―――罪悪感?
そんなもの、私達が今持つ必要はない。
灰色の夢
「・・・なるほど。可能性としてはありそう、だね」
「ああ、そういうことか・・・・」
滔々と並べ立てた二つの疑問。それらは事件後から、確かにずっと胸の内にあったものだった。
ボス達は漸く納得の色を顔に浮かべて頷いている。犯人を断定するにはあまりにも力が無い情報たち。
それでも今の酷い状況では、どんな些細な情報だとしても、黄金の価値があるだろう。
「とはいえ、どれも確固たる証拠はありません。情報のソースが人間の記憶では・・・・どうにもならない」
私は、私の目で見たその事実が全てだと思っている。私は私を、私の直感を信じている。
だがそれは世間では通用しない。頭の中の記憶を取り出して誰かに見せることは出来ないのだから。
私の記憶に基づく証言が100%正しいと一体誰が証明できる?全てが塵と化した今となっては、検証の仕様もない。
まあ嘘を吐いていないという事だけは―――ボスの超直感で示すことが出来る筈だ。
だから彼らは私を疑わない。・・・・・・まして、隠していることがあるなど、今は絶対気付きもしない。
ハッカーの事を伏せた状態ながらも、比較的上手くボンゴレ犯人説の可能性に目を向けさせられたと思う。
それに内心安堵して、私は彼らを騙す為の言葉を紡ぎ続けた。
「第三者の可能性は高いです。だからといって―――ボンゴレを無視することは出来ませんでした」
「いや、さんの判断は妥当だと思うよ。もし・・・そう、なら大変なことだからね」
「気にすんなって。俺らがもしその立場だったら、同じようにしたと思うぜ」
「・・・はい。これから私の方でも情報を集めていきたいと思っています」
普通、ファミリーの一構成員が己の所属するファミリーを疑うのは反逆行為そのものである。
ただ私の場合は、幸いにも頂点に立つドン・ボンゴレが味方であったことや、
私自身マフィアが大嫌いで、生まれ持った性格的にもファミリーに盲目的な忠誠を誓っているわけではないこと。
そして、ハッカーから確実な情報を手に入れていたことの三点から、ボンゴレ情報部に疑いを持つことになったのだ。
もしあの時ハッカーから情報を得ていなかったら、情報部を疑うことはなかったかもしれない。
もし私が今生きていなかったら。ハッカーを助けるのが間に合わず、あの爆発に巻き込まれて死んでいたとしたら。
――――きっと、そもそもボンゴレに疑いの目が向くことはなかったのではないかと、思う。
(全く・・・。ますます怪しいっての)
パーティー会場のあった最上階と、その下の階が完全に爆破されていたという。先程ボスから聞いた話だ。
その念の入れようは恐ろしいほど。まるで何かを―――隠そうとでも、するかのように。
「そちら側の調査にも、期待しているんですが・・・・」
「任せて。その辺りはリボーンと獄寺君が上手くやってくれる」
「ああ、それに誰であろうと赦すつもりはねーしな」
「・・・・にしても、馬鹿な連中も居たものだね。神経疑うよ」
「大丈夫。これから分からせればいいだけだからね」
報告が終わって今後の方向性が見えてきた為か、再会した当初よりは雰囲気が明るくなっていた。
怒りを秘めたまま高揚する彼らとは対照的に、私とハルはそっと目線を交わして暗く微笑んだ。
ハルは報告の間中ずっと俯いたままだったが、それでも瞳に宿る光はまだ衰えてはいない。戦いはこれからだ。
私達は『ボンゴレ情報部が犯人』という前提で動く。もし第三者だったとしたら、それはボス達に任せればいい。
(静かに身を潜めて、安全な位置を保ちつつ―――機会を窺う)
彼女にも私にも、この先の勝利を掴み取る為には・・・・決して譲れないものが、あるから。
「頼りにしてるよ、さん」
「・・・・・・・ええ」
(情報屋『Xi』のプライドに懸けても――――この件、絶対に解決してみせます)
私達だけで、ね。
取り敢えず暫定的にではあるが大まかな報告が終了すると、この後どうするかという話になり。
ボス達はこのままボンゴレに泊まるよう勧めてくれたが、今はこのまま一時解散しようという流れに変わった。
シャマルから、ボスへの報告が終わったら診療所へ直行しろ、と言われていたのもあったが・・・・
何よりハルが『疲れたから家に帰って休みたい』と、沢田綱吉の前で珍しくそんな弱音を吐いたからである。
「あっ・・・そ、そうだよな。ごめん、いつまでも引き止めてて」
「いいえ、ハルこそこんな時に。我儘言ってごめんなさい」
「何なら明日は・・・いや、もう今日か。いいから休んどけよ?後は俺らに任せとけって」
「・・・・・・・・・・・・・」
確かにその顔には憔悴の色が濃い。彼女はまだボス寄りの人間だから、嘘を吐くのが苦痛なのだろうか。
・・・・私みたいに半端者じゃなし、後ろめたさを感じるなと言う方が酷なのかもしれない。
だったら少し彼らと距離を置く必要があるかも―――と、その帰宅に同意したのが十分前。
家まで送ると言って聞かないボスを 『んな事より事件解決に尽力しやがれ』 と押し止め、
まだ怪我がと五月蝿い山本に笑いかけ黙らせ、恭弥からは車の鍵を丁重にお借りして執務室を出た。
私の幼馴染は、渋る素振りさえ見せなかった。やると言えば必ずやるという私の性格を充分理解しているからか。
最も・・・顔を広く知られている彼らに送られでもした暁には、別の意味で警戒しなければならないのだけど。
そういう事が根底にあるから、ボスも苦渋の選択として許してくれたのだろう。
「でも、ハル達を心配して言ってくれたんですよね。本当に断って・・・・良かったんでしょうか」
「良いのよ別に、邪魔だし。例え追いかけてきたって撒いてやる」
「・・・・・・・。さんなら確かにやりそうです」
そんなこんなで私とハルは二人きりでボンゴレ地下駐車場に来ていた。そして恭弥が使っていた車に乗り込む。
まずハルを家に送り届けて、それからシャマルのところへ行って―――
と次の予定を頭の中で組み立てていた私は、助手席に滑り込んだハルの言葉に軽く目を見開いた。
「先にDr.シャマルの所に行ってくださいね。その後一緒にハルの家に行きましょう」
「・・・・・え?」
「え?どうしたんですか、さん」
どうしたもこうしたも。・・・・一瞬、心を読まれたのかと思った。そんな訳はないと思いつつ私は驚く。
固まっている私を不思議そうに見詰めて、ハルは言葉を続けた。その顔にはもう先程の翳りは見られない。
「その仮診療所とハルの家、近いって言ってましたよね?」
「それは・・・そうだけど。早く家に帰って休んだ方が良いんじゃない?」
「怪我人の方が最優先に決まってるじゃないですか!何ならハルが運転しますっ」
「でもハル、先刻は」
ハルの家に寄らせて貰えたらと、シャマルの所を出た時は確かに思っていた。休憩させて貰えたら、と。
しかし執務室での彼女を見る限りでは、そっとしておいた方が良いんじゃないかと思うようになった。
ボス達を騙すように誘導したのは、他ならぬ私なのだから。
その引け目もあって遠慮したのに・・・・・・どうしたものか、と思案した私の耳に。
「だってハルは今、家で寝込んでる筈なんですよ」
――――飛び込んできた、それ、は。