わざとだったのか、そうでなかったのか。

 

 

 

の夢

 

 

 

それはただの勘だったが、あながち間違っていないだろう自信も持ち合わせていた。

ならばこれ以上言葉を紡がせるべきではなかった。それは決して今ここに居る彼女に向けていいものではない。

 

 

(………だって、ハルは選んだもの)

 

 

“恭弥”は悪くない。“リボーン”もまた。でも私は、三浦ハルの第一部下で、彼女を守りたいと本当に思っているから。

そこに些かの私情――――を挟んでいないと言ったら嘘になる。が、しかし。しかしだ。

私はここに来てから湧き上がり続けている不快な感情に口元が歪むのを、何とか笑みを浮かべることで誤魔化した。

 

 

 

「だから意味が分からないよ。いい加減、そうやって誤魔化さないでくれる?」

「ですから!私は誤魔化してなんかっ」

「そうやって頭ごなしに否定する前に、少しは自分の頭で考えたらいいのに」

「―――――――」

 

 

 

嫌味はたっぷりと。毒も少々。ただし表面上は、彼らが思っているだろう“一般人”としての仮面を被る。

すると瞬く間に沈黙が広がり、ハルは見るからに悲壮な顔で私をねめつけた。でも仕方がない、だってもう時間切れだ。

彼女が恭弥と言い合っている間―――リボーンはただ成り行きを見守っていたかのように振舞っていたが、多分違う。

一度だけさり気なく口を掌で覆った。恐らくその十秒にも満たない間に、報告は行われたのだ。

 

 

(気配が近づいてる。隠す……必要がないと思ってる、ようね)

 

 

今度こそ逃げられるつもりはないだろうし、流石の私でも、最初から逃がさないよう構えている二人を一度に相手するのは難しい。

狭められていく網。そうなることが分かっていて踏み込んだのだから、これは当然想定内の話だ。

 

後はどう切り抜けるか。目的を果たす為にも、とにかく、主導権をあちら側に渡す訳にはいかない。

 

 

 

「あ、もしかして、身体動かすしか能がないんですか」

「なっ……さぁああん?!」

「――――それは、喧嘩を」

「売ってるとか思うわけですか、なるほど。………随分と短絡的ですね」

 

 

 

にっこりと笑う、意地でも視線は外さないことを己に課して。恭弥相手に使った事がない口調は酷く気持ちが悪かった。

だが何とか頑張って耐える。激昂させるのは避けたいが、ある程度の挑発に乗らせるくらいなら構わないだろう。

 

普段通り少しずつテンションが高まってきたところで―――ふと、冷静な声が割り込んだ。

 

 

 

「………おい、お前。何故イタリア語を話せる」

 

 

 

ち、邪魔だな。怒らせてトンファーを軽く一度食らいでもしておけば、何かと有利使えるような気がしたのだが。

恭弥にも少し冷静さが戻ってしまったじゃないか。始めからリボーンに狙いを………いやいや、それじゃ怖すぎる。

 

 

 

「語学は大変得意です。それが何か」

「……………」

「イタリア語、中国語、ドイツ語、―――あとスワヒリ語はそこそこ。趣味で」

「…………………そうか」

 

 

 

至極大真面目に返されると思っていなかったのか、リボーンは帽子を直す振りをして目を逸らした。……勝った。

 

注意力を散漫させるには、やはり怒らせるのが一番手っ取り早い。驚かせるのもありだが、この二人にその手が有効かどうか。

何にせよ、現に今の今まで、私達が話している言語が何かにも彼らは注意を払っていなかった。あるいは、耳慣れたものだからこそ。

ハルに対してその疑問がぶつけられなかったのは、そもそも高校卒業時既に勉強していたと思うのが自然だろう。

 

そんなリボーンの様子をちらりと横目で見た恭弥は、深い深い溜息を吐いて、冷えた視線をこちらに寄越した。

 

 

 

「あのね、君達のくだらない話に付き合ってる暇はないんだけど」

「奇遇ですね。以下同文です」

「………君、って言ったっけ。咬み殺されたいの?」

「まさか。――――そんな趣味はないわ」

 

