偶然と必然。何が正しくて、何が間違っているのか。
彼があの場所で果たした役割とは、一体―――?
灰色の夢
出会い頭に、いきなり冷水を浴びせ掛けられたような気分だった。
「・・・・・・部、長?」
「は、い。ハル達の・・・所属部署の、部長です。緊急会議の最後に・・・見かけて、それで・・・」
「ちょっ・・・と、待って。それは・・・どういう・・・」
流石の私でも一瞬取り乱し我を忘れてしまっていた。突然入ってきた情報に頭がついていかなかったのである。
確かに彼は情報部所属だし、過激派寄りだが・・・・・あの何をするにも嫌味なくらい慎重な、あの部長が?
(パーティー会場から無事に出られた、なんて)
まさか―――。
と、そこまで思ったところで私は慌てて思考を止めた。いけない、何を短絡的に結論付けているんだ。
彼が生きてあの会場から出た、ただそれだけでいきなり犯人だの何だのと決めつけるなど愚の骨頂である。
怒りと焦りは人の思考を単純化させる。・・・・今、こんなところで間違うわけにはいかなかった。
「とにかくハル、落ち着いて、その緊急会議のこと話してくれる?」
「・・・・っ、わ、わかり、ました・・・。ごめんなさい、ハルが混乱してる場合じゃないですよね」
それからぽつぽつと続けられたハルの話は、ごくごく単純なものだった。
班長ばかりが集められた会議室。事件現場は死体の判別も出来ないほど木っ端微塵に爆破されていたので
その為の最終的な被害確認をするという。事実、ハルの他にも「体調不良」等の理由で欠席したものも居たらしい。
配布された資料に己の班の被害を書き込み、上の者に提出・・・・・・・となったところで出てきたのが、あの部長。
あまりにも大きい組織故に情報部内にも数人“部長”は存在するが、今回は彼がこの事件の担当になったそうで。
「でも、そんなのっ変じゃないですか!あのひとが生きてるのなら、どうして・・・・!」
悲鳴を上げてしまいそうだった、とハルは言う。何故生きているのかと。だったら何故彼女だけが死んだのかと。
私はその悲鳴に応える術を持たなかった。確実な事など、なにひとつ得てはいなかったのだから。
パーティー会場に居た筈の部長が、何事も無かったかのように生きていること。
実を言えば―――余りにも予想外、というわけではなかった。ハルよりは幾分冷静に受け止めることが出来たと思う。
特にそうだと意識はしていなかったものの、微かにその可能性は頭のどこかにあったように感じていた。
少し興奮状態に陥っている彼女の背中を宥めるように優しく叩きながら、私は素早く思考を巡らせる。
数ヶ月前からハルにとって直属の上司となり、彼女を東洋系だからと事あるごとに見下していた男。
今回、人数合わせの為にハルをこの下らないパーティーへと送り込み、自身もまた会場に姿を現した。
管理職という彼の立場からして、それは特に出る必要もない、取るに足らないものだったはず。
部長が来るなんて聞いていない、とハルは言った。だとすれば彼の存在もまたイレギュラー。
そして何か目的があるのかと不審に思った私が、三人に注意を促した所為で――――
アレッシアは彼を追いかけ、その結果、何者かに殺された。
階下に敵、つまり会場爆破を計画した誰かが待ち伏せていたのだろうというのは理解出来る。
ならば何故、部長が生きているのか?何故、アレッシアだけが殺されたのか?
会場に居た全ての人間を殺そうという計画なら、部長はあのビルで死んでいなければならない。
―――そうして考え得る答えは、少し洞察しただけでも幾つか見つかった。
まずは、部長が犯人の一味である場合。
これが一番単純で、最も説得力のある答え。下に敵が待ち構えていたとしても彼が敵の一部ならば殺されない。
部長は生き残り、アレッシアだけが殺されたというのも何ら矛盾は起こらない。
二つ目、犯人達にとって部長の存在がイレギュラーであり、手を出せなかったという場合。
幾つかの部門を統括出来るその地位は、対内的、対外的にも低くはない。
下っ端が集まるこのパーティーを選んだのだから、その地位によって見逃した可能性も無いわけじゃない。
ただ・・・こんな事件があった後で、犯人達と何ら関わりがないのなら直ぐさまボスに報告があってもいいはず。
しかしそれがない。会場に居た素振りさえも見せない。隠している。何故?
(犯人を庇っている、というのがひとつ)
両者の間に何らかの利害関係が存在し、互いが互いの望みを叶える事でどちらも得をするのかもしれない。
そしてもうひとつ。・・・・もし、報告“しない”のではなく、“出来ない”のだとしたら?
報告することによって、彼自身に火の粉が飛ぶ恐れがあるなら。藪蛇とばかりに口を噤んでいるのなら。
「どちらにしろ、何かしらの情報は持っていそうだけど――」
「ツナさ・・・いえ、ボスに報告、しますか?」
「無理よ。部長があの場所に居たなんて私達には証明できない」
「・・・ですよね。そんなこと部長に聞かれたら、ハル達逆に訴えられちゃいますよね」
「地位の差だけはどうにもできないし、仕方ないわよねえ」
ハルは、私に向かって思いを吐き出したことで多少すっきりしたらしく、笑う余裕を取り戻していた。
無理もない―――こんなことは、他の誰にも聞かれていい話じゃない。溜め込んでしまったのだろう。
それでも短時間で調子を取り戻してしまうあたり、もう“慣れた”ということだろうか?……悲しいことに。
彼女が安心出来るような気の利いた言葉が見つからない事に、情けなさを覚えるしかない、自分。
「あっ、そういえばさん今まで何処に行ってたんですか?ここに来るの、随分遅いような・・・」
「・・・・・恭弥とリボーンさんに捕獲されて執務室に出歯亀しに行ってたの」
「でば・・・・って、はひ―?!だ、大丈夫なんですか?苛められませんでしたか!?」
「苛められはしなかったけど馬鹿にされた。だからちょっと怒ってきただけ」
「ちょ、そんなさんっ!」
表面上だけでも復活したハルが淹れてくれた紅茶を飲みながら、延々と愚痴を零すこと30分。
喋っていれば幾分気が紛れるのか、彼女は根気よくそれに付き合ってくれていた。
全く―――あの悲惨な事件からまだ少ししか経ってないのに、新たな疑問ばかりが湧いてくる。
ボンゴレ情報部が犯人だと思えば思うほど、訳の分からない底なし沼に沈んでいくような気分だった。
(今日はもう、これ以上ここで得られるものは無さそう、ね)
だとしたら、行くべき所はひとつだった。きっちり約束もしていたし。
「ねえ、ハル。物は相談なんだけど」
「何ですか?」
「私達、事件のショックと体調不良で今日は早退、ってことに出来ない?」
「え?・・・と・・はい、大丈夫だと思います。こんな状態で仕事なんて誰も出来ませんし」
何かご用事でもあるんですか、と首を傾げるハル。すっかり“彼”のことを忘れているらしい。
私はにっこりと、“彼”にとっては嫌な含みをたっぷりと持たせて、宣言した。
「今から早退して、ハッカーの所に行こうと思って。で、ハルに付き合って欲しいの」
次は向こうから、引き摺り出す。