もう何も、望まないから。

 

 

灰色の夢

 

 

 

話も終わった事だし、この辺りが引き際だろう。

そう判断した私はなるべく恭弥の方を見ないようにしてソファから立ち上がる。

 

 

 

「――――それでは、私はこの辺で失礼しま」

「待ちなよ」

「待たない」

 

 

 

案の定掛かった声をばっさり切り捨てて扉へ向かう。

それでも再び声が追い掛けてくる。

 

 

 

「まだ、答えを聞いてない」

「―――――――」

 

 

 

私が今まで何をしてきたかなんて、きっと今の恭弥と殆ど変わらない。

私の両手はどす黒く染まっている。血と悲鳴と硝煙の臭いの中で生き抜いてきた。

 

・・・・隠さなくてもいいはずだ。彼なら・・・・・・笑って流すだろう。軽蔑などしない。

隠すのはただ、私の我儘。

 

 

本当に怖いのは、そんな事じゃない。

もし誰かが『私』の存在を嗅ぎ付けてきて、あの時と同じ事をしないとも限らないから。

 

敵が増えるのは、もう疲れた。

 

私は扉の目の前で足を止め、振り向きざまに胸ポケットから出した物を投げつけた。

 

 

 

「・・・・・・何?」

「連絡先。私この先一ヶ月は仕事しないから」

 

 

 

軽々と私の投げた紙切れを受け止めた雲雀がそれに目をやった隙に扉を開ける。

 

 

「Arrivederci.(また逢いましょう)」

 

 

それだけを言い残して、其処から逃げた。

一目会えた。話が出来た。・・・・・・もういい。今はもうそれで十分だ。

 

私は一度も振り返ることなく『ボンゴレファミリー』の本部を後にして、自分の居るべき所へと、帰った。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・雲雀さん、聞いてもいいかな」

 

 

来客が去った部屋で、ボスの声が静かに響く。

雲雀はの残したメモから目を離さずに、呟くように応えた。

 

 

「―――幼馴染だった。小学4年の時まではね」

 

 

他人に興味を持てなかった自分が、唯一行動を共にしていた存在。それがだった。

そもそものきっかけなど思い出せはしないけれど。

 

 

「でもある日突然家族ごと蒸発して、それからは消息不明。足取りさえも掴めなかった」

 

 

この僕がだよ?と自嘲するように笑んでからメモを上着の内ポケットに仕舞う。

 

 

 

「悪いけど明日休暇もらうから。くれぐれも仕事は回さないように」

 

「・・・・・・了解」

 

 

 

 

 

 

 

バタン、と些か乱暴に扉を閉め、内側から鍵を掛けて――――私はその場にずるずると座り込む。

今日は厄日だ。本当に、厄日だ。

 

いっその事全てが夢だったなら、もっと楽に生きられただろうか。

 

 

雲雀恭弥。

 

 

誰よりも逢いたかったし、誰よりも逢いたくなかった。

不安定な今の自分がとても脆いことは分かっていた。全部曝け出してしまいたくなる。

それは出来ない。出来なくていい。そうだ。そんな事はしなくていい。

 

何も気付かれないように―――そうやって今まで生きてきたんだから。出来るはずだ。

 

 

「・・・・・・・・・恭弥・・・・・」

 

 

 

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