ああくそ、貸しひとつどころじゃあ絶対すませてやらない!
黒い羊は永久を謳う
車の中には運転手ひとりと、私を含めた四人の女性が乗っている。
彼女達はボンゴレ・ファミリーの一員であったが、諜報機関所属だそうで私の知り合いはいない、全くの初対面である。
しかも、……その女性達は美人揃いだった。美人というだけでなく、ぶっちゃけどこの女優かと思えるほどのナイスバディが並んでいるのだ。
地味顔で胸囲が貧しい私としては非常に肩身の狭い状況だった。数時間にも及ぶ化粧で見目の差は少し誤魔化せてはいるはずだが。
さて、なぜそんな集団の中に私がいるのか―――?
私は再び声高らかに叫ぼうと思う。雲雀恭弥のせいである、と。
私を置いて走り去った恭弥は、何故かリボーンを連れて戻ってきた。詳しく資料を読もうにも気が引けて手持ち無沙汰になっていた私は、
丁度その時勝手に部屋の備品を使って淹れた紅茶を飲んでおり、恭弥によって勢いよく開かれた扉に思わず咽た。
いやだってまさかよりによってリボーンとか。幹部の中では特に苦手とする相手がやって来たことに自然と姿勢を正してしまう。
「あー、ええと……これはどういう、」
「悪ぃな、だがこっちも急いでる。お前の持ってる情報を買いたい」
「は――…い?」
あまり詳しい説明をしてやれないと言いながら口を開いたリボーン曰く。ボンゴレは現在とあるファミリーと抗争していて、
でも全体的に情報が不足しているから?連中の身内をひっ捕まえたりその周辺を家捜ししたい、とのこと。
恭弥の持っていた資料は相手ファミリーの関係者リストで、しかし中には一般人も混じっているためどれが“当たり”なのか判断できず、
一人ずつ調べなければならないところだったと。キーワードは、『麻薬』に関わっているかどうか―――。
(そいつのことは気に入らないし、情報屋『Xi』への依頼だというなら断る理由もない)
私は情報を渡すことになんら躊躇いを覚えなかった。ぜひどうぞと、報酬は恭弥に後払いで請求するという口約束で知っていることを話した。
主に、男がオーナーをしているクラブのことについて。そのクラブに入る為には、男は会員証が必要で
会員証を得る為には会員からの紹介がなければならない。女は会員の同伴であれば特に咎められることもない、などなど。
店で働いている女性は九割以上薬漬けであることまで言えば、二人とも不快気に顔を歪める。私にとっても気分のいい話ではない。
「なるほどな……。それで、クラブとやらの詳しい場所はわかるか」
「はい。あれから移転したという話も聞かないので、大丈夫です」
あの悪趣味な店が消えるのならば結構なことだと、私は快く道案内を引き受けた。
――――もう一度言う。道案内を、だ。
(……だからっ、なんで、私がっ!潜入捜査に加わらなきゃいけないって?!)
ぼんっきゅっぼんっのお姉さま方に囲まれて、どこを向けばいいかわからず私は俯く。
露出の高い服をお召しになった方々の豊満な肉体が目に毒だった。だからどうしてこうなった。
雲雀恭弥のせい。結論は出ている。出ているが納得できない!
道筋をちゃんと地図でなぞって説明していて、確かに入り組んだ道だったから分かりにくいかもしれないと思っていたときに
じゃあ実際に案内してくれと言われて頷いた………それくらいはしてもいいと思ったから。私がしたのはそれだけだ。
だというのにリボーンはどんどん話を妙な方向に持っていくし、何かおかしいと反論しようとしたら次は恭弥の『咬み殺す』脅迫。
忙しい、時間がない、人手がない―――散々繰り返された言葉はこういうことか!ああくそ、完っ全に嵌められた。
(危険なことはないようなるべくフォローは入れといてやる、とか、指示が曖昧すぎる!)
