未来がみたいだなんて、思ったことはない。

 

 

 

黒い羊は永久を

 

 

 

捕獲とは力仕事である。たとえ上手く標的を麻酔銃かなにかで眠らせることに成功しても、

その後のことを考えれば容易に行動に移すわけにはいかなかった。

まかり間違って“善良な”一般人やマフィア―――を殺してしまいでもしたら大変なことになる。

 

まあ、こんなところに出入りする人間である以上多少負傷させるぐらい見逃してもらいたいところだが。

 

 

 

「あと、リボーンから伝言です。何でもこの店、夜中にでかい客?が来るらしくって、それまでに制圧を終わらせろとかなんとか」

「………ねえ、ランボ。制圧とか初耳なんだけど」

「ああ!心配しないでください、それはこっちでちゃんと終わらせますし!」

「――――――」

 

 

 

頼もしいそのお言葉に嘘はなく、何も知らない人間ならばとても心強く思ったに違いない。

しかし彼はランボなのである。殺し屋だというくせにやることなすこと全てが裏目に出るので有名な。

 

 

 

「で、ですね。まだ確認したいことがあるから、終わったらそのままボンゴレに戻ってこい、だそうです」

「えー。明日じゃ駄目なの?」

「オレがリボーンに殺されてもいいんですかっ!?」

「……わかったわかった、了解です」

 

 

 

一通り彼との打ち合わせを終え、放置してしまっていたお姉さま方へと振り返る。

するとそこにはいつの間にか白目を剥いて仰向けにソファに凭れかかる『会員』の姿があった。

 

え、なんで。というかこの距離で争う音も聞こえなかったし、え、なにどういうこと。

 

流石に動揺を隠せず原因―――やっただろう彼女達に自然と疑問の視線が向かう。

美しい諜報員達はにんまりと妖艶に笑って、手に持った小さな瓶を振ってみせた。睡眠薬、だよね。そうだと言って。

男が不自然に痙攣しているのが非常に気になったものの、綺麗なお姉さんが口に人差し指を当ててしーっとするものだから黙ることにした。

 

この状況が示すことはつまり、彼は単なる入場証代わりにされたということか?何にしてもここから先に関わらせるつもりはないようだった。

 

 

(私は、そう、オーナーの捕獲に集中すればいいだけだから)

 

 

何も聞かず大人しく頷きを返す。邪魔はしたくないし、されたくない。お互いに。

そしてランボが外で待機している仲間――どうも出入り口を見張っていてくれるらしい――に連絡を取った後、私達は別々に動き出した。

 

 

 

この仕事を受けてから少し時間があったので、このクラブの今を少し調べておいた。

かつて『麻薬』と関連していると分かった最初の時点で調査した昔のデータにさしたる変更点はない。

地下に大きな空間があり、恐らくはそこが物の貯蔵庫だと検討をつけている。

 

それらの回収は私の仕事じゃないから後回しにするとして、さて、標的はどこに居るのかが問題だ。

 

 

(仕事より、飲んだくれる方を選ぶようなダメ人間だって話だし………)

 

 

今日もどっかの個室で飲んでいるだろう、とマスターから又聞きした情報を頭の中で巡らせて結論を下す。

廊下を走らないよう、店員に見咎められないよう気配には十分注意して進む。

ここは密閉空間を売りにしているようなものだから、こちらから呼ばない限り店側が無意味にうろつくことはないはず。

だから商談にはもってこいの場所なのだ。麻薬の押し売りは女にしかしないという意味不明な主義を持つ変態オーナーさえいなければ。

 

 

(気持ち悪いったらありゃしないっつーの)

 

 

オーナーはマフィアの関係者であったとしても、マフィアではない。それは確かだ。……だから付け入る隙はある。

命のやりとりをしたことがなければ更に良い。痛みに慣れていなければ言うことを聞かせやすい。

 

標的を発見してからのことを考えながら長い廊下を歩いていた私の、遥か後方で。

 

 

 

「―――っ待て貴様!」

 

 

 

突如破壊音がした。というか扉がぶっ壊れた。背後に怒号を連れて何かがこっちに走ってくる……?

