嘘は言わずに、事実だけを告げる。

たとえそれが真実でなかったとしても。

 

灰色の夢

 

 

ごほん、とわざとらしい咳払いが響いた所で私は仕方なく口を閉ざした。恭弥も同様である。

ぽんぽん飛び出す軽口は、ある種の時間稼ぎだったと気付かれはしなかっただろうか。

 

取り敢えず、お陰で心の準備も整った。今回はボスが本気で怒っているので少々腰が引けていたのは認めよう。

 

 

怒りがこちらに向いていないと分かっていても―――だ。迸る殺気はどうしても隠せない。

 

 

 

さん。それで、一体何があったの?」

「ボスは一体ハルにどのような報告を受けましたか?重複するようなら省きたいのですが」

「え?えっと・・・」

 

 

 

意外なことを言われた、というようにボスは一瞬言葉に詰まった。

おい、ちゃんと聞いてたんだろうな。ハルが必死に報告したのに話半分で聞き流したりしてないだろうな。

 

別に『Xi』が居るから大丈夫―――とか戯けたこと考えてたんだったら私、結構マジで怒りますよ?

 

 

(こういう所・・・あんまり好きじゃないのよね。公私混同っていうか)

 

 

質問に質問で返すという、上司に向かってかなり失礼なことした自覚はあったが、そんな事は今どうでも良かった。

それよりボスのこの態度が気に入らない。彼女がどんなに脆くて弱い存在でも、そんな扱いを受ける謂れはない。

 

私は薄っすらと非難の色を込めてボスを睨め付けてやる。職務怠慢だろうという意味も滲ませながら。

 

 

 

「ち、違うって。俺も混乱してただけだからさ」

「そうなんですか」

「・・・・・・。ごめん、言うからそう怒らないで欲しい、かな・・・」

 

 

 

ははは、と乾いた笑みを浮かべながらボスはぽつぽつと話し始めた。件の殺気は鳴りを潜めている。

 

それに少し安堵し、私は本腰を入れて彼の言葉に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけなんだけど。さんの方は・・・どう?」

「・・・・大体の状況は、把握しました」

 

 

 

語られた内容は予想とそう違わず。ハッカーのことは綺麗に隠されていたし、知られてはマズイという事もない。

 

ただ、一点。

カルロ達の所で、何か違和感のようなものを感じたのだが―――突き詰める前にボスの説明が終わってしまった。

 

話の辻褄が合わないと云う訳ではなかったので、後でハルに聞けばいいかと黙殺することにした。

 

 

 

「ですが、特に付け加えるべき事はないように思います。私がハルと合流できたのも襲撃が始まってからですし」

 

 

 

大した情報は持っていない、とわざわざ前置きした上で、報告を続ける。

 

会場でハル達と別れた後、別室で『Xi』の仕事をしていたこと。標的を適当にボコった後に見つけた爆弾のこと。

それが時限式のものであったこと。余りにも残り時間が少なかった為、慌てて会場へと向かったこと―――

 

 

 

「その後は彼女が報告したことと同じになりますので・・・・」

「・・・・わかった。有難う」

「いえ。大した情報がなくて申し訳ありません」

 

 

 

爆弾があちこちに仕掛けられていた、というのは爆発跡を見れば直ぐわかる。リボーン達も既に気付いているだろう。

この凄惨な事件が計画性のあるものだったことも、状況を見れば知るのは容易い。

 

だがボスが考えているのは犯人の正体だ。誰が、何の為に・・・・今はその二つだけが重要なのだから。

 

 

(さあて。そろそろ、かしらね)

 

 

ずっと難しい顔をしていたボスが、報告を聞き終えると更に険しい顔をしてこちらを見た。

 

何を言われるかはもうこの部屋に足を踏み入れたときから分かっていたので、そっと密かに身構えるだけで済む。

 

 

 

さん。ひとついいかな」

「はい、何なりと」

「・・・君が、・・・・ボンゴレファミリーを犯人だと考えた理由を教えて欲しい」

 

