さてさて、あちらは一体どういうつもりなのやら。
復讐か、―――あるいは。
斯くして 嘘吐きな恋人達は
あれから私は一度自室に戻り、身嗜みを整えてから真っ直ぐにボスの執務室へと向かった。
・・・・・・・結局、二日酔いだった昨日よりも疲れているのは気の所為だろうか。体力的にも、精神的にも。
「失礼します――」
「あ、さん!お早うございます」
「おはよう、ハル。・・・・・・・ボスは?」
ノックをして、返事があって。何も考えずに扉を開けたその先には、ハルしか居なかった。
人を呼び出しといてまた消えるとはどういうつもりだ。最近は、そんなに忙しいのだろうか。
「それがちょっと、ツナさん寝坊しちゃいまして。今慌てて資料取りに行ってます」
「・・・・・・・・・。・・・・寝坊?」
「す、すみません!」
いや待てそこで何故ハルが謝る。と、一瞬疑問に思ったものの、彼女の顔色を見れば答えは明らかだった。
みるみる内に首から上が見事に赤く染まっていく。ああもう、見てるこっちまで赤面しそうだ。
―――どうでも良いが、自分が寝坊するとかいう恥ずかしい失態だけは部下に知られない方がいいと思う。
(絶対ボスとしての信用失うって。幻想持ってる人間多いんだから)
「って、その資料は私達に関係あること?」
「そうだと思います。遅れたらさんに怒られるとか言ってまし―――はひ!何でもないです!」
「・・・・・・・・・・それはそれは」
そして、待つこと五分。
随分と失礼な事を言ったらしい十代目ボスは、息急き切って執務室に駆け込んできた。
「っ、ホントにごめん!ハル、」
「お早うございます、ボス。今朝は随分とお急ぎのようで」
「・・・・!・・・も、もう来てたんだ」
全開の笑顔で迎え撃つと、彼は面白い位にぴたりと動きを止める。まるで化け物にでも遭遇したかのように。
後ろで申し訳なさそうに頭を下げるハルを見て何かを悟ったのだろうか、冷や汗を垂らして誤魔化すように笑った。
昨日のように仕事ならばいざ知らず、寝坊。しかもその理由が理由である。責められても仕方がない。
(ボスだけじゃなくて恭弥もだけど。自分だけすっきりした顔してるのが一番ムカつくのよね・・・)
このまま嫌味を言って弄ってもよかったのだが、如何せん気力も体力も奪われている。
ボスの用事などはっきり言ってどうでも良かった私は、彼を揶揄うことを諦め、本題へと移ってくれるように促した。
「それで、一体何なんですか?また説教ならお断りしますよ」
「・・・。いや、あのね?この間向こうの方から謝罪があったんだよ。“申し訳ないことをした”って」
「「・・・・・・はい?」」
私とハルは思わず問い返してしまった。謝罪、だって?あの連中が、・・・・謝罪?まさか。
そういう胡乱気な目付きに気付いたのだろう、正確に事情を知らないボスも微妙に困った顔で言葉を続けた。
「先方が言うには、“言葉に不適切な表現があった”“心底反省しているので赦して欲しい”とかなんとか。
だから今回は暴行を受けたことを忘れるし、契約も破棄はしないそうだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自分のした事を棚に上げて随分と偉そうな物言いですね、という言葉を私は寸でのところで飲み込んだ。
ボンゴレへの報告では私が暴走した事になっている。だからここで反論するわけにはいかない。
ボスは私達が座っているソファの向かいに座って、手に持っていた資料を置いて説明を続ける。
「今回の商談を担当した人から丁寧な謝罪の言葉を受けたよ。随分恐縮なされていたけど―――」
「それは、私達にも直接謝罪しろということですか?」
「礼儀として一応申し立ててはみたんだけどね、断られたよ」
「・・・・・そうですか」
何なんだろう、この気持ちの悪い流れは。向こうが折れたことで何もなかったことにしましょう、って?
どういう心境の変化だ?それに何?私が今回特別、相手側の寛大な恩赦を受けて赦して貰えた―――みたいな。
「怪我自体も大した事はなかったらしいし」
「はひ、そうなんですか?」
それこそまさかだ。あの感触、ちゃんと素手で殴ったとはいえ軽傷では済まなかったはず。
他人をいつも見下しているような連中なのだから、謝罪より寧ろ怒鳴り込んできてもいい位なのだが。
それに何が“不適切な表現があった”?“申し訳ないことをした”?
人のことを娼婦扱いしておいて、一体どの面下げて『心底反省している』、だ。気持ち悪くて仕方がない。
(たった数日でこの態度の変わりよう・・・どうも可笑しいわね)
となると、何か情報を仕入れたのかもしれない。例えば・・・ハルが、ボスにとって特別な存在であることとか。
良く言えば優しい、悪く言えば甘いことで有名な十代目ボスでも―――怒らせたら怖いのは皆知っている。
加えて、イタリア随一のボンゴレファミリーとの関係は、どのファミリーであっても大事にしたいはず。
ボスに睨まれることだけは避けたい、か。まあ私達が彼らに告げ口するつもりはない以上、それは杞憂なのだが。
「謝罪は分かりました。・・・・それで結局の本題は」
「―――うん。何でももう一度、二人と席を設けて欲しいらしい」
「席?」
「この間の商談と同時進行で別口の話があって。お詫びも兼ねて、やり直したいそうだよ」
暴行を受けた相手とまた会いたいとは、マゾ集団なのだろうか。聞けば聞くほど何故か気持ちが悪くなる。
私は何となく嫌だと思う自分を個人的な感傷だと抑えつけ、こちらを窺うように見やるボスに頷いてみせた。
「わかりました。いいわね、ハル?」
「はい。リベンジですね!」
「・・・・・いや、戦いに行くわけじゃないんだから・・・ね?」
「ある意味戦いですよ。契約を勝ち取るという意味では」
仲間を思いやるボスがわざわざこんな話を持ち出してきたということ。
それは、各々の感傷を多少無視してでも得る価値が、この契約話にはあったのだろう。
ボンゴレの一員であるならば、ボンゴレの利益の為に動かなければならない。何事にも多少の我慢は必要だ。
―――もしまた妙な真似をするならば、今度こそ息の根を止めてやるけれども。
「さん。勿論分かってるとは思うけど」
「・・・・・・・・ええ。しませんよ?」
「そ、その間は何かな・・・・」
「嫌ですね、しませんってば」 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・多分。)
「今何か言ったよね」
「言ってませんよ。幻聴じゃないですか」
「さん・・・・・・」