ボンゴレ内のどの部署でも穏健派と過激派は存在する。勿論情報部も例外ではない。

しかし比較的―――穏健派が多い、というのがもっぱらの噂で。

 

だからこそ彼は彼女を其処に配属させたのだ。一番安全だと、思ったからこそ。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

ハッカーから情報を得ようとしていたのが、ボンゴレ情報部の人間だった――――

 

予想の斜め右上辺りを突かれたように感じた。思わず小さく声を上げて少年の方を見る。

 

 

 

「・・・・随分と躾がなってないみたいだね」

「それは・・・確かなの?リボーン」

「現在鋭意確認中、だと。そもそもこの報告を上げてきたのは情報部だからな」

 

 

 

ボス達三人が交わす会話を聞き流しながら、私は必死で考えていた。ハッカーと会ったあの時の事を。

当然のように部屋に入った私を呆然と見詰める男達。あれが情報部の人間だったという。

 

私がボンゴレに入ったのはほんの少し前で、しかも地位は相当低い。

情報屋『Xi』、そして恭弥の幼馴染という立場からボス達とは良く会っていたが、他の者達との接触は少なかった。

 

だから標的と共にあの小部屋に居た連中の顔を知らなかったのは、確かに仕方がないと思う。

 

 

 

 

情報部情報処理部門に存在する九つの班、九人の班長。他の部門にも幾つかの班があり、その分また班長が居る。

部門は扱う分野によってまた幾つかにグループ分けされ、それぞれを“部長”が統括している。

最も、ボンゴレに関る重要な情報を扱っているのはその中のほんの一握りに過ぎないが―――――

 

つまるところ、情報部といっても凄まじく広いのである。イタリア随一と言われるボンゴレなら尚更のこと。

 

 

私が正確に知っているのは情報処理部門内部のみ。他所属の人間を判別できる程の情報は得ていない。

 

 

 

「元々、情報部がそいつらを別件でマークしてたらしい。行動を逐一監視していた者が送ってきた映像に

標的らしき男と別室に入っていく様子が写されていた・・・・ま、接触してたのは間違いねぇだろう」

「そう・・・。・・・・・・彼らは、その情報が一体何なのか知ってたのかな」

「・・・・・さあな」

 

 

 

ハッカーからの情報によれば、情報部は『盗まれた情報が何なのかを知っていた』筈。

そしてそれは情報部のスキャンダルである、と。そうはっきりと言い切っていた。嘘ではないだろう。

 

 

(洩れてはまずい情報だから、誰よりも先に回収しようとした・・・・・?)

 

 

いや、だとしたらパーティー襲撃の犯人は情報部ではない、ということにならないだろうか。

 

あのまま爆破してしまえば、データ諸共吹き飛んでしまう。――――取引に来た人間ごと。

それに確実に情報の漏洩を防ごうとするなら、盗んだ張本人のハッカーを生かしておくべきではない。

 

ああもしくは取引に応じる振りをしておいて、データの内容を確認してから殺す気だったとか?

 

 

(まがりなりにも超天才ハッカーが、その程度のことを予想出来ない訳もないけど)

 

 

保険くらいはある程度掛けるでしょうし、ね。

 

 

 

 

 

何はともあれ、ボンゴレ情報部が取引相手だったなんて事実が分かった以上、私も考えを大幅に変えなくてはならなかった。

それでもまだボンゴレ情報部犯人説を続けるとするなら、調べるべき点がひとつ。

 

―――――その取引相手が“何を”“どこまで”知っていたか、だ。

 

 

 

「何の情報か知らなくても、アレが引き出したものなら欲しがる人間は幾らでもいるよ」

「それは確かに。・・・・彼、だからね」

「面倒なことになって来やがった―――おい、!」

 

 

「っぁ、はい何ですか?」

 

 

 

三人を完全に無視する形でまたもや思考の海にどっぷり浸かった私は、いきなり掛けられた声に驚いた。

慌てて見やるとリボーンが難しい顔でこちらに目を向けている。一体何なんだ。

 

 

 

「お前標的の取引相手、見たか?」

「・・・・ええ、見ました。多少煙で見辛かったですが」

「煙?」

「いえこっちの話です」

 

 

 

ハッカーの事でボロを出さないようにと注意して、出来るだけ落ち着いた表情と声を作って応える。

少年の癖にやけに鋭い眼光は、何の言い逃れも赦さないと言いたげに私を捉えた。

 

・・・・半分以上は私の思い込みだと、本当は分かっていたけれど。

 

 

ただその後に続けられた言葉に、一瞬全身の血が逆流するような、強い強い衝動を覚えた。

 

 

 

「そいつらの顔を思い出せるか?資料があれば、それと照合出来るか?」

「―――あの、リボーンさん」

「あ?」

 

 

 

「誰に向かって、言ってるんですか?」

 

 

それ、はっきり言って情報屋『Xi』への侮辱なんですけど―――――

 

 

 

勿論言葉にはしなかったが、読心術さえ心得ている少年には正しく伝わったようだ。

彼は一度だけ目を見開いて・・・・ふっ、と面白がるように笑う。どうやら怒ってはいないらしかった。

 

状況が更に理解不能になった事への苛立ちが八つ当たりとなって現れたのだろうが、これだけは譲りたくない。

 

とにかく見縊られては困るのだ。怪我が何だ、疲れが何だ、私は庇護されるような対象じゃない。

 

 

(そして彼女も。そんな時期はとうに終わっている・・・・!)

 

 

 

「資料をお持ち頂けるのでしたら、ええ今すぐにでも」

「わ、さん落ち着いて!昨日の今日でそんなこと」

「関係ありません。・・・・それよりボス、ご存知ですか?」

「え。な、なに?」

 

 

(それがどうして、このひとには分からないのだろう?・・・・分かりたく、ないのだろうか?)

 

 

「―――――私。これでも結構、怒ってるんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハルが緊急招集をかけられた会議室へ足を踏み入れると、そこは余りにも悲しい空気に包まれていた。

あちこちで大の大人が脇目も振らず泣いている。出来得ることなら、自分もきっとそうしたかったと思う。

 

涙は流した。もう充分なほど。これ以上はただ自分への哀れみにしかならないと、心の中で冷静に呟く声がする。

 

 

 

『―――――、――いて――――班長はそれを速やかに提出し―――』

 

 

 

以前部下として共に過ごしていた五班の班長もそこに居た。青褪めた顔をしているものの、悲壮感はない。

ここにも死んだ者と死ななかった者が居る・・・・・。彼等の間にどんな差があったというのだろうか。

 

 

(・・・・そもそも、どうして全員殺す必要があったんでしょう)

 

 

もし、の言う通りボンゴレ情報部が犯人だったとして、それがハッカーを殺す為のものであったとするなら。

彼だけを狙い、彼だけを殺せば良かった筈。その他大勢の、しかも同盟ファミリーまで巻き込んだのは何故?

 

経験の少ない自分でもその異常さだけはなんとなく分かっていた。・・・・でも幾ら考えても、答えは出ない。

謎解きは出来ないかもしれないけど、彼女の為に少しでも情報を集めることなら、多分大丈夫。

 

 

(今、喜んでいる人間が確実にどこかに居るんです。そんなの―――許しません)

 

 

配られた紙に、三名の部下が犠牲になったこと、それに至る経緯を記入しながらハルはそっと唇を噛み締めた。

 

 

(仲間を失ったのは、ハル達だけじゃ、ない)

 

 

 

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