煙に覆われてシルエットしかみえないその姿を認識した瞬間、はぁあ?!と叫びたくなってしまった私を誰が責められるか。

 

おかしいだろう、私と別行動でどこかに行ったあのランボが、だ、もの凄い形相で走ってくるのだから。

そして涙目、じゃなく明らかに泣いていた。ガチ泣きだった。

 

 

 

「ひいぃっ!タンマ、ちょ、タンマ!」

「ざけてんのか、ガキぃ!」

「………ええと」

 

 

 

何が起こっているかはわからない。ただ、これ以上騒がれたら私が動けなくなる―――あるいは最悪、任務失敗にも繋がりかねない。

 

状況は把握できないものの加勢すべきだろうと麻酔銃を取り出したまでは良かった。しかし予想外にも、

混乱しているランボが進む先に立ち竦む私の姿を目にした途端はっとした表情になり、そのままUターンして相手と対峙したのである。

私に被害を及ぼすまいと?どうかなランボだし、でも彼がフェミニストであることは知っている。

 

その意を汲んで先に行くかそれとも。ちら、とランボが連れてきてしまった男を見やる。

なるほど、なるほど。纏う空気が――――素人では、ありえない。

 

 

(どうしてこんな腕の立つようなのがここに?まさか潜入捜査がばれた?)

 

 

もしそうならその時点で無線のひとつでも寄越すだろう。何もないとなると、客に偶然紛れ込んでいた、とか……?

でもってそいつにランボが何かやらかしたのか。あー、ありうる。

 

思考に絡めとられて動くタイミングを逸していると、いくつか煙幕を投げた彼がこちらへ走ってきた。

……冷や汗がだらだら流れていて格好悪いことこの上ない。黙っていれば色男が台無しである。

 

 

 

「すみ、すみません!なんか、どうもウチのファミリーと敵対してる連中が居たらしくて、」

「ランボは、顔が割れてるのね?なんかしつこそうだし応援を呼んだ方が―――」

「はい、あ、でも大丈夫ですオレ、秘密兵器あるんで!」

「………秘密、兵器?」

 

 

 

ふと急にランボが威勢良く顔をあげ、真面目な顔でひとつ頷いた。その手にはいつの間にかバズーカのようなものがしっかり握られている。

って待て、細身の身体のどこにそんなもの隠し持ってたんだ?今いったいどこから出した!

そう問い詰める時間もないので手早く冷静に声を潜めつつ突っ込みを入れることにする。

 

 

 

「ちょっと待って、バズーカ使うとか音がまずいでしょ!」

「これ、バズーカはバズーカでも十年バズーカっていう秘密兵器ですから」

「……十年、バズーカ?何それ?」

 

 

 

全く聞いたことがない―――そもそもちゃんとした武器なのかどうかさえ疑いたくなるような――名前に首を捻る。

てかそのネーミングセンスどうなの。どう反応していいかわからず私が少し惑っていると、ランボが我が意を得たりという風に胸を張った。

 

 

 

「実はこれに撃たれると、十年後の自分と入れ替わってしまうんです」

「え、…十年後の自分と入れ替わる?」

 

 

 

鸚鵡返しに彼の言葉を繰り返しても内容が頭に入ってこない。今凄く荒唐無稽な話を聞いたような気がする。

思いっ切り胡乱気な顔をしていただろう私を気にすることなく、しかもこのバズーカ!改造してパワーアップしたばかりで、と説明が続く。

 

 

 

「これで十年後のオレを呼び出せばあんな奴ら一発で、………ああっさん、信じてませんね?!」

「……や、そういうわけじゃ、ないけど」

「目がそう言ってます……!い、いいですよもう、」

 

 

 

実際やってみればすぐわかりますから!涙目になって叫ぶランボの姿は哀れみを誘うものではあったけれど、

正直な話、なんのファンタジーだと思ってしまうのは否めない。

そういうのってタイムパラドックスがどう、とかややこしいことになるんじゃないの?嘘を吐いているとは思わない、だけど。

 

延々ループに陥る不毛さに嫌気が差して、私は大人しくランボの挙動を見守ることにした。

 

 

 

「せえの、―――ってい!…………あ、あれ?え?…………、」

 

 

 

のだが、引き金をひくも不発、慌てて銃身を確かめているその姿は滑稽そのもの。もはや一人漫才になっている。

ここで故障とか笑えない。もう例のお相手は煙幕被害から立ち直ったようで、額に青筋を浮かべながらこちらを鋭く睨み付けてきた。

ああ、もう、やはりランボはランボだな。一番肝心なときにミスをする――――……

 

 

(っ?!)

 

 

ぐらり、といきなり視界が歪んだ。

間近で聞こえた悲鳴と地の底に響くような爆音に脳髄を揺さぶられ、ばっと視線を戻した時にはもう、遅くて。

 

最後に見えたのは、こちらを向いて口をあんぐり開けている、いかにも間抜けなランボの姿―――。

 

 

 

 

 

衝撃といえるような衝撃はなかった。

私は何が起こったかも分からないまま、白い煙に視界を奪われ、咳き込む。

反動で一歩後ろに下がると、何故か硬いアスファルトの感触がした。

 

(―――ここ、は、一体…………?)

 

人の気配はない。次第に薄れていく煙の向こうに目を凝らす。

 

そこは、廃ビルが立ち並ぶ、見たこともない場所が広がっていた。

 

 

 

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