会えるだけで良かったと思っていたのに。
もっと一緒にいたいと 想う自分が居る。
灰色の夢
「他に何か、お聞きになりたいことはありませんか?」
「―――私は十分ですけど、ボス」
「うん。じゃあ最後に一つ・・・・・君の名前を」
うわ、来たか。最初に聞かれなかっただけなのは分かってるけど。
「雲雀さんの幼馴染って事は、日本人だよね?」
「ええ。・・・・・・でもその名前はもう使っていません」
「そうなの?」
「少し訳ありでして。今は『』という名前で通っています」
「・・・・・・・・・・わかった。さんだね」
驚く程あっさり引いたボスとは対照的に、私の斜め右に座っている恭弥が微かに目を細めたのを見て。
少し嫌な気分になった。
だから言うはずじゃなかった事を、言ってしまった。
恭弥に聞けばすぐわかる事でもあったから。
「本名は、といいます」
「・・・・・・・訳ありじゃないの?」
私は緩やかに首を振って、出来るだけ柔らかく微笑んだ。――――そして、紅茶に付けられたティースプーンを持つ。
「恭弥の『お友達』にあまり失礼な事はしたくありませんから」
言うと同時にスプーンを持った右手を振り上げる。
次の瞬間。ガキッ、と鈍い音がして、右腕全体が痺れた。
「・・・・座って動けない幼馴染にそんな事するんだ?」
「君の挑発に乗っただけだよ」
お友達発言をした途端繰り出されたトンファーを何とか片手で受け止めた。
スプーンが無ければ骨が折れていただろう。こういうところ、本当に全然変わってないんだから。
「そこは抑えるのが大人だと思うわ。―――筋痛めたらどう責任とってくれるの」
「咬み殺してあげる」
「結構!」
と、そこで私の左に座っていた青年が立ち上がり、雲雀のトンファーを抑えてくれた。
「はいそこまで。―――ま、見てる分には楽しいんだけどな」
「・・・・・・すみません」
マジで痺れた。結構痛い。しかも利き腕だし。
右手をぶるぶる振っていると、正面から弾ける様な笑い声が起こった。
ボスが爆笑している。
「・・・・・・・っ!いいね、君―――凄くいい」
「はい?」
彼は存分に笑った後、時折痙攣しながら私に爆弾発言をした。
「良かったらボンゴレに入らない?」
未だ笑っているが、その目は真剣そのものだった。
・・・・・・・・驚いた事に、悪くない、と思う自分がいる。
今まで私をファミリーに引き入れようとしてきた輩はかなり居たのだ。実際。
そのどれもが気に入らなかったし、そもそもマフィアに近づくこと自体危険だと分かっていた。
でもここには恭弥が居る。
恭弥が下に付いてもいいと思うほど―――このボスは何かを持っているのだ。
興味を覚えるのは不可抗力だろう。
――――心が揺れるのは仕方が無い。だが受け入れることは出来ない。そう、今は。
「ご冗談を」
「俺は本気なんだけどね」
笑い合うが両者一歩も譲らず。会う前から感じていたように、このボスは相当な曲者に違いない。
「雲雀さんの幼馴染っていうのも超レアだし」
「その辺りは軽くスルーして頂けると嬉しいです。私殴り殺されたくは無いので」
「あれは痛いよね」
「はい」
勧誘をかわすだけのはずが、何故か妙な所で意気投合してしまった。
この人は何度もあのトンファーを受けてきたのだろうか。それはそれで酷く同情したくもなる。
・・・というかこの人たち、一体どういう関係なんだろう。上司と部下なんてものでは括れなさそうな・・・
「・・・・・まぁ、今回は保留ということにしよう。気が向いたら何時でも歓迎するよ」
「・・・・・それはどうも」
「ああそれから謝礼の件なんだけど」
「いえ、結構です」
「え?」
「出血大サービスですから」
「――――それはそれは。雲雀さんに感謝しなくちゃいけないな」
「今回だけ、ですよ」
マフィアからの依頼等ほとんど受けなかったけれど、ここなら「次」がありそうな気がする。