将来、私はこの上司に勝てなくなる日が来るのかもしれない。

 

 

灰色の夢

 

 

 

「部下にパーティーを押し付けて、家で休んでる筈ですから。どうしても帰らなきゃ駄目だったんです」

 

 

 

ハルが自分で考えたという、今回の名簿削除の言い訳。その用意周到さに私は舌を巻いた。

朝、“何も知らない”ハルが“何事も無かったかのように”出勤する為には、事前に家へ戻っていなければならない。

 

他の何処でもない、療養しているはずの自分の家から出勤して初めて―――その言い訳は成立する。

 

 

疲れたから家に帰って休みたい。

 

・・・・あの状態のハルを見ていた彼らがこんな風に言われて断るわけもなく。

 

その旨を思い切ってボスに告げた直属の上司を、私は手放しで称えたいと思う。

急ごしらえにしては申し分のないシナリオだった。あんな事件があった後では、誰も敢えて疑おうとは思わない。

 

 

犯人には――もしボンゴレに居るとすれば――多少疑いの目は向けられるかもしれないが、それでも。

 

 

 

「確かに、そういう事なら出てきて正解だったわ」

「ちゃんと出勤しなかったら、余計変なことになりそうですしね」

「・・・・・ええ、本当に」

 

 

 

山本は明日・・・いや、今日の仕事を休んでも構わないと言った。しかし私達は行くべきだと考えている。

 

普通、突然大切な部下を失った上司が―――その連絡を受けて、慌てない筈がないからだ。

体調不良などそっちのけにしてまず状況を知ろうとするだろう。情報を得る為に何としても外に出るだろう。

 

三浦ハルという人間を少しでも知る者なら、そういう性格だからと必ず納得する。

 

たとえ三人との上下関係が短期間だったからといって、対応が変わることは有り得ない――――

 

 

(ましてその原因を作ったのが上司本人、って設定だしね)

 

 

傍から見れば、ハルの身代わりとなって三人が命を落としたように思える。

彼女が多少挙動不審になったとしても『可哀想に、自分を責めているのだろう』と誰も気に留めない。

 

身代わりになったのは、事実。その事実に紛れて、この嘘はきっと周りを騙し続けてくれる。

 

 

 

「そうと決まればさっさと私の用事を終わらせて、ハルの家に行きましょうか」

「・・・・っ、はい!」

 

 

 

これが上手く通れば、当面の安全は確保できる筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は時間がないので私の記憶にあるとおり・・・つまり恭弥と通ってきた道程を遡る形でシャマルの所へ向かった。

暗い夜道で十数分も車を走らせると、次第に見覚えのある景色が流れてくる。

 

ハルの家の近くに位置している、見た目は寂れている割に幾分しっかりとした造りの建物の前で車を停めた。

 

 

 

「ここ・・・が、そうなんですか?診療所には全然見えないですけど」

「私も見えない。でもまあ、潜ってやってるなら看板を掲げる必要はないわね」

 

 

「・・・・・そういえばシャマルさんって国際指名手配犯だった気が・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・。私もそんな情報見た気がする」

 

 

 

情報屋としては失格なのだが、その、あまりにも戯けた罪状だったため余り本気にしていなかった。

マジなのか?いやきっと有名な殺し屋だから、狙われるかもしれないので隠れているんだろう。

 

そうそうきっとそう。っていうか、そうであって欲しい。

 

無理矢理自分を納得させて、私は数時間前に出てきた扉の前に立つ。

恭弥が蹴破ったらしい扉は確かに酷く凹んでいた。傍にチャイムもあるというのに何ともせっかちな事である。

 

その情景を容易に想像できてしまい、軽く頭を振って気を取り直す。そしてちゃんとチャイムに手を伸ばした。

 

 

 

小さな電子音が鳴り響く。待つこと少し。

静かな夜、物音ひとつしない。この一帯は人っ子一人見えない。

 

もし来いと言った当の本人が寝てたとしたら―――恭弥みたいに無理矢理押し入ってやろうかと思い始めた、

 

まさに丁度その時だった。

 

 

 

『・・・・おう、来たか。適当に入ってくれ』

 

 

(何だ、一応起きてたのか・・・)

 

 

些か残念な気持ちが胸を過ぎったものの、いつまでも外に居るわけにはいかない。

扉は凹んでいるにしろ機能に問題はないらしい。私はハルを先に押し込んでその後に続き、後ろ手で鍵を掛けた。

 

迎えに来る様子もない為、私達はシャマルの気配がする方へ足を進める。何ともサービスの悪いことだ。

そして少し歩くと、扉が全開になっている部屋から明かりが煌々と漏れているのが見て取れた。

 

 

適当に、という彼の言に従って、私は中に向かって声を掛けつつも遠慮なく部屋に上がり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ、わあ・・・」

 

 

 

――――ハルのその一言が全てを物語っていた。

 

 

目前には、私が寝かされていた部屋と同じ様な情景が広がっている。数倍の広さでありながら、汚さも数倍だ。

決して、そう決して不潔だとは言えない。だが『物は出したらしまえよ、このおっさん』と怒鳴りたくなるような。

 

(検査を受ける気がどんどん目減りしてくわ・・・)

 

私達は思わず半目になって、部屋の真ん中でだらしなくソファに身を預けるシャマルを見やった。

 

 

 

「・・・・どうも」

「まあ、思ったよりは早かっ・・・・お、おお?ハルちゃんまで来てるのか!」

「はひ!あ、あのすみません。お邪魔してます・・・っ」

「いいっていいって。カワイ子ちゃんは24時間いつでも大歓迎だからな、二人で熱い時間を過ご」

 

「―――Dr.シャマル。仕事に差し支えますので早速検査の方、始めて頂けますか」

 

 

 

今にも飛び掛らんばかりに目を輝かせたおっさんに、牽制の意味を込めて割り込んだ。

お前私よりボンゴレと付き合いが長い癖に、多分遊びとはいえハルにちょっかい出す危険性を知らないのか?

 

・・・・否、このおっさんなら『障害があればある程燃える!』とでも言いそうだ。

 

誰がどう見ても明らかに“邪魔”する形になった私に、シャマルの恨めし気な視線が突き刺さる。

 

 

 

「なんですか」

「折角の数少ない潤いの時間をよ・・・少しだけ堪能したっていいじゃねーか」

「―――じゃ、ボスに報告してもいいんですね。『Dr.シャマルがハルを襲ってた』って」

「っ、待てそれは待て。つーかヤメロ」

 

 

(ふ、勝った・・・・)

 

 

 

 

私は今回の事件で、ひとつ痛感した事がある。

 

それは―――『ボスを本気で怒らせたら、もう絶対に勝てない』―――ということ。

 

勿論今までそう感じていなかった訳じゃない。ただ、今更ながらに再認識させられた、といったところか。

しかしだ。私はボスを含む幹部連中を、彼らに知られずとも既に敵に回している。

 

 

(もう引き返せないし、引き返すつもりもないけど)

 

 

これから戦っていくにしろ、出来ればボスとの直接対決は何としてでも避けたい。

 

 

・・・・・などと、この時はそう思っていた。

 

 

 

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