 

(ほら来た)

 

 

そう、私がハルに名簿から名前を消させた理由。ボンゴレに帰ってくるのに、嫌と言うほど警戒したその理由。

 

何故ボンゴレファミリーを怪しいと思ったのか―――それを彼らに告げることは出来ない。

ハッカーとの会話は勿論、服の下に隠したデータの存在さえも絶対に知られてはならないからだ。

 

・・・・ならばそれとは別の視点から考えた、ボス達が充分納得できるような理由を作る必要がある。

 

 

 

「ボス。まずそれは飽く迄可能性の話だとご理解頂けますか」

「っそれは・・・分かってる。でも」

「それを前提として―――少しだけ、疑問に思った事があるんです」

 

 

 

その理由は決して嘘であってはいけない。嘘という要素を、ほんの一欠けらでも有していてはいけない。

ハルならともかく、私に対して・・・・情報屋『Xi』に対して。彼の能力が働かない筈はない。

 

私は慎重に、しかし慎重に動いていることを悟られないよう注意を払って、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「ボンゴレが事件発生を知ったのは、いつですか」

「え?・・・っとそれは確か」

「ああ、ホテル側から連絡があったんだよな?親睦パーティーが開かれてる会場が爆破されたって」

「そうそう。獄寺君の部下達が伝えてくれたんだよ」

「で、。それがなに?」

 

 

 

やはり、という思いが浮かぶ。爆発があった後、関係者ではない人間からしか連絡が来てない。

 

では会場で襲われていた誰も―――誰一人として、助けを求めなかったというのだろうか?

 

 

 

「可笑しいじゃないですか。あの会場に居た人間の殆どは携帯電話を持ってたんですよ?」

 

 

 

それは私が証人だ。恭弥からの電話を取った際、周りの人間は結構携帯で誰かと話していた。

つまり電波受信は可能だった筈。あれだけの人数が居る中、襲撃に驚いていたとはいえ誰一人外に連絡出来なかった。

 

連絡しようとした人間を片っ端から殺していった―――のかもしれないが、それでも一人も出来ないのはおかしい。

 

 

だとしたら、パーティーの途中から電波妨害されていたと思うのが自然だ。

最も、アレッシアは殺される直前までカルロ達と連絡を取り合っていたというから、そのタイミングも重要だろう。

 

 

(私が獄寺さんに連絡取ろうとした時は・・・急いでたから。圏外になってたかどうかは確認してなかったんだけどね)

 

 

 

「どこまで範囲を広げていたのかは知りませんが、そこらの玩具で出来ることじゃありません」

 

 

 

まず、その準備が出来ること。ただしそれは、そう難しいことではないからあまり証拠にはならない。

ただ同盟相手が白である以上、その機材を持ち込めるのはボンゴレか、はたまた第三者か。

 

そのどちらかしかないように思う。勿論、飽く迄可能性の話。

 

 

 

「それと―――爆発物、ですか」

 

 

 

沈黙を守ってただ私の話を聞いている三人の反応を窺いつつ、もう一押し。

 

 

 

「私が最初に見つけたもの、外せないよう壁にきっちり固定されてたんですよね。特にカルロが見つけた会場の方は――」

 

 

 

あれは見事に壁に埋められていた。多少の戦闘で崩れてしまう程度のずさんなものだったけれど。

大体パーティー会場というものは前々から予約を入れて、ホテル側がちゃんと管理しているものだ。

 

沢山の爆弾を壁に埋め込むという作業、それは一体どれだけの時間を要するだろう?

 

誰かに見つかるかもしれないという危険は?ホテル側がグルでない限りだが、そうそう出来る事ではない。

 

 

(でも、もし、使用する側が“打ち合わせの為”と称して利用していたなら・・・・?)

 

 

幾らでもやりようはある。―――勿論これも、飽く迄可能性の話。

 

 

 

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