仕事に私情を挟むのは好きじゃない―――けれど。

 

私にも、許容範囲というものが、ある。

 

 

 

斯くして 嘘吐きな恋人達は

 

 

 

香り立つ紅茶。その透き通った綺麗な色は、これまた高級なティーセットによく映えていた。

気まずい雰囲気の中、少しでも間を持たせようと冷め切ったそれに手を伸ばした。

 

口に含むとブランデーの微かな苦味が広がる――――・・・・ふと、その中に在る無機質な甘み。

 

 

(        え? )

 

 

 

世界が、ぐらりと揺らいだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか、終わったら迎えに行くからな。商談が済んだら直ぐ連絡しろ」

「最近忙しいのにわざわざ?・・・・隼人、暇なの?」

 

「っ、誰の所為だと思ってんだ!!」

 

 

 

私達はその日、隼人の怒鳴り声を背に受けつつボンゴレを後にした。

商談場所はボンゴレ系列の奥まった場所にある高級料理店。今度はこちら側が歓待しなければならない。

 

ただ、前回の事も踏まえ、商談が終わる頃には万が一の時の為に隼人と武が迎えに来てくれることになっていた。

 

 

・・・・・全く以って、余計なお世話である。単なる私への牽制でしかない。

 

 

 

「今日は、上手く行くといいですね」

「向こう次第じゃない?・・・ま、どっちにしろ商談だけは成立させるけど」

 

 

 

あちらが悪いにしろ、暴れて怪我をさせたという事実は変わらない。すんなり話が纏まるなど甘い考えである。

 

はっきりとは意図が読めない相手に対して、私はずっと警戒心を抱いていた。

 

 

 

 

しかし―――。

 

 

その予想に反して、商談自体はかなりスムーズに進んだ。前回とメンバーが違う所為か雰囲気も柔らかい。

勿論一言目は私達からの謝罪から始まったのだが・・・・・・それを彼らは酷く上機嫌に、笑って流した。

 

あくまで低姿勢に、こちらが悪いのだからと。掌を返したようなその態度に訝しむよりも気持ち悪さが勝った。

とはいってもそれを顔に出すわけにもいかないので、ぐっと我慢して意識を切り替える。

 

 

落ち着いたハルの声に気持ちを静めつつ。仕事を完遂することだけを考えて。

より有利な条件で商談を成立させたい為相手は必死である。最もそれは、私達にとっても同じこと。

 

 

私は上司の駆け引きを支えながら向こうに牽制をかけ、出来得る限りボスの望みに近づけるよう動いていた。

 

 

 

 

 

 

―――“それ”が起こったのは、お互い腹の探り合いを経て、少し話が途切れた頃。

 

 

 

既に8割はこちらの要求が通っていたので、気が緩んでいたのだと思われても仕方がない。

どうしても後一押しが欲しくて、私は『Xi』のデータに何か使える情報はなかったかと思考を巡らせていた。

 

別に深い考えはなくて、少しでも長く考える時間が欲しくて、目の前に置かれたティーカップに手を付けた。

 

 

 

「―――――っ、!」

 

 

 

一口。たった一口だった。

 

そんな僅かな量で、一瞬視界が揺らいだ事に驚いた。しかも紅茶である。

どれだけ強いモノを使ったのか。私がその違和感に気付いた時には、もう飲み込んでしまっていたけれど。

 

 

そして何より、此処がボンゴレ系列の料理店であるということがそもそも私の油断を招いていた。

 

 

(こいつら・・・まさか最初からそのつもり、で・・・!)

