それは、決して交わることのない道。

 

 

 

の夢

 

 

 

仕掛ける相手の構造が詳しく分かっていれば、こちらの設備が多少どうであってもさして問題はない。

幸いにして、ボンゴレ側のシステムは私達が知っているものと同じだった。いや、知っていたものと同じだったと言うべきなのだろう。

情報部を改革する前、つまりボンゴレ全体のセキュリティ面を強化する前の、いわば穴が存在する状態のままだったのである。

 

 

―――強化が行われていない。つまりそれは、私達がやった行為がなかったことになっている、ということだ。

 

 

ひとつを知る度に、世界が違うのだという仮説は、もう仮説などではなくなって来ている。

複雑な思いを抱えながら、ハルの援護に助けられつつ、難なく障壁を越え、目的の情報を探し続ける。

まだ下っ端の頃、ハッカーからボンゴレ防護システム対処法を聞き出していたことが、こんな所でも役に立った。

 

帰ることが出来たら、特別手当でも出してやろう。ああ、彼はお金じゃ喜ばないし、休暇にするか―――。

 

 

 

「…………あ」

「……はひ。案外簡単に見つかりましたね」

 

 

 

この分だと、もしかして気付かれる前に帰れるんじゃないですか、とハルは作業を止めて少し驚いたように呟く。

PCが故障している為かどうかは分からないが、ファイルを丸ごとダウンロードするのは出来そうになく、

情報は直接己の目で見つけていくしかなかったのだが――――いいのかボンゴレ。いいのか沢田綱吉。

 

それとも私達の情報など、強固にプロテクトを掛けまくるほど重要じゃないとか思われているのだろうか?

全くそんなんだから、と内心更に文句を続けようとしたところで、………私は突然思い出した。

 

そう。さっき綱吉……ボスはハルに向かって、自分が悪い、と言った。単純に連中が綱吉を狙う為にハルを攫ったから、

というだけではなさそうな口振りだったと思う。もっと何か別のニュアンスが含まれているように感じた。

察するにだ、自身にとって弱点になりうる存在―――かつての友人、古い友人などだ―――であるハルの情報を、

『ボンゴレ側による情報管理のミスで』今回の敵対ファミリーに漏れてしまったのではないだろうか。

 

そう考えるとボス自ら、待ち受けているだろう罠に嵌るのを覚悟で助けに来たのでは、とも思えた。

いや、だとしても、漏れた時点で情報は更に奥深く隠す筈である。拡散しない為に。手遅れかもしれなくても。

 

よもや隠してこの状態か?今こうして私達にあっさりと見つかる時点で、問題は何も解決してはいないと思うのだが――――。

 

 

 

「いえ、さん。私達、一応身内ですから。情報部最高権力者とその第一部下ですから」

「それはそうだけど。それにしたってねぇ」

 

 

 

もうちょっと苦労してもいいものではないか、と言いたい。世の中に私達より凄い能力を持つ人間は山ほど居る。

ハッカーがもし存在していて、そして裏切っていないのだとすれば、彼に頼んでどうにかして貰うのが一番いいと思うのだ。今後のために。

 

 

 

「って、そんなこと今は後回しよね。じゃ、ハルは自分の方を確認して」

「分かりました。では、残り十分です」

 

 

 

ボンゴレ側に知れるまでの時間は、十分間。欲しい情報の内容を確認するには、充分過ぎるほどだと作業に掛かる。

三浦ハル、のカテゴリの中で、おまけのようにひっそりと存在している“私”―――――「」。

 

しかしその名前の後ろについた、フォーワークスという単語に、私は一瞬で凍り付いた。

 

 

(…………え?)

