調べなければ。知らなければ。

 

 

 

の夢

 

 

 

どちらが偽物か、という点で考えるならば、偽物なのは私達の方だった。あまりにも状況が私達を否定しすぎている。

最もこれが想像もし得ないほど強大な敵による策であったのだとすれば話は別だが、比較的平穏な今、

そんな組織があれば速攻でボンゴレ情報部の耳に入る筈である。………無意味な考察だ。

 

ならば今は、どうしても頭から離れないひとつの仮説について、本腰を入れて考えてみる必要がある。

 

 

 

平行世界―――所謂パラレルワールドに関して、三浦ハルという人間は傍観者だった。

彼女の知らない所で話は進み、彼女の手の届かないところで全てが終わった。

それが存在するということは知れても、その仔細に触れることは叶わなかったという。

 

いや、今重視すべきなのはそこではない。平行世界が存在し、世界を渡る術が存在していた事実――――。

私達がそういった世界に何らかの理由で飛ばされてしまった可能性は、ゼロに限りなく近いが、決してゼロではない。

 

平行世界は存在する。それを証明しているのは他ならぬボンゴレであり、それを統べる沢田綱吉も認めるだろう、公にではなくとも。

だからこの仮説が全くの憶測、妄想であるとは言えない。むしろそれを諦めて受け入れ、何故世界を渡ってしまったのかを知るべきだった。

 

――――そうではない可能性も勿論頭の隅に置きながら。

 

 

 

「つまり、ここには本当に一般人で英語圏に住む、しかも本名として『』を使ってる“私”が居ると」

「それを言うなら、私もそうですよね。一般人で、日常的に英語を使う生活をしてて、」

「私と友達?」

「…………。表社会に生きててさんと友達って、何か変な感じがします」

「……………」

 

 

 

怒って良いのかどうか、微妙な発言である。しかし確かに奇妙な感じは否めなかった。

もしかしたらこの場所では、『』という存在は、マフィアに誘拐されることなく日本で暮らしていたのだろうか?

ふとそんなことを思ったが、すぐに自分で打ち消す。だったら日本人として暮らしていけばいい、彼と離れる必要もない。

 

そして日本人だと知っていたなら、彼らは日本語で話しかけてきた筈だ。……自分達は味方なのだと手っ取り早く安心させる為に。

 

 

まずいな、と思う。感情に任せて出てきてしまったが、早まったか。多分私には“ハルの友人”であるという価値しかない。

そんな私が助けに来た筈の、友人の旧友を名乗る連中から逃げ出した―――他ならぬハルを連れて。

最初に逃げるための算段をつけたのは彼女の方であることなどすっかり忘れるとか、あのボスならやりかねない。

 

………いや、この世界での彼がどういう人間かなどと分かる筈もないか、私が“私”のことを何一つ知らないように。

 

 

 

「最悪、誘拐犯……なんてことになってなきゃいいけど」

「最初に逃げたの、私ですよね?煙幕も投げましたし」

「まあほら、唆した、とか」

「あっ、さんならやりかねませんよね!」

「それ、笑顔で言うこと…?」

 

 

 

不審人物に対しては容赦ないからな、特にリボーンとか幻術使いとか。あと、……私の幼馴染とか。

ハルの旧友を名乗るボンゴレメンバーがあれだけ揃っていて、彼らだけ居ないというのもおかしな話だ。

 

会いたくない、とまず思った。ハルを例に挙げるでもなく、ボンゴレに私が存在していないなら、彼との関係もない。

幼馴染であるかどうかも怪しいものだと思わず苦笑が浮かぶ。単なる他人―――で、済めばいいが。

敵認定されてしまえば、物理的に厄介だという以上に何か、心臓に負担がかかるような錯覚を起こしそうになる。

 

こうして自分に当て嵌めてみると、存外…………きつい。ハルもよくポイズンクッキング爆弾で済ませたな。

私なら、―――私なら、問答無用で殺しに掛かるかもしれなかった。ああ、本当に会いたくない。

 

 

 