 

 

紅茶を口にした私を見て、相手の口元が微かに緩んだのが目の端に映る。仕組まれていたのだ。始めから。

やはりハルに関して、何らかの情報を得たに違いなかった。そして取り入るよりも脅す方が早いと考えたのだろう。

 

第一部下である私はどうしても付いてくる。ならば、邪魔者は消せばいい。―――どんな手を使ってでも。

 

 

(・・・・マフィア間では・・・よくある、こと、ね)

 

 

指先から力が抜けそうになるのを何とか堪えながら、・・・・・・・私は、迷っていた。

 

 

 

ここで以前のように暴れることは簡単だった。ふざけるなと怒鳴ってカップをテーブルに叩きつけて。

腕っ節に自信があるのを揃えてはきたのだろうが―――はっきり言って、敵ではない。

 

でもこれは仕事だ。前回のように契約し終えている訳でもないし、相手が犯人だという証拠も無い。

今暴れれば再犯となってこちらの立場が悪くなる。この取引が破談になることだけは避けたかった。

 

 

どうする。どうすれば、いい。どう動けば、ボンゴレに損害を与えなくて済む?

 

 

(・・・つーか、こんな直球で来るか普通・・・)

 

 

薬系統に関して効き目が薄い体質になってしまった私でさえこうなのだ。今も浮遊感が残っている。

 

でももしこれが、ハルだったなら―――?

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・、さん?」

 

 

 

紅茶を持ったまま動かなくなった私に、流石に不信感を覚えたのだろう。

手元の資料を確認していたハルが、訝しげに声を掛けてきた。どう答えればいいか・・・・・私は、未だに迷っていた。

 

相手の誤算は、私が薬物に対してある程度の耐性を持っていたことである。

 

 

今なら無かったことに出来る位に。手足の痺れは多少残るが、それも時間の問題で―――――

 

 

 

「随分長引きましたね。どうです、少し他の場所で休憩でもしませんか?」

「・・・・あの、いきなり、何なんですか?」

「お連れ様も気分が優れないようですし・・・・」

 

 

 

という、私の苦悩と葛藤をどう勘違いしたのか、彼らは勝手に話を進め始めた。

暴力に訴えたくなる自分を抑えている所為か動けない。少しでも動くと、やはり殴ってしまいそうだった。

単に脅しただけでは直ぐにボスの耳に入る。だからこそ、の行為強要。唯一の障害が私という存在。

 

確かにハル一人だけではこの男達相手になす術もないだろうと、思う。卑劣な―――訴え難いことを知っている。

 

 

 

「気分・・・?っ、さん!大丈夫ですか、もしかしてこの紅茶・・・っ」

「平気よ、ハル。たいした事はないわ」

 

「・・・お前、まだ意識が・・・!」

 

 

 

彼女に応えて、ティーカップをそっと置いて軽く手を挙げる。すると面白い位に相手の態度が変わった。

私を、殺すつもりはないのだろう。全面戦争を望んでいない限り、ボンゴレ相手にそれは、やり過ぎだ。

 

多分意識を奪っておいて、戦闘不能な状態にしたかったのだろうが・・・やはり甘い。

 

しかし、相手が認めた形になった今でもまだ、私はこの事を流すつもりでいた。少し痺れただけで殆ど実害はないし。

逆にこれを盾にとって契約を有利に進めてしまおうか―――なんてことを、本気で考えていた。

 

 

胸に湧いた嫌悪感に目を瞑って。またしても侮辱された事実から、目を逸らして。

 

 

 

「すみません、体質的に効きにくいもので。全部飲んでいたら分かりませんが」

「ば、馬鹿な!そんな筈は、」

「あら、もしかして致死量なんですか?・・・あー、凄いですね」

 

 

 

まあ商談中に紅茶を一気飲みするような人間は居ないだろうから、一口程度で効く濃度にした、というのが正しいか。

となると、どうやってこれに仕込んだのかが問題になってくる。まさかこの店もグルじゃあないでしょうね。

 

店を決めたのはボンゴレ側だし、・・・・いや、店の人間を買収したとかは考えられないだろうか。

 

 

後で調査すればいいだけか、と。全く大事にする気はなく、そのまま商談を進めようとした私の耳に。

 

 

 

「――――さん」

 

 

 

低い、怒りに満ちた声が届いた。

 

 

 

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