製作者、ちょっと来い。シメるから。
極彩色の夢
特に全力疾走する必要性を感じなかったので、私はハルを伴って小走りで建物の中に入った。
その後ろから当然のように付かず離れずついてくる三人分の足音。……三人、ね。妥当だと思うべきだろうか。
しかしそこに全く触れないまま倉庫まで行きたくはなかったので、仕方なしに途中で足を止め、少しだけ振り返る。
「ちょっと。何でついてくるんですか」
「二人だけだと心配だよ。ほら、中にも連中が入って来てるかもしれないし」
さらりと思ってもいないことを語るのは、いつの間にかドン・ボンゴレの仮面を被りなおした沢田綱吉である。
どうせここへの侵入経路は玄関を除いて全て塞いであるくせに。道中、遠くで『極限!』とかいう叫び声が聞こえたぞ。
まあ誘拐犯よりはまだ実力を有しているメンバーだったようだが―――それこそボンゴレ守護者達の敵ではない。
むしろ私達がいなくなったことで、遠慮せず叩き潰せる環境を得たわけだ。………同情はしないが。
「それに……話が途中だったよね。最初から全部、きちんと聞いておきたいんだ」
予想していたとはいえあっさりと私達の話を信じるという意味合いの言葉を向けられ、私は思わず彼を振り仰いだ。
綱吉の表情は真剣で、何か思うところがあったのかハルの剣幕に怯えていた様子はすっかり消え去っている。
ブラッドオブボンゴレ。超直感。普段それはあまりにも厄介だが、話を聞いて欲しい時には本当に便利だと思う。
私達が“私達”ではないと最初に理解して貰わなければ話が進まない。全く、マフィアの世界は面倒事ばかりだな。
「なるほど、話が早くて助かります。どこかの誰かさんと違って」
「君はいちいちそういう言い方しか出来ないの」
「頭ごなしに否定した人に言われたくありません」
「今月のお給料いらないんですね?さん」
「………いえまさか。冗談よ冗談」
条件反射並みにするりと出た軽口にがまた余計な波紋を呼び起こす前に、慌ててすっぱり断ち切る。危なかった。
それもこれもどさくさ紛れについてきたこの男が悪い―――――そう、居るのです。雲雀恭弥が。
彼は沸点こそ低いもののさめるのも早い。敵の襲撃という一件で頭を冷やしたらしく、今は割と平然としていた。
(話を聞く気になったのはいいけど、うん、……まあいいか)
どうも日常の癖が抜けないな、と思う。色々と止められなかったのは八つ当たりのせいだと理解している。
幼馴染と分かって嬉しい反面―――どうしても超えられない壁は存在する。綱吉がハルに対してそうであるように。
「給料……つまり、ハルはお前の上司なのか?」
「そうですね。かれこれもう七年くらいになりますけど」
「え、そんなに長いの?俺はてっきり―――」
リボーンからの質問には何気ないものであっても意味もなく警戒したくなる、と思いつつ、無難な答えを返しておく。
ここからはあまり話を発展させたくない。……そういう空気を正確に読み取ってわざと抉りにくるような面子だ。
私は曖昧な笑顔を浮かべるハルを促してまた倉庫がある方へと歩き出す。と、その背中に声が掛かった。
「――――就職は、やっぱりアメリカで?」
「企業秘密です」
「え、っと。どんな会社かなんて、教えて貰えないのか、な?」
「はい、企業秘密です」
歩みは止めない。たとえ空気が困惑に染まっても、―――ある種の警戒を感じても、私は頑固に歩き続けた。
なぜなら、今、ここで嘘は吐けないからだ。架空の会社を作っても、仕事内容が同じでも、そこに嘘が生まれる。
ブラッドオブボンゴレ。超直感。普段それは本当に本気で厄介な代物だった、歳を経る毎にそれは研ぎ澄まされていく。
『企業秘密』ではなく『沈黙の掟』だと言えば一発で話が済むのだが、済むを通り越して何もかもが露見してしまう。
「こちらとしても『会社』の名誉は守りたいので―――怖い人達には話せません」
ヤクザ屋さんはお断りです、と意味ありげに笑って見せると、何とも言えない空気がその場に広がった。
「この部屋、ですね」
「そのようね。んー、特に中には触らなかったんですか?」
「君達が逃げたりするから、余計な仕事が増えたんだよ」
「………………まあ、いや、それは不可抗力というか」
私達が目覚めた倉庫は、がらくたやダンボールの空箱があちこちに散乱していた。脱出した時のままに。
ここで何か手掛かりを見つけなければならない。それが帰る手段であったならもう言うことはないのだが。
ハルと一度視線を交わし頷きあうと、この気持ちの悪い世界から出て行く『方法』を探すため、中に足を踏み入れた。
そして―――何分経っただろう。決して狭くはない空間に転がるがらくたをひとつひとつ確かめていると、
幾つ目かのダンボールをどかした時―――いかにもな、場違いに怪しい物体がころりと床に転がった。
思わず目を疑ったほどである。何といえばいいのか、そう、どこぞの美少女戦士を彷彿とさせるような、それ。
「何、この、ファンシーな物体Xは」
「あれですよね、ほら、その、……いわゆる魔法少女のステッキみたいな」
「えーと……本当に、何これ?」
全てが雑多なこの部屋の中で。明らかにそれだけが浮いていて、明らかにそれだけが異様な雰囲気を纏っていた。
何ともコメントし辛い空気が広がる。だがそれから目を離すことが出来ないのも事実だった。この感覚は―――何だ?
もしかして、非常に考えたくないことだがもしかしてそうなのだろうか。このファンシーな物体Xが。
「…………ま、まさか、これがっ」
「えー……流石にこれはない。だって玩具でしょ?」
「さん、……色々顔に出てますよ」
ハルの言う通りだった。私はその玩具にしか見えない物体Xを触ることすら出来ず遠巻きに見ることしか出来ない。
容易に手を伸ばすと呪われそうである。所々に翼を象った可愛らしいフォルムが、いっそ不気味ですらあった。
「おい、何だそれは?」
……すると手伝いもせず私達のやることを見守っていた筈のリボーンが、いつの間にか背後に立っていた。
びくりと肩が跳ねそうになるのを堪え、何ですかと問い掛けようとした私の目の前で。リボーンは、その物体Xを真剣な顔をして拾った。
(ひ、拾った?!)
死神と呼ばれる伝説の殺し屋に、――――日本の幼い女の子達が憧れるだろう、ファンシーなぴんくのステッキ。
言葉に出来ないほど、壮絶に、最悪に似合っていなかった。その姿が衝撃的すぎて笑うことも忘れるほど。
「何故……今、こんなものが存在している?まさか取り零しがあったのか?―――馬鹿な、」
「リボーンどうし……。………お、お前、実はそんな趣味が」
「殺すぞ、ダメツナっ!!」
「ねえ、それ、本気で気持ち悪いからこっち向かないでくれる?」
「だから―――っくそ!お前ら、話を聞け!」
「……………………」
こちらが取りたくても取れなかった反応を彼らが代わりにやってくれたので、私達は比較的早く自分を取り戻した。
悪夢を見てしまった気分だったが、リボーンの姿はともかく、その反応はかなり重要な要素だと言える。
リボーンの持つプリティなステッキ……いや、物体Xが、何かしら「異質」であることは最早間違いない。
―――考えろ。それをどう使えばいいか、早く、―――思考を止めるな。
その物体Xが何で、何の目的で誰に作られたかなどと知る必要はない。私達はただ“帰る”ことが出来さえすればそれでいい―――。