嘆きはすれど、所詮一介の構成員、幹部様には逆らえません。
暇は暇、報酬もあるならいいかと無理矢理自分を納得させて、むちむちボディのレディ達をなんとか意識から追いやった。
人手がない、イコール、人が居ない、というわけではないのだと。
……ボンゴレ・ファミリー幹部である彼らの置かれていた微妙な立場なんて、その時の私には知る由もなかった。
二人の話を纏めるとだ。私の仕事はひとつ、他の三人と共にクラブへと潜入し件の『オーナー』を捕獲すること。
意思疎通ができ、きちんと喋れるようなら足や腕の一本や二本は構わないという物騒なお墨付きを貰っている。
情報からすると特に武芸に秀でているわけではないので心配はないのだとか。
諜報員の皆様も腕に覚えがあるらしく捕獲だけに集中すればいい、とか。
恭弥とやり合った光景を見て―――いや、その前に実際ちょっかいを掛けた経験からか、お前の実力なら大丈夫だと言われてしまった。
その裏に『まさかできねぇとか言わねーよな?あ?』なんて圧力があったような気がして仕方がないけれども。
(出来るだけ早く終わらせてさっさと帰ろう。ま、あの店には長居したくないしね)
彼女達には彼女達の仕事がある、私は私のやるべきことを考えよう。目指す場所はあと少しの距離だ。
ふう、と溜息を吐いて意識を切り替えて前を見据えた。その先に何があるとも知らずに――――。
作戦はこの通り。ボンゴレ側がどこからか調達してきた「会員」―――私がクラブの情報を渡してから大した
時間は経っていないというのに素早いことである―――と店で合流し、その紹介で入れさせてもらう。
一応これは企業接待という設定らしく、私達はいわゆる添え物で、商談相手を招いての商談になる。
そういう話にして個室を予約した方がいいと提案したのは私だ。
会員ともう一人もこちら側の協力者だと言っていたから、恐らくそれが“フォロー”なのだろう。男手は確かに助かる。
後はタイミングを見計らって外に出て私は標的を探し、彼らはその他を無力化するよう動くというわけだ。
「会員」はやはり見たことがない中年男性だった。どちらかといえばディーノの部下であるロマーリオ系統の、かなり強面な。
慣れた様子で綺麗なお姉さま方を侍らせながら、店員に案内された部屋の真ん中に堂々と座っている。
主に女性側の態度を見習わなければと思うのに、この店に充満する匂いが、
(………消えればいいのに)
そんなことを思わせる。実のところ、こんな店を潰すなんてどんなにかよわい人間にだって出来るのだ―――
この界隈管轄のマフィアにただ一言密告すればそれで終わり。
まあもっとも、そのマフィアが本当の本当に麻薬を禁止しているのか、していたとしても密告を受けた個人が
真実ファミリーに忠誠を誓っているかどうかはわからないから、関わらない方が賢い選択だろう。
部屋に監視カメラや盗聴器の類はないことを確認して、私はソファの端に座り協力者とやらが現れるのを待った。
やがて―――足音が近づき。私達をここへ案内した店員に連れられてやってきた、青年。
失礼します、の声が耳に届いた瞬間私はぐっと息を詰めて声を洩らすまいと物凄く努力した。店員の気配が消えるまで超頑張った。
だって、だって、ごくごく普通の、黒じゃないスーツを身に纏ってゆっくりと扉から入ってきた、のが。
「あ、さん!」
見覚えのある、というか、ハルを通じて交流のある―――ランボ、だったから、だ。
ボヴィーノ・ファミリーの一員でありボンゴレ守護者とかの一人であるという彼は呆然とする私ににこにこと笑いかけながら、
帽子を脱いで今日はよろしくお願いしますなどと言う。よろしく?……そりゃ、ここに来るということは
ボンゴレが用意したであろう偽の商談相手であり、協力者であり、……“フォロー”であるということになるが。
「っそ、んなの全然聞いてない…!」
「えっちょっ、なんかそれオレを貶してるように聞こえるんですけど!?」
「あ、うん。自覚あるんだ」
「ひどい!」
が・ま・ん。ランボがそう呟きながら涙目になるのを横目で見やり、私は暫し思考に耽った。
予想外の人選だったから驚いたのは事実だったが、それよりも、ここがボヴィーノの近くだということが引っかかっていた。
近くといっても本部からは距離があるし、この店にファミリー関係者が近づいたこともない筈(そうでなければここはとうの昔に潰れている)。
それでも可能性はないのか―――ボヴィーノ関係の、というかランボの顔が知れているのではという懸念は。
(ないからこそ、……送ってきたのよね?)
客観的に、もちろん彼の普段の挙動を抜きにして客観的に見れば、ランボはイケメンの部類に入ると思っている。
つまりは相当人目を引く……だろう。黙っていれば。いじけだした彼は珍しくトレードマークの牛柄を身に着けてはおらず、
しかもここに来るまでは帽子を深く被っていたようだから、……いい、のか?そのあたりの事情は詳しくわからないのでどうしようもない。
「冗談よ。――頼りにしてるから、こっちこそよろしくね」
「えぇっ!」
「……なにその心底驚きましたみたいな顔は」
「うーん、さんってあんまり、そういう殊勝なこと言わないようなイメージがあるといいますか」
「……………。………へえ?」
「ななな、なんでもありません!!」
私が仕事をする時は、念入りに周到にこれでもかというくらい調査を重ねてから実行に移す。
そうしなければ自分の身が危ういと知っているからだ。
だからあまりこういう、自分が把握していない情報や協力者と共に動くと思うと、正直、……心細かったりもしなくはない。
そんな中降ってわいたランボという存在に、ほんの少し、数ミリ程度だけれども私は安堵していた。
――――なーんて、速攻で前言撤回することになるとは思わずにな!