私は、かつてない程に怒っていた。
この事件を引き起こした誰かに対して。引き金になったハッカーの行為に対して。
そして―――未だに何ひとつ理解出来ていない自分に対して。
灰色の夢
ボンゴレ・ファミリーが怪しいと、私はボスに言った。飽く迄可能性の話であると散々強調した上で。
―――――それでも。
ボンゴレ情報部が怪しいとは、多分これからも、事件が解決するその時まで告げることはないだろう。
彼らの目がボンゴレから逸れ、第三者への疑いが強まったとしても、私は何も告げない。
それが結果的にファミリーへの不利益に繋がったとしても、私は何も告げない。
勝利を手にするのは、他でもない“彼女”でなければならないからだ。
(ボスを差し置いた状態でハルがのし上がるには、それなりの実績が必要、だから)
「時間が惜しいです。ですからその資料とやら、今直ぐ持ってきて頂けますか」
「え、それは・・・・」
「ああ、それとも無理なんですか?なら諦めますけど」
「・・・・・情報部が今確認作業で使用してるぞ」
情報部。情報部。情報部。今はその名を聞いただけで腹が立つ。
リボーンからの侮辱とも取れる言葉で、押し込めていた筈の私の怒りに火が付いてしまった。
だから私は取り繕うことも、彼らが上司であることも忘れ、刺々しい口調で言い放った。
「じゃあボスの権限でそれ借りてきて下さい。確認なら私の方が確実に早いです」
「いやあの、さん?!」
「、君何言って」
強気を装うことは今まで何度もあった。だが、今は違う。
私は本気で、高圧的に彼らに――いや、ボスに迫った。武器を出すのは意味が無いと知っていたからしなかった。
「出来るんですか、出来ないんですか。お忙しいなら一筆書いて下さるだけで結構ですよ」
「・・・・・あ――っと、どうしちゃったのさん・・・・・」
「どうもしないです。ただ少し、怒りが収まらないだけで」
ボスは迫る私から逃げるように両手を前に出し身を退く。そこで私は傍観している少年へと矛先を変えた。
ぐるりと首を回してリボーンを見据える。心なしか戸惑ったような表情が窺えた。
今なら、そう今ならかの死神、ボンゴレ随一の天才殺し屋にさえ勝てるような気がする。
「勿論、最初に言い出した方が用意して下さっても全然構わないんですけど?」
「・・・・・・・・・・・・お前な・・・」
「『Xi』の情報が情報部の出す結論より信用出来ないと仰るなら、話は別ですが」
皮肉のひとつやふたつは飛んでくるかと思ったのに、咄嗟に返す言葉が見つからないようだった。
そして多少怯んだ彼らに乗じて、恭弥にも―――と近くに佇む幼馴染に目を向けたのだが。
目が合ったその瞬間、何故かすっと頭が冷えた。
今度は私が二の句を告げられず、黙り込む羽目になってしまう。
激情のままにソファから立ち上がっていたことに漸く気付いて、私は多少の気恥ずかしさを覚えた。
「―――いえ、すみません。やっぱり後でいいです」
「、さ」
「資料が手に入ったらまた連絡ください。今日の所は、これで失礼致します」
そう言い捨てて扉へ向かっても、誰も何も言わなかった。名を呼びかけたボスでさえ言葉を止めた位だ。
それ程私の暴走ぶりが異常だったということだろうか。それとも、同情されたのだろうか。
―――仲間を失ったというその事実は、確かに私を苦しめていたけれど。
(そうじゃない。そういうことじゃ、ない)
扉を開ける前にまた一礼して、そのまま執務室を後にした。
「さん・・・相当参ってる、よね」
「単にイラついてるようにしか見えないけど」
「犯人に、か?」
「・・・・・・・・・・」
この状況全てにだろう、と雲雀は思った。
幼馴染が消えていった扉をじっと見詰めながら肩を竦める。情緒不安定なのは間違いないだろうが―――
「なあ、リボーン」
「・・・・・何だ」
「彼女は・・・ボンゴレが怪しいって思ってるみたいなんだ。どう思う?」
「それは会場を爆破した犯人が、っつー意味か?」
「そう。証拠は殆ど何も無いけど、筋は通ってたよ」
ボンゴレに帰還したとき、はそう言った。飽く迄可能性の話だと何度も強調した上で。
綱吉はその経緯をその時は居なかったリボーンに説明し始めている。携帯電話、爆弾、その他諸々のことを。
「何のデータが盗まれたか分かってないけど―――だからこそ、って考えることも出来ると思う。
何も分からないから、後ろ暗い連中が念の為に“彼”ごとデータを消した、とか」
「いや、それにしちゃリスクがでか過ぎる。データと数人の為だけに会場全体を爆破するか?」
「取引してる人間だけを狙った方が、失敗は少ないね。やってることは大規模だし」
「―――だとしたらやはり第三者で、どこかの組織か・・・・」
“これは飽く迄可能性の話。”
そう何度も繰り返したの言葉が、妙に引っ掛かる――――
目が合った瞬間に、心を見透かされたように感じた・・・・・というより、鏡を覗き込んだ気分だった。
自分が苛立って周囲に八つ当たりするその姿そのものを目の当たりに、して。私は少し自己嫌悪を覚えた。
胸の内はまだ荒んでいるものの、冷静さはほぼ取り戻している。
私はとにかく、ハルに逢いたかった。彼女の淹れる紅茶が飲みたかった。
そろそろ緊急招集も一段落ついているだろうか、とそう思って、情報処理部門第九班の部屋へと足を進める。
(・・・・・・あ、)
扉の前まで来ると、中に慣れた気配を感じて私はひとつ安堵の溜息を吐いた。
だが深呼吸して、ノックをして。帰ってきた応えが―――――今にも泣きそうな声だったことに驚く。
私は慌てて扉を開けて中へ入り、ハル、と呼びかけようとして呼吸を止めた。
部屋の中央で立ち竦み、蒼白になって震えている彼女の姿を見つけたからである。
「ぁ、あの、さん・・・・・ハル、あの、どうすればいいのか分からなくて・・・・」
「ど―――どうし、ちょっと、一体何が・・・」
「・・・・い、きて・・・・生きて、たんです」
「え?」
「部長が―――部長が、・・・・生きてたんです・・・・!」
ハッカーの取引相手は情報部の人間だった。
アレッシアは殺されたのに、何故か部長は生きているという。
これらは一体、何を意味しているのだろうか。