さん?……大丈夫ですか」

「え、……ん、うん、何でもない」

「なら、いいですけど。……じゃあ取り敢えず、これからどうしましょう?」

「これから―――」

 

 

 

そう、これからが問題だ。ハルの言葉に何とか頭を切り替えて、この先のことを考える。

私達の、最大にして唯一の目的は、『帰る』こと。世界がどうだか知らないが、私達の居るべき場所へ帰る。

この胸糞悪い状況を打ち破って、あるいは、いかなる方法でか世界を渡るかもしれなくても。

 

ではその為に何が出来るだろうか?手掛かりと呼べる手掛かりは、………“私達”を攫った弱小マフィアの連中?

奴らは既にボンゴレに捕縛されたに違いない。となるとやはり一度はコンタクトを取るべきなのか。

 

ややこしい事になるのが目に見えている以上、進んで会う気にはならない。そして何をどうどこまで話していいものやら。

もしここが別の世界だとすれば、こちら側に干渉しすぎて妙な事態になっても困るのだ。

そう、今、どこにいるかも知れない“自分”と、その友人であるというハルへの影響も考えなければ。

 

 

(というかつまり、その二人を見つけることさえ出来れば………)

 

 

私達が“私達”でないと証明できれば話は早いだろう。しかし単純に偽者、だと思われては元も子もない。

ブラッドオブボンゴレとやらに訴えればボスだけは落とせるが、心情面からして三浦ハルがマフィアだと信じるかどうか。

その辺りは上手く加減しないとどうにもならないな、と私はひとり尤もらしく頷いて、PCに向き直った。

 

携帯は使えない、けれどPCはファイルを開けないだけで、上手くすればネットには繋げそうだった。これは使える。

 

 

 

「ねぇハル。ちょっとハッキング手伝って」

「散歩に行こうみたいに軽く言わないでください!……って、もしかして、まさか」

「システムなんて基本同じでしょ。さ、やるわよ」

「情報部でやるならまだしも、こんな地下街の回線なんかでやったら直ぐばれますけど!」

「大丈夫大丈夫。もうとっくに怪しまれてる筈だから」

「はひー!」

 

 

 

ボンゴレファミリーに所属する私達が存在しない場合、十中八九、作った口座等も存在しないだろう。

財布の中に当面の資金はあるとしても、それは真実当面なだけで長期戦となるとまず潜伏は無理だ。

 

資金が尽きる。飢える。どうしようもなくなって、地上へ出ればアウト、一発御用逮捕拉致監禁直行コース。

別にやましいことが在る訳ではないが、出来ることなら一切関わることなく帰りたいという願望は常にあった。

 

 

 

「とにかく、“私達”がどういう立場にあるのか。それ位知ってもいいんじゃない?」

「それは―――確かに、気になりますね」

 

 

 

どんな障壁が待っていても打ち破る自信はある。大半ハッカーからぶんど……貰ったプログラムの数々のお陰だが。

 

相手しか持ち得ないカードを一枚でも減らすこと、それが交渉を少しでも優位に進める秘訣である。

私達しか持ち得ないカードなど、今回は恐らくどこにもありはしないのだから。

 

 

 

「情報部のことだし、そういう系統をどの階層に放り込んでるかはある程度見当がつくわ」

「……私達、一体、どうしてここに居るんでしょう……」

「事故か、……故意か?」

「―――――」

 

 

 

誰かの攻撃ならいい、と、お互いの瞳の中に同じ考えを見つけて、私達は同時に目を伏せた。

“私達”がどんな立場だったにしろ、“彼ら”がどんな人間だったにしろ、こういう世界が在るという事実が、酷く心を惑わせる。

 

平行世界は、選択肢の数だけ存在するという。ここが別の世界なら、私達は何を選び、何を選ばなかったのだろう。

マフィアではない、そして多分、情報屋ですらない、――――『』とは誰だ。

 

 

 

「用意できましたよ、さん」

「了解。じゃ、始めますか」

 

 

 

どうすれば、あの場所へ帰ることが出来る?

 

 

 

←Back  Next→