綺麗に纏まりすぎている、と思うのは。

 

私が、そうであって欲しいと願っているからか。

 

 

灰色の夢

 

 

二人の後に続いてエレベーターに乗り込む。その間彼らは見事なまでに始終無言だった。

まあどちらも自分から喋り出すタイプではないから当然といえば当然だが、今の私にはその沈黙が痛い。

 

顔を突き合わせるのが何となく嫌で、リボーンには多少背を向ける形で軽く壁に凭れた。

 

 

目の前のパネルが発する光を目で追いながら――――誤魔化すように、口を開く。

 

 

 

「ねえ恭弥。悪いけど、車返すの明日で良い?ハルの家に置いてきちゃったのよね」

「車?・・・ああ、別にどうでもいいよ。あれ僕のじゃないし」

「――――は?」

 

 

 

場を繋ぐ為だけに出した話題だったものの、少々予想外の答えが返って来て思わず彼の方を振り仰いだ。

恭弥の車じゃないって?あれだけ我が物顔に乗り回していたくせに?

 

 

 

「じゃ、誰のよ」

「知らない。その辺に居たのから借りた」

 

「・・・・・・・・・・・・いや待て」

 

 

 

それ単なるカツアゲ、もしくは恐喝、はたまた権力を笠に着たイジメなのでは・・・・・。

知らないと言うからには恭弥の部下ではないだろう。しかし一構成員が幹部に逆らう事など出来よう筈もない。

 

私は運悪く目を付けられてしまったその誰かに深い同情を覚えつつ、いつもながらの傍若無人ぶりに少し笑った。

 

 

(でもちゃんと持ち主見つかるのかが問題よね・・・ボンゴレ、無駄に人多いから)

 

 

ナンバーから必ず割り出して私から返そう。恭弥が迷惑を掛けた分、謝礼も弾んで――――

 

 

 

「調達する暇も惜しかった、か?」

「・・・・・なにそれ。意味が分からないよ」

 

 

 

ふと、エレベーターの奥で黙っていた少年がそう呟いた。揶揄うような響きに恭弥が目を細めるのが分かる。

今の台詞の一体何処が気に障ったのやら・・・・・単に面倒臭がりのその根性が露呈してるだけだと思うんだけど。

いつの間にかそこはかとなく殺気を振り撒き始めた危ない連中を相手にする気力はない。

 

私は最上階に着いた途端、後ろで軽く言い合いを始めた二人を放置してさっさと歩き始めた。

 

 

このままでは息が詰まりそうな気がして、苦しかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、あれ、・・・・さん?」

「お早うございます、ボス。数時間振りですね」

 

 

 

控えめにノックをして、その応えを待ってから執務室へ入ると、普段の定位置に座るボスが見えた。

私の姿を見て大袈裟なまでに驚く彼にそっと頭を下げ、言われもしないのにソファへと座る。

 

リボーン達はまだ言い合っているのだろうか、あれから数分経つのにまだ姿を現さない。

 

 

 

「下で恭弥達に会いまして。少し出歯亀をさせて貰いに来ました」

「え?ああうん、それは全然構わないんだけど。怪我の方は大丈夫なの?」

 

 

 

休んでいても良かったのに、と物凄く心配そうに聞かれて思わず苦笑が浮かんだ。

ボスのこの気持ちは本物だから。本当に、心底私を心配してくれていると分かるから。

この辺りはハルに似てるかも、と思いつつ―――少し前の再検査の話をして異常が無いことを伝える。

 

最初は浮かない表情で話を聞いていたボスだったが、最新機器のことに話が及ぶと漸く安心したように口元を綻ばせた。

無論あのDr.シャマルが再検査を担当し最終的にOKを出したのだから、大丈夫じゃないわけがない。

 

 

(に、してもこの変わりよう。あの機械ってやっぱり結構性能良いのね)

 

 

とその時、あの二人が部屋に入って来た。最上階で放置してから既に十分は経過している。

好戦的な彼等のことだ。一戦交えでもしていたのだろうか―――全く呑気なことで。

 

先程の殺気はもう見る影も無かったが、一瞬恭弥に何か意味深な視線を向けられたような・・・・いや、気の所為か?

このメンバーだし、下手に突いて追い込まれるのは嫌だったので黙っておく。

 

 

―――それが賢明だったと知るのはもっとずっと後のこと。

 

 

早くリボーンの報告を聞いて今後の方針を立てたかった私は、深く考えずその場を流した。

 

 

 

「私の事は透明人間だと思ってお気になさらず、どうぞ」

「と、透明・・・・・。まあ、時間も無いしね。頼むよリボーン」

 

 

 

流された側のことなど、気にも留めずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リボーンの報告は随分と長かった。

既に伝わっているだろう情報も含め、一から全てを説明するものだったらしい。

初めの数十分は私達が身を以って体験したことの概要的なものだったので、口を挟まず聞くだけに徹する。

 

少年にしては低い声で、何の感情もなく淡々と続けられる報告。

 

事実を事実として再認識させられるそれは、頭の中を整理するのに丁度良かった。

リボーンが苦手だとか、ボスを騙すとか。そんなこともすっかり忘れて、私は思考の海に沈んでいく。

 

 

 

爆発の前後に降りてきた人間は居ない―――しかしそれは私が襲撃者達を殺したからで。

本来なら爆発前に切り上げ、降りる手筈になっていたのだろうと、思った。今もそう思っている。

 

・・・・・だがあれだけ大掛かりな計画を練っておいて、余りにも行き当たりばったりな気がしなくもない。

 

下っ端とはいえ仮にもマフィア。勿論武装している。抵抗されることは火を見るより明らかだ。

私が爆弾に気付いた時は残り時間十五分。会場に駆けつけた時には更に数分減っていた。

 

なのにまだ中では戦闘が続いており、動ける人間は多少残っていた―――――

 

 

(それは、計算外・・・・なのか。或いは)

 

 

パーティー参加者を行動不能にした理由は一体何だ?電波妨害していたなら閉じ込めるだけで構わなかったのでは・・・?

いやそうなると閉じ込められていることに気付かれてしまったら、扉を破るなりされてしまうか。

 

確実に誰一人も逃さず殺したかったのであれば、やはり襲撃は必要、・・・・か。注目を集めることも出来るし。

 

 

(んー、でもやっぱり何か引っ掛かるのよね・・・・)

 

 

襲撃を終えて逃げるにしても下に降りるしかない。ホテルの人間に顔を見られる危険を冒すか、普通?

それにどうも時間に余裕がなさ過ぎる。綿密な計画に反して時間配分及び逃亡経路がお粗末だ。

 

 

まるで―――最初から逃げ出すつもりなどなかったみたいに。

 

 

 

「で、ここからが今朝入った情報だ。今情報部が確認を急いでいるが―――」

 

 

 

気付かぬうちにかなり自分の世界にのめり込んでいた私は、『情報部』という単語に我に返った。

反応したことを悟られないようにそっと聞き耳を立てる。新しい情報とは、私が知らないことだろうか。

 

次第に緊迫した空気が流れ始める中、リボーンは厳しい表情でそれを告げた。

 

 

 

「例のセキュリティ部門の、取引相手が判明したらしい」

 

 

え?

 

 

「・・・・・っ!それは・・・・」

「へぇ?もう分かったんだ。随分早いね」

 

 

(取引相手・・・例の、セキュリティ部門?ってまさか、ハッカーのことじゃ・・・)

 

 

「ああ。しかもそいつらの所属は」

 

 

 

まさか、そんな。

 

 

 

 

「“ボンゴレファミリー情報部”、だそうだ」

 

 

 

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