 

 

理解した瞬間、頭が真っ白になった。名前の後ろにつくとすれば、勿論名字しかない、そんなことは分かっている。

 

私は今まで生きてきた中で幾度も偽名を名乗り、様々なことを誤魔化し、かわしてきた。でも、それでも。

――――フォーワークスという家名だけは、絶対に名乗らなかった。

思いつかなかったのではなく、絶対に名乗るべきではないと思っていたからだ。それなのに。

 

 

 

 

 

 

 

・フォーワークス。

孤児。二十年前、フォーワークス家に引き取られる。両親共に健在。アメリカ合衆国在住。

現在―――州の――――大学に在籍。素行は良好。犯罪歴、前科共になし。三浦ハルとは二年前に出会う。

 

 

二十年という歳月に、私は再び画面をスクロールする指を止めた。記憶に残るあの出来事と時期は一致している。

彼は、いや、彼ら夫婦はかつて、身寄りのなくなった私に、養子にならないかと何度か提案してくれたことがある。

差し出された手は、慈愛と善意に溢れているように見えた。………そして事実、そうだったのだろう。

 

私は、最後まで、それを信じることは出来なかったけれど。そう、差し出された手を、取らなかった――――。

 

 

 

 

 

 

 

ハルに比べれば簡略的に纏められた“私”の経歴。思わずパソコンを閉じてしまいそうになるくらいの、衝撃だった。

アメリカなら養子などありふれたことで、それがどこで生まれたかなど、ハルの友人として認識されている私には必要のない調査だったのだろう。

世界には様々な事情が溢れている。調べたところで分からない人間など、恐らく腐るほど存在するだろうから。

 

“私”がどんな人間なのか興味があった、を本名として名乗る、名乗れる経緯が知りたかった、

ボンゴレという巨大な組織にさえ経歴の異常を悟られない方法が何かも、けれど、…………。

 

 

 

「………さん。一番下、見てくれますか」

「……っ……一番、下?」

 

 

 

どれくらいぼうっとしていたのだろう。数分程度か、ハルの声で我に返った私は、言われた通り画面を一番下まで移動させる。

目に飛び込んできたのは、一枚の写真だった。“私”と、“ハル”、が、柔らかい笑顔でこちらを見ている。

 

穏やかな―――穏やかなそれは、どこか空虚な印象を受けたが、それでも“私達”は笑っていた。本当に、仲が良さそうに。

 

 

 

「…………一般人、ね」

「…………はい。そう、です、ね」

 

 

 

意図せず出た感想は、それが全てだった。私は当然のこととして、ハルも今まで様々な人々を見てきている。

だからと言い切るまでもなく、写真にうつる二人は、どこからどう見ても一般人の、表社会に生きる人間だと分かった。

 

 

 

「……うん、ま、これじゃ皆も唖然とするわ」

「成人男性の、マフィアとしては弱いとはいっても武装してる人達を、さんかるーくふっ飛ばしちゃいましたから」

「最後の一人も、これじゃやりすぎだって?」

 

 

 

もしかしたら、と、私は思う。“私”はあの時、逃げる時に、復讐すらしなかったんじゃないか、と。

 

それくらい、誰かを殺したこともないんじゃないかと思えてしまうくらい――――――

何も知らないだろう“ハル”の隣にいて、全く違和感のない“私”が、そこに居た。

 

 

 

「これなら、あっさり浚われても仕方ない気がする」

「あー。抵抗とか、出来なさそうですもんね」

「だとすると、向こうも気づいてる?少なくとも一般人って名乗れはしないでしょう、私達」

「はい。でも案外、情報の方が間違ってるとか思いそうですよ?さんに関しては」

「…………あーもう、ややこしい」

 

 

 

集めた情報が間違っている、なんてことは無いとは言えない。よくあることだと構えていてとんとん、といったところだ。

そもそも私は殆どノーマークだっただろうし、となると、やはり次に会ってしまった時が問題、か。

 

しかし本当に、そんなことがあるものなのだろうか?世界が違うと、そこに居る自分も、ここまで違うなんて。

 

 

 

「ねえ。ハルはその、どうだった?」

「私は……おおよそさんの想像通りです。イタリアについていく覚悟がなくて、日本に残って。

……多分、日本に居ることが辛かったんじゃないでしょうか。アメリカの大学に留学してるみたいです」

「留学――――」

「それで、ホームステイ先の家が、何とさんの家だそうですよ」

「えっ何それ」

 

 

 

マジですか。

 

 

 

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