行こう。たとえ、そこに獰猛な獣が口を開けて待っていたとしても。
極彩色の夢
ハルは、綱吉や仲間達との別れを受け入れた。私は、差し出された手を、――――取った。
ここが平行世界なら、分岐点はそこだ。いや、あるいはそのもっと前にも分岐したのかもしれないとも思う。
選択の連鎖が積み重なってこの世界が出来たのだとしたら……。……駄目だ、まだ帰る方法は分からない。
ハルは高校卒業と同時にイタリアへ旅立った綱吉達を見送り、自身は日本の大学に入学した。
そして二年後、アメリカの大学へと留学している。そして何と、ホームステイ先の家の娘が“”だった。
しかし資料によると、その“・フォーワークス”なる人物は自分のことを日系アメリカ人だと言っている。
恐らく、出自を隠す為の嘘だろう。一度でもマフィアに関わったのだから、以前の痕跡は一切残すべきではないから。
そして日系だと言い張る、真実日本人の“私”と、“ハル”は意気投合して、常に行動を共にしていたという。
共通の目的もなく通常に暮らしていて、そこに気の合う要素があったかどうかは少しばかり疑問が残るところではあるが。
あるいはハルの持つ「日本」に惹かれたのかもしれない。ハルも、外国人に囲まれた中、私が隠し持つ「日本」に。
会話の中で幼馴染の痕跡を知ったりしただろうか?あるいは彼女は、口に出すことすら自分に許さなかっただろうか?
“私”は自分を守る為、沢山の嘘を吐いている。“ハル”は彼らを守る為に恐らく、口を閉ざした。
決して、………決して、今の私達のように全てを曝け出しあった訳ではないだろう。でも。
「つまりハルを誘拐しようとしたら私も一緒に居たから、ついでに攫ったってこと?」
「そんなところですよね、きっと。何でも、授業は別として、行き帰りとか毎日一緒に居たようですから」
拉致されたことを騒がれても困るだろうし、そうするのが普通だろうな。殺されなかっただけマシな方か。
それからあの倉庫に放り込まれたとすると、倉庫にあったあの血のついた縄は、もしかして“私達”のものだろうか?
状況を知る為に襲撃した連中は、私達を見ても、単に「襲われた」ことが衝撃的なだけで、特に他の反応を見せなかった。
つまり、私達が“私達”でないことに気付いていなかったのだ。なぜ?服装が同じだった、とか?
ハルはいつものスーツ姿だし、私は普段通りの黒い服を着ている。さて、どうなんだろう。
とにかくそうだとすれば、逃げ出した、あるいは、逃げだそうとしていただろうことを彼らは知らないかもしれない。
つまりは“私”と“ハル”は出血しながらも無理矢理自力で縄を解いた。そして逃げようとした所で何かが起こった?
「その“私達”がどこに行ったのか、今どこに居るのか、が重要だと思うんだけど」
「ただ、その二人にとってここは見も知らぬ街ですし、あまり遠くには行けないんじゃないかと」
「そう―――だと、したら」
“私”もかつてイタリアに連れて来られたのだとしても、ここが見も知らぬ場所であることに違いはない。
やはりいずれ多少の騒ぎにはなる。それを見つけられないボンゴレではないだろう、息の掛かったこの街で。
見つかったならそれでいい、だが、そうではなく、私達が十年バズーカのように「入れ替わった」のだとしたら。
ガラクタが乱雑に置かれていたあの部屋。床に倒れた私と、ひとりだけ荷物に埋もれていたハル。
―――――あの部屋に、何かがある。あるいは、あった。
「どう思う?っていうか、他に選択肢はないか」
「ですね。あ、もう切りますよ」
「はいはい。結局気付かれなかったわね。管理甘すぎるんじゃない?」
「いえですから、私達は反則まがいの裏技を使ったみたいなものでして!」
長い考察のようでいて、実際それほど時間は経っていなかった。それもそうだ、手掛かりなどひとつしかない。
私達はパソコンを閉じ、あちこちに並べたままにしていた携帯電話その他機器もポケットに滑り込ませる。
