さん、頑張って愛を育んで下さいね!」

 

「・・・・や、無理。断る」

 

 

 

斯くして 嘘吐きな恋人達は

 

 

 

次の日は、朝から頭が痛かった。見事な二日酔いである。

 

若い頃は自分の事をうわばみだと評したことがあったが、シャマルの宣告通りそれは間違っていた。

年を取るにつれ、大酒を呑んだ次の日の朝が辛くなり―――初めて“二日酔い”というものを経験した時は驚いた。

 

健康には気を付けたいと思ったので、仕方なく飲む量や頻度を減らしていったのだが・・・・やはり昨日は特別で。

 

 

 

「はいどうぞ。梅干し湯です」

「ありがとう、ハル。・・・でもそれって風邪に効くんじゃなかったっけ・・・?」

「二日酔いにも効くとか聞いた覚えがありますけど。どうなんでしょう?」

 

 

 

私達は朝っぱらからボスに呼び出されていた。痛む頭を押さえつつ、梅干し湯片手にだらしなくソファで寛ぐ。

呼び出した張本人は急用があるとかで少し前に出て行ったきり、かれこれ二十分は経っている。

 

 

 

「一体何の用なのかしら。また説教?」

「・・・・今の状態では勘弁して欲しいですね・・・私も少し、頭痛いですし・・・」

 

 

 

ハルは、私と違って比較的落ち着いていたので飲む量を多少調節は出来たらしい。それに引き換え、私は――――

 

というか、昨日の大酒はビアンキにも一因がある。グラスを空けた端からどんどん継ぎ足してくるのだ。

最も、それに便乗した挙句調子に乗って次々飲み干した私が一番悪いとは分かっているけれども。

 

 

(第一ビアンキは何であの店に居たのかしら。私達が来ることを分かってたみたいな口振りだったし)

 

 

思考を巡らせるも、直ぐに頭痛に邪魔されて纏まらない。私は大人しく梅干し湯を含みながらソファに背を預けた。

 

 

 

と、そこで慣れた気配と共にノックの音が響く。

 

獄寺隼人だった。

 

 

 

「失礼し・・・・――って何だお前らだけか」

「何だとは何ですか。それすっっごく失礼ですよ?」

「るせーよアホ女。で、十代目はどこだ」

「さっき武に呼ばれて出て行ったわよ。急用だとか何とか言って」

 

 

 

呼ばれたのにねー?と二人して頷きあっていると、隼人がいきなり顔を顰めた。そして辺りを見回す。

 

神経質な彼のこと。直ぐその不快感の正体に気付いて、かなりけたたましく叫び出してくれた。

 

 

 

「つかお前ら、酒くせーぞ!酒盛りでもしてやがったのか?どんだけ飲んだらこうなるんだよ!」

「隼人、五月蝿い。頭に響くから止めて」

「・・・・・・・・・っ」

 

 

 

だからばっさり切り捨てる。二日酔いで苦しんでいる真っ最中の人間に怒鳴ってはいけない。

ジト目で睨むと怯んだのか、不自然に動きを止めた彼は金魚のように口をぱくぱくさせ黙った。

 

謹慎中だの何だのと言いたいのだろうが、別に自宅謹慎と言われたわけじゃなし。

 

 

――どうでもいいから、とにかくさっさとボスの用事を聞いて情報部に帰りたい――

 

 

 

そんな私のささやかな願いは、次に現れた新たな闖入者によって掻き消されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・、呑みすぎ」

「一言目がそれか」

 

 

 

執務室へ入るときに彼がノックしたところを見たことがない。今もそう。

ただ、ここ十数年口を酸っぱくして言い続けたお陰か他の場所ではノックすることが増えた。ノックだけだが。

非常識な人間であることに変わりはないが、成長の証としては、大変喜ばしいことである。

 

そんな風に許可すらも求めず入ってきた恭弥は、いきなり名指しで呑み過ぎだと言ってきた。余計なお世話だ。

 

 

 

「出張だって言うからもっとかかると思ってたんだけど。もう帰ってきたの?」

「国内だからね。それとが任務を失敗したって聞いて、笑いに」

「・・・この暇人め」

 

 

 

言いながら私は目を逸らす。どうにも正面から彼の顔を見ることができなかった。

 

恭弥と相対するだけでビアンキのあの言葉が頭を過ぎる。愛・・・いや、そりゃ否定するわけじゃないんだけど。

“愛は世界を救う”宣言の後も色々際どいことを言われたし。いやもうほんと、限界だから。

 

出来れば、そう、出来ることならあと一週間ぐらい、・・・・私が忘れるまで逢いたくなかった・・・・!

 

 

残り少ない梅干し湯を飲む振りをして間を持たせる。部屋に沈黙が訪れ、微妙な空気が流れた。

 

 

 

―――それに耐えられないのが、約一名。

 

 

 

「っ、お、おい。お前何だあの反省文は」

「えぇ?誠心誠意を込めて書いたじゃないの。結構自信作よ」

「内容じゃねえ!何で原稿にあちこち穴空きまくってんだよ!」

 

 

 

獄寺隼人という人間は普段の素行に反して結構繊細で、こういう空気に耐えられるような強い精神力はない。

 

今回はそれに感謝するべきだろう。ともすれば昨夜の事を思い出して赤面してしまいそうな自分を抑えられたから。

 

 

 

「ああ。万年筆が不良品だったんじゃない?」

「・・・・お前は・・・反省を、何だと思ってんだ・・・」

 

「猿でも出来る?」

 

 

 

「―――――――――っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執務室のソファが焦げ付き、皮のカバーを総張替え。絨毯に梅干し湯が零れクリーニング行き。

それが今朝の被害状況だった。隼人がダイナマイトを放り投げて暴れたから仕方がない。

 

心底呆れたように溜息を吐いた恭弥が何とか止めてくれたものの、弁償はやはり私に押し付けられた。

 

 

 

「だから、二日酔いの人間に怒鳴る方が悪いんだって」

「煽った君が悪いよ」

 

 

 

結局ボスから連絡が入り、今朝の呼び出しは無しになった。また明日の朝来て欲しいという。

どうせ碌な用事でないだろうと思いつつも、二日酔いの頭で聞くよりはマシだろうと自分を納得させて。

 

何とか一日の仕事を終えた私は―――何故か恭弥の部屋に連れて来られていた。

 

まあ、お互い出張帰りの後はよく逢っていたりしているから別に・・・・そう、別に変なことではないのだが。

 

 

 

『じゃあ、確かめてみればいいじゃないの。愛は試すものよ』

『さあさん!思い切って行きましょうっ!』

 

 

 

同じ部屋に居る恭弥の存在を意識するたびに、やはり昨日のやりとりが思い出されて私は一人、煩悶する。

 

(・・・その場のノリでやるとか言っちゃった手前、やらないのはちょっと)

 

でも『結果報告待ってますね!』と言ったハルは今朝何も覚えていないようだったし。

頭痛もなくなり、やけにすっきりした頭で考えれば――昨日の自分を絞め殺してやりたい気もする。

 

 

ただ。

 

いつも余裕たっぷりで飄々としている幼馴染の度肝を抜いてみたいという邪な欲望もないわけじゃない。

 

 

 

もしかしたら、まだ、酔っていたのかもしれないけれど。

 

 

 

「―――――恭弥、」

「・・・なに?」

 

 

 

私は、手を伸ばした。

 

 

 

←Back  Next→