何を言うべきか、何を言わざるべきか。
私達が勝利を手にする為には、どう動けばいい?
灰色の夢
ハルは一人でよく頑張った。きっと全てを打ち明けたいという衝動に何度も駆られたことだろう。
それでも彼女は目先の安楽より、苦難の果てに待つ勝利を掴み取る事を選んだのだ。
私は、彼女のその勇気と根性に敬意を払って―――それに応えたいと、思う。
「ボス。・・・・只今、戻りました」
「お帰りなさい、さん。・・・・よく、よく生きててくれたね」
「ええ、しぶといのが取り柄ですから」
仕切りなおし、とばかりにボスと私は正面から向かい合った。その傍に立っている山本の表情は硬い。
しがみついていたハルも、私の報告が始まったと見るや少し距離をとって、邪魔にならないよう口を閉ざしている。
雲雀は私の背後で傍観の姿勢を保っていた。表情を悟られない内はまだ、何の脅威でもない。
「それでも、失ったものの方が多いです。もう既にハルの方から報告があったかと思いますが――」
「・・・三人のことは・・・・・不幸だったと、思うよ。だけどね、さん」
「あの状況じゃ仕方なかった、だろ?俺達だったら生き残れたかどうかも怪しいぜ」
「うん。俺は、君が生きてくれていたこと―――それから、ハルを助けてくれたこと。それだけで充分だと思うんだ」
この人達は、口々にそう言ってくれるけれど。分かっている。部下を失ったのは彼らも同じだということを。
しかも彼らの方が数も多い。私が見捨ててきたその半数以上がボンゴレファミリーに属していた筈だから。
まして山本はスパイだったカルロ達を拾い上げた張本人のはず。思い入れもあっただろう。
「如何なる状況であれ、“彼ら”を死なせてしまったのは私の・・・・いえ。・・・・『Xi』の、責任です」
申し訳ありませんでした、と私は深く頭を下げる。戸惑うような気配を感じながらも頭を上げることは出来なかった。
そもそも連れて行ったのは情報屋『Xi』だった。アシが欲しいから、なんて下らない理由で。
あの三人が居なければハルは助からなかったと、そう言われるかもしれない。それは確かに事実ではある。
でも、ハルが来たのは完全にイレギュラーだ。パーティーに欠員が出なければ彼女が出席する事もなかった。
(・・・・色んな、間の悪いことが重なって―――カルロ達を避けられない惨劇に巻き込んでしまった・・・・)
今、頭を下げる事で、私はけじめを付ける。
戦いへ赴く前に。これから挫けずに戦い続けることが出来るように。ハルと共に、変われるように。
「もう、いいよ、さん。・・・・わかったから。本当に、わかったから」
静かな声が降る。どこまでも静かで、どこまでも凪いだ声音。同情も慰めもそこには無い。
それに惹かれるように私はそっと上体を起こした。沢田綱吉―――否、ドン・ボンゴレがそこに居た。
「その事に関しては・・・・追って、処分を言い渡すよ。だから今は報告の方に移ろう」
「おい、ツナ!そりゃどういう」
「いいんだ。それより山本、悪いけどお茶を入れてくれる?・・・・長くなるしね」
「―――有難うございます」
一見噛み合わない会話。私を処分する、という言葉に山本が反応したがボスは全く取り合わない。
超直感という特技を抜きにしても、ボンゴレ十代目は本当に聡い男だ。この私でさえ時々怖くなるくらいに。
そう、だからこそ――――こういう間違いを犯してくれる。
(察しが良いっていうのも時には弊害になり得る、ってね?)
私は先程、わざと“彼ら”という言葉に含みを持たせた。マフィアという裏社会では腹の探り合い等日常茶飯事である。
人の心や話のその先を読むことに長けているボスは、それに見事に引っ掛かってくれた。
つまり私が言った“彼ら”、というのはカルロ達三人の事だけではなく。
シャマルの依頼で『Xi』が連れ帰るべき、三十路ハッカーのことも含んでいるのだと彼は誤解したのだ。
会場で恭弥から電話を受けた時、私は『ハルは(『Xi』の)仕事に関してはノータッチ』だと断言した。
元々秘密厳守の仕事である。部外者の彼女が彼の存在を知り得るわけがないとボス達は思っているはず。
『そんな彼女が居る部屋で依頼の事を口には出来ない。
だから含みを持たせる事で、依頼も失敗したということを謝罪しているのだ――――』
沈黙は雄弁だ。あれこれ言葉を重ねるより、楽に相手を騙すことが出来る。
しかもばれた時に言い逃れがしやすい。誘導したとはいえ、勝手に誤解したのは相手の方なのだから。
(最も――騙す相手が、ボスみたいに頭が良くなきゃ出来ないんだけど)
追って処分を。ということは・・・・後ほど、シャマルと連絡を取ってから詳しく話そうってところか。
まあ“不可能であればデータ諸共消えて貰う”という建前で動いていたから、本当に処分を受けることはないだろう。
だが事実、ハッカーは生きている。
そしてデータはここに。
切り札はそれだけだ。それをどう使えるかが―――私達の勝敗を、分ける。
「え、さんそんな所に行ってたの?」
ずず、っと古風な湯飲みに入った緑茶を啜りつつ、驚いて目を見開くボスに私はゆっくりと頷いた。
「混乱している今しかないと思いまして。・・・・でも結局、誰かさんに先を越されてたんですけどね」
「越されてて良かったんじゃないの?あの状態で殴りこみかけるなんて馬鹿のすることだよ」
「だから五月蝿いって」
全員いつものソファに腰を落ち着け、山本の淹れてくれたお茶に一息つく。
ハルが紅茶を淹れようとしたのだが、ボスの強い反対にあって今は彼の隣でちょこんと小さくなっている。
私の隣には恭弥。正面にボス、斜め左が山本だ。男共に囲まれる形となったが何の恐れも感じな・・・・・
「そういや雲雀、さっきさんが倒れたとか言ってたよな」
「え?ああ・・・その、別に大したことでは」
「背中に火傷。藪医者が言うには全治三週間」
「「火傷?!」」「っさんそんなに酷かったんですか!?」
・・・いや、訂正しよう。この三重奏には流石にちょっとびびった。
ボスや山本、おまけに火傷を知っているハルさえもかなり凄い形相で叫んだからである。
「そっか、そーだよな、会場が爆破されたから・・・・」
「待って。藪医者・・・ってことは、じゃあシャマルに治療して貰ったんだ?」
「ええ。ご親切にもわざわざ恭弥が連れて行ってくれたみたいで」
珍しいですよね、と嫌味たっぷりに私は笑った。運ばれた時のうつ伏せ云々を根に持っているわけでは、勿論ない。
すると恭弥は珍しく渋面になり、どこか逡巡するような素振りを見せてからぼそっと呟く。
「・・・・・・ま、生き証人に死なれちゃ困るしね」
「そこで嘘でも心配したって言えば少しは可愛げあるのに」
「可愛げが必要なのはの方だと思うけど?」
「っ、余計なお世話だっての!大体ね、」
「ふ、二人共・・・報告の続きを――ってねえ、聞いてる?」