「案外今の私達なら、ボンゴレ情報部くらい簡単に潰せそうな感じ」
「っさん!やりかねない顔で言わないでください!」
「あら、私、ハルの命令がなきゃ動かないけど?部下ですからー」
「……………」
じっとりと、何かを強く訴えるような視線をさらりとかわしつつ、私は深呼吸しながら立ち上がった。
つられたように立つハルに手を貸しながら、これから進むべき道を頭の中で急激に組み立てていく。
「犯人は現場に戻る、ってね」
「それ、待ち伏せフラグにしか聞こえませんけど」
「はっ。そこで人員配置してないようなら、ただの無能よ無能」
彼らに限ってあり得ないことだと笑ってやる。本当はいない方がどれだけ話が早く進むだろうとも思ったが。
さあ誰が居るだろう。幹部一人は絶対に置いているな。ハル絡みだから他人には任せたくないだろうし。
かといってボス本人が留まり続ける―――ことはないと判断する。誘き寄せられた場所にいつまでも居るのは危険だ。
「さん。面白がって誘拐犯演じたりしないでくださいよ」
「…………。そんな撃ち殺されそうなこと、流石にしないわよ」
「ツナさんに武器向けてみるとか!やりそうだから言ってるんですよ!!」
「え、武器向けるくらいはよくない?」
「なっ、なにする気なんですかぁっ!」
感情的にならない人間、話を冷静に進められそうな人間、そして三浦ハルに警戒されない人間………。
武あたりだろうか。でも彼では、意味もなく「ははっすげーのな!」の一言で軽く済ませる場合がある。
というのは半分くらい冗談にしても、何となくリボーンあたりが来そうな予感がひしひしとする。
リボーンちゃん、とハルに呼ばれる位だから、一般人のハルでも警戒を解きそうだ、………実態は全く違うにしても。
彼相手にどんな態度を取れば少しでも優位に話を進められるか、そんなことを考えながら、私はハルに問いかけた。
「ハルとしては、さ。皆に、私達が別の世界の人間だってことは言えるとしても、実はボンゴレ所属で、しかも
情報部主任までやってるとか思われたくないんじゃないの?」
「え……っ」
「だってあのボスだと、即行で否定しそうだしね。衝動で。あと色々失言とかもしてくれそうだし」
「……………」
「昔の綱吉と同じってこと。ま、この世界のハル相手だと当然っちゃあ当然なんだけど」
選ばなかったのだから仕方が無い。けれどそれを、選んだ側のハルに向けられては、ただただ彼女が傷つくだけだった。
だからといって綱吉にそういう態度を求めるのは身勝手だろう。彼の知らぬ、触れられぬ世界でのことなのだ。
そんなことになって傷ついて、私が綱吉を八つ当たり的に蹴り飛ばしたくなるくらいなら、いっそのこと。
「隠し通せばいい。ボンゴレ、いや、マフィアそのものへの関与を」
私達はさる企業に勤める会社員。ハルはどこぞの主任で、私はその部下。ほら、字面から見ても何の問題もない。
「――――だから、ね?」
「…………………。…………っそ、それとこれとは話が違います!!」
「ちっ、ばれたか」
人気のない地下道を二人並んで歩き続けること、数十分。来た道を、地下から逆に辿っていく。
都合良く真ん前まで行ける道はない上に、流石に待ち構えているだろう所に地下から登場するのも気が引ける。
勿論全ての出口がマンホールという訳ではないが、地面の蓋を開けて「どーも」なんてあまりにも間抜けだ。
だから少し手前で上に出る。地上ではどんな捜索網が敷かれているかと思うだけで、かなりげんなりする思いだった。
(うわ、最悪。入り口からもうお出まし―――)
建物の影から観察してみると、見慣れた帽子を被ったシルエットが、案の定、壁に寄りかかっているのが見える。
これは予想通りだと頷いた私はそのまま、全ての動きを止めた。息も。視線も。早く動かなければ気付かれることを知りながら。
(……私が敵だったときの排除用かっ!)
『雲雀恭弥』が、そこに、当然のように立っていた。