 

 

会話の流れだったと、ただ、それだけを思う。いかに相手をぎりぎりの所まで追い上げられるか、それが重要だったから。

間髪を入れずにやりとりする言葉の応酬も、常に浮かべ続けた笑顔も何もかもがその為にある。

 

だから―――。そう、だから、私は出遅れた。リボーンの介入を退けたことで安心していたのかもしれない。

 

恭弥の変化は顕著だった。その身に纏っていた怒気を一瞬で消し去り、その瞳に別種の光を宿らせた。

 

 

(……………え、)

 

 

咄嗟に身を引いたが間に合わない。掴まれた腕が火傷しそうなほどに熱く、篭められた力に骨が少し軋んだ。

しまったと思うにはあまりに遅く、けれど前もって分かっていたとしても私は同じように返してしまっただろう。

それは私が『』という名を与えられ、そして、一度捨てさえしたそれを再び受け入れることを選んだ結果なのだ。

 

他人から見れば何の事だか分からないかもしれない。しかし事実、私は失敗した。……いや、失敗ですらない、か。

 

 

 

「――――――『』」

 

 

 

私は愚かにも試してしまった。知りたいと望んでしまっていた。私が、この世界で、彼と幼馴染であるかどうかを。

 

彼との“特別な関係”が失われているのなら、根本からも違うのではと―――恐怖を覚えた。

それは確かに恐怖だった。えもいわれぬ不安を覚えた。何度も言葉を重ねながらその痕跡を探そうとしてしまった。

怒らせるという目的を果たすだけなら、咬み殺す、という言葉に、あんな反応を返すべきではなかったのに。

 

 

(…………ごめん、ハル)

 

 

些かどころではない私情を挟みすぎた。そして今、その罪悪感を凌駕するほどの安堵に包まれていることに、自嘲の笑みが零れる。

全てを分かっていて。全てを理解していて。お互い、それが間違いではないという確信もありながら。それでも。

 

 

 

「………いえ、人違いですよ」

 

 

 

彼に向かって――――こんな台詞を言う未来も、あったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ、恭弥!」

 

 

 

制止の叫びは、誰の声だったか。肩すれすれに振り下ろされた漆黒の武器を本当にぎりぎりでかわす。いや、マジで。

風を引き裂く音は普段なら小気味のいいものだったが、今は血塗られた惨劇を誘う不気味なものにしか聞こえなかった。

 

掠っていてさえ、皮膚や肉を持っていっただろう一撃。………もしかしなくても、地雷踏んだか、私。

 

 

(ああくそ、本当に遠慮ないな!一応一般人だって思ってるんでしょうがっ!)

 

 

でも、―――決して口には出さないけれど、でも。

恭弥の目が数分前とは全く違う色を覗かせていることが、嬉しくて。………私は、腹の底から声を張り上げた。

 

 

 

「暴力反対――――!」

「っ、うるさいよ、少し静かにしてて。大丈夫、絶対咬み殺してあげるから」

「駄目に決まってるだろ、恭弥!何やってんの?!」

「あの、この人がいきなり襲ってきて――――」

 

 

 

勢い込んで走ってきた綱吉に向かって私はそう弱く呟くと、よよよ、と滲んですらいない涙を指で拭う。

後ろの方で、さん、とどこか諦めたような声が聞こえたが全く気にせず、わっと顔を両手で覆ってみた。

これ、元の世界でやろうものならありとあらゆる彼らの武器が飛んで来そうである。気色の悪い真似をするな、と。

 

しかしこちらでは今のところ誰も“私”のことを知らないようなので、問題は無い。………恭弥を除けば。

 

 

 

「本当に、………死にたいみたいだね」

「アホかー!こら待て、なに一般人に熱くなってんだ!さっさとそれ、しまえ!」

「そうそう。まず落ち着けって、な?」

「なに。邪魔する気なら君達も咬み殺すよ」

「はぁ?!お前は任務内容分かってんのか、保護だぞ保護!」

 

 

 

しっかり武器を構えた恭弥の前、私を庇うように隼人と武が立ち塞がる。よし、いい壁を手に入れた。

 

 

 

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