
「」
「何」
「……」
不機嫌であるとアピールする為、私はぶっきらぼうに応える。だが直ぐに返答はなかった。
怪訝に思って顔を上げると、彼にしては珍しく、言い澱んでいる様だった。
「…恭弥?」
名を呼ぶと、戸惑うような気配がした。言いたい言葉を選んでいるような。
だがそれは一瞬にして掻き消え、直ぐに気圧されるほどの強い視線に囚われる。
彼から、目が、離せない――――
「―――君が、もし、この先……ボンゴレから出ていく事になったら」
「は?……え、何、いきなり」
「その時は真っ先に――僕に知らせなよ」
恭弥は笑った。
不敵に、不遜に、傲慢に。
拒否する事など赦さないとでも言いたげに。
「じゃなきゃ絶対咬み殺す」
「…はぁ!?…あ―……ちょい待ち、ってか待って。とにかく待って頼むから」
「待たない。約束しないならこの場で即咬み殺す」
「お、横暴!外道!理不尽極まりないし!有り得ない!」
「褒め言葉として受け取ってあげる」
「誰が褒めるか!!」
言葉を発する度に、恭弥は一歩一歩近づいてくる。
私はソファから立ち上がる隙も与えて貰えず、座った姿勢のまま迫る彼を見上げるだけだった。
目の前まで来ると、彼はすっと上半身を折って私の方へと屈み込む。
「じゃあ、五秒以内に答えが無いなら――」
恭弥に押される形となり、自然と背凭れに凭れた私の顔の直ぐ横に手。圧迫感が、増す。
顔が近いだとかどういう体勢だとか色々言いたい事がぐるぐると頭を巡った。巡っただけで、声にはならない。
目を見開いて硬直した私に、最後の警告が落とされた。
「―――答えなかった事を、後悔させてあげるよ」