沢田綱吉、獄寺隼人、山本武、そしてリボーン。

 

いつものメンバーだと言えばそうであり、少し足りないと言えばそうだった。

 

 

 

の夢

 

 

 

綱吉を始めとする各々が構えた武器と、何よりぴたりとこちらに照準を合わせたリボーンの拳銃に、仰る通りフリーズしてみる。

右手でひっ掴んだ男はそのままで。少し白目を向いていたようだが気にしない。……何故か、奇妙な沈黙が部屋に流れた。

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

ぽつりと、しかし呆然とした呟きが綱吉の唇から零れる。ボスとしての威厳がないぞ、沢田綱吉。

口が開いてますよといつもなら即座に突っ込みを入れるところだったが、私はただ沈黙を守る。

 

敢えてそうしたのではない。ただ、言葉が出なかった。何と言えば良いのか、言い表すことの出来ない違和感のようなもの。

それが私に行動することを許さなかった。……『ボンゴレファミリーの幹部連中』へと向けた視線を動かすことさえ。

ハルも何かを感じているのか、ボンゴレから支給されている携帯を手の中に握り込んでじっと彼らを見つめている。

 

綱吉――は、一度瞬きをしてからまずハルに視線を移し、その瞳に強い安堵を浮かべた。

そして再び私を見ると、先程の私と同じ、いやそれよりも盛大に口元を引き攣らせ、そしてあろうことかこう宣ったのである。

 

………ゆっくりと、何かを確かめるかのように。

 

 

 

『君が……“さん”?』

 

 

 

それも、――――英語で。

 

 

 

 

 

 

 

 

全員動くな、と警告を発した時は確かにイタリア語だった。だというのに、私に話しかけた今は間違いなく英語である。

まるで私が英語しか話せないとでも思っているかのような素振り、そして何より、……“君が”、だって?

何だそれは。どういう意味だ。まるで、まるで、私のことを知らないかのよう―――?

 

 

 

『あ、いや、心配しないで。俺達はハルの古い友人で……えっと、だから君達を助けに来たんだ』

 

 

 

黙り込んだ私のそれを警戒と取ったのか、彼は慌てて言葉を重ね、武器を下ろし、笑顔を浮かべる。

その姿にぞわっと鳥肌が立って思わず右手を握りしめてしまった。何だか泡まで吹いていたようだが気にしない。

 

 

 

『えっ、えっと、今すぐ離さないとその人死んじゃうし、ねっ?……“さん”?』

 

 

 

頭は痛くなかった。ほんの少しも、その前触れさえない。だからこれが、目の前に広がるこの光景が、決して幻覚ではないと分かっている。

私は攻撃を受けてはいない。けれど。だから。

 

 

 

『ハル!あの、巻き込んでごめん、本当に謝る。ちゃんと説明するし、そもそもこれは俺のせいでっ』

「………………」

「………………」

 

 

 

私を相手にしても埒があかないと思ったのか、綱吉は表情も口調も変えてハルに話しかける。

だが、彼女に対しても英語が戻らないとはどういうことだろう。私に配慮してか?いや、どうもそれだけではないようだった。

 

 

 

『どうしたんだよ、……ハル?』

 

 

 

違う。違う、のだ。何がどう、と言えないが、確かに違う。綱吉や皆の姿は、記憶にある彼らと寸分違わず同じ。

ランボが持つバズーカで時間を飛んだとか、そんなことじゃない。これは、“違う”。

 

ハルが、何かを恐れるように一歩足を引いたのを感じた。そうだ。今は、その選択が最善なのだろう。

私は応じたことを示す為に、右手から力を抜く。痛そうな音を立てて男が床に頭から倒れたが、心から気にしない。

 

 

 

『えぇっ?!いや、離してって言ってももうちょっと優しく――!』

 

 

 

ぎょっとした表情を浮かべて、彼らの視線が私の右手に集中する。だから、ハルが投げたものに、数秒だが、気付かない。

それらが床に落ち、かつんと音を立てた瞬間に、私達は同時に床を蹴った。

 

 

