今の私達では、彼らの死を背負えない。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

普段より少し早く、職場に着いた。ハルは扉から一歩入った場所で立ち止まる。

 

誰も居ない、がらんとした部屋。ここを出た時と全く同じ光景が目の前に広がっていた。

 

 

三人の机はそれぞれ三人らしく、片付いていたり片付いてなかったり。

一方の机は一分の隙も無い程整頓されていた。自分の机は――何というか、小物を置き過ぎているかも。

 

備え付けられている食器棚の中には、ついこの間買ったばかりのティーセットが五人分。

その隣に、のたっての所望により用意した湯飲みが五つ。煎茶の入った茶筒も勿論購入済み。

 

 

(・・・・最初は『苦い!』って大騒ぎしちゃったんですよね)

 

 

お茶請けに出していた甘いお菓子を慌てて掻き込むジュリオ。それを指差して皆が笑って。

 

毎日が楽しかった。朝起きて、一日が始まるのが待ち遠しくて堪らなかった。・・・・・幸せだと、何度も思った。

前の班に居た頃だって楽しくなかった訳じゃないけど、やっぱりどこか負い目があったんだろう。

 

ボスと一緒に日本から来た人間の中で、ハルだけがこんな場所で留まっていて。惑っている間に置いていかれて。

 

 

今ではもう、見上げることしか出来なくなっていたのに―――――

 

 

 

さんは、まだ間に合うって・・・言ってくれたんです」

 

 

 

カルロ達に、いつか胸を張って会いにいけるように。彼らが生きていたこの場所で、これからも生きていく為に。

 

・・・・・・・世界で一番大好きなひとの傍に、少しでも近づけるように。

 

 

 

昨日の事件のことは被害の大きさも相まってか、殆どの人間が知っていた。

 

ハルがボンゴレ本部に出勤すると、受付で緊急招集が掛けられていることを知らされた。

情報部、セキュリティ部門等パーティーに出席した主な部署の班長クラスの集会を開くらしい。

 

多分状況説明と、正確な被害の確認をする為だろう。自分も関係者として行かなければならない。

 

ポケットから今朝持ち出した“私用”の携帯を取り出して、にその旨をメールで送って。

 

 

楽しかった思い出に囚われない内に。―――ハルはそっと、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああもう、やっぱり武器があると安心感があるわよね」

 

 

 

減った分また補充しておかないと。そう口の中で呟きながら、私はボンゴレ本部の入り口を潜った。

ハルと別行動になった後、一旦自分の家に戻って全身に出来る限りの武装を施し、荷物を整えて職場へ急いだのだ。

お陰で普段の出勤からはそう違わない時間帯に着くことが出来た。・・・・・・怪我の所為か少し疲れたが。

 

にしてもハルは無事ボンゴレに着いただろうか。あれから何の連絡もないから変わった事は無いんだろうけど―――

 

と思った当にその瞬間、家から持ち出した“私用”の携帯に何か異変を感じて立ち止まる。

 

 

(これは・・・・・メールね。多分)

 

 

ボンゴレから無償で配布される携帯とは違い、かつて専ら『Xi』の仕事用に使っていたものである。

パーティー会場爆破に巻き込まれひとつ壊してしまったので、昔のものを引っ張り出すしかなかったのだ。

 

ハルの家を出る前にアドレスを教えておいたのだが、どうやら間違ってはいなかったらしい。

 

 

監視カメラに映らない絶妙な位置まで移動してからそれを取り出す。やはりハルからのメールだった。

 

 

 

「・・・・緊急招集?」

 

 

 

それに書かれた内容に私は少し眉を顰めた。緊急招集、それはいい。それだけの事が起こっている。

ただここで問題視すべきなのは――――会場での調査が終わったのかもしれない、ということ。

状況説明出来る程度のことは調べられたのだろう。だからもうあの二人が常駐する理由はなくなった・・・・とか。

 

つまり二人共とは言わないが、どちらか一人はボンゴレへと帰還するのではないか、と。

そしてその可能性が大きいのはリボーンの方だ。元々抱えている仕事が多すぎる。

 

正直、会いたくなかった。ボスを一応騙しおおせてから数時間が経っているが、まだ体調は戻っていない。

 

 

(まあ、わざわざ会いに来るって事はないだろうけど)

 

 

彼は良くも悪くも『マフィア』そのものである。イタリアに来てからまだ数年のボス達とは違う。

私が目論んでいることに真っ先に気付くのはリボーンだろう。その前に全てを終わらせなければならないけど。

 

 

わざと大仰に溜息を吐いて、携帯を服の下に滑り込ませた。そして部屋に行こうと身体を――――

 

 

 

「調子が悪いなら帰れば?

 

 

(・・・・ちょっと待て。)

 

 

「っ!・・・あら、恭弥。ご機嫌麗しそうね」

「・・・・・・・・ふぅ。やっぱり精神科にも連れて行くべきだった」

「いやむしろお前が行け。その根性直して貰うべきだってば」

「その必要がどこにあるのさ?」

 

 

 

動かした、その正面に幼馴染が立っていて。私は即座に回れ右して走り去りたい衝動に駆られた。

 

夜、ここから出る時に半ば強引に奪い取った鍵は手元に無い。車ごとハルの家に置いているからだ。

素直に鍵を貸してくれたことに何となく違和感を感じていたが、まあとにかく今はそんな事どうでもいい。

 

 

それよりも。それよりもだ。壁に寄り掛かる形で私を見下ろす恭弥の、その後ろに居る、少年。

 

 

 

「―――リボーンさんも、戻られてたんですか」

「ああ、今着いたところだ」

「お疲れ様、です」

「・・・・お前もな」

「・・・・・」

 

 

 

その深い色を秘めた瞳に耐えられなくなって、私はさり気なく目を逸らした。ボスよりも対処に困る。

 

私はマフィアが大嫌いだ。しかし同時に、恐れてもいる。

マフィアそのものを体現したような、そういう人間が酷く苦手で―――相対すると心持ち身を退いてしまうのだ。

 

 

 

「大丈夫ですよ。私は――人が死ぬことには慣れてますから」

「・・・・・・・・・・。怪我の具合は?」

「たいした事はありません。Dr.シャマルのお陰で大分良くなりました」

 

 

 

彼は、リボーンは“違う”のだから、と自分に言い聞かせて。何とか私は落ち着きを取り戻していく。

破壊屋と死神。ありそうでなさそうな組み合わせだった。どちらも個人で動くタイプだからそう思うのだろう。

 

どこかへ行くのか、と思って―――今ボンゴレに着いたところなら、報告しにボスの所へ向かうのが普通だと気付いた。

 

 

 

「それで何か、分かったんですか」

「少しはな。・・・・じゃあ、お前も来るか?」

「お邪魔にならないのでしたら、是非―――」

 

 

 

こんな精神状態である以上、騙す相手に近づくのは危険だと分かっていた。でもハルだって頑張っている。

己の過去から来る恐怖なんかに囚われて、情報を得るチャンスを逃すのは愚の骨頂でしかない。

 

 

私は。―――それすらも、乗り越えてみせる。見事に全員、騙しきってみせよう。

 

 

 

「邪魔になっても来そうだけどね。君は」

「失礼な。その時は盗聴器くらいで我慢するわよ」

 

「・・・・それ我慢じゃないから」

 

「そう?」

 

 

 

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