 

爆発音。紫色の毒々しい煙幕。吸い込めばそれなりにえげつない症状が出る特製ポイズンクッキング。

ハルにしては遠慮なく投げたな。それとも、それだけ耐えられなかったということか。

 

……何でもいい、ここから逃げられれば。

 

リボーンも含めたきっちり全員分の、心底驚いたような叫びが背後から追いかけてきたが、足を止めるには至らなかった。

 

 

―――――どうすることも、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げることには他の追随を許さない。そんなかつての評価を、私は今でも保ち続けている。たとえ見知らぬ土地でも、だ。

幸いにして外に出て数分でここがイタリア国内であると気付いた私達は、マフィアの力が及ばない地下街へと早速足を延ばした。

どこか違和感が消えないまま、誰も来ない隅の方で二人、力なく冷たい壁に身を任せる。

 

幻覚ではなかったのだと、暗闇に沈んだままの右目が告げている。それは事実だった。ならばあれは何だ?

掛けられた言葉も、気遣う態度も、何もかもがおかしい。その全てを別にしても、最も違うものがある。

彼の、沢田綱吉の、………三浦ハルを見る目だ。

 

ハルと綱吉とは、紆余曲折の末周囲を巻き込みに巻き込んで、それでも一生共に在ることを選び取った。

もちろんそれから別の意味での弊害……ある意味での娯楽……が生まれたりする訳だが、それはまあいい。

だから今、あんな視線を向けられる謂われなどない筈である。ハルを「古い友人」と呼び、なおかつ庇護を全面に出した―――。

 

それは、あり得ないことだった。それを止めない周囲も。綱吉や皆が記憶を失いでもしていない限り。

 

 

 

「………圏外、です」

「……何が?」

さん。ここ、前は電波入りましたよね」

「イタリアの地下街に圏外なんかな―――え?」

 

 

 

ハルがこちらに向けた黒い携帯は、彼女の言葉を証明している。しかしまず故障かと疑い、自分の携帯も出してみた。

仕事用、私用、お互い全ての通信機器を取り出し、それが繋がらないことを確認する。

ならばと常に携帯している小型のパソコンを取り出したところで手が止まった。

 

待機状態だったそれは直ぐに起動したが、どのファイルも開くことが出来ずエラーの文字ばかりが並べ立てられる。

 

 

(故障……?綺麗に全部?)

 

 

ボンゴレ情報部専用に配られているものも全て、だ。原因も分からない。正常に機能していない―――何故?

 

 

 

「………ハル」

「はい」

「あれ、………違う、よね」

「……………はい」

「でも向こうは“私”を知ってた。名前と、顔と、」

 

 

 

恐らくは、その他詳細まで。でなければボスがそうしたからといってああもあっさりとリボーンが銃を下ろすか。

相変わらず感情が読み取りにくかったが、こちらを敵と認識している様子はどこにもなかった。

何にしろ、明らかにボンゴレファミリーに所属している同僚を見る態度じゃない。演技だとも思えなかった。

 

だって彼らは驚いていた。何に?私が連中を伸したことに対して、だ。―――そうすると“思っていなかった”から。

 

 

 

「“私”はハルの友人、で?結局私達は、人質…だったようね」

「私達は一般人で、尚且つ、……英語圏に居た、ってことになるんでしょうか」

「少なくとも私はそう思われてる。ハルは、どう……なんだろう」

 

 

 

私達の知らない“私達”を、私達が知らない“彼ら”が助けに来た。

酷く似ているからこそ、その違和感が浮き彫りになる。まるで自分達だけ別の世界に飛び込んでしまったかのような。

 

 

(別の―――世界?)

 

 

いやいやいや、……いや、でも。脳裏に浮かんだ、僅かな可能性。吹聴して回れば一笑に付されること請け合いの。

それは確かに事実としてマフィアの歴史に記録されていたけれども、あれは例外中の例外で滅多なことで起こりうることではない。

 

もっと言えば、決して起こらせてはならない類の現象である。

 

 

………世界を、渡る、なんてことは。

 

 

 

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