何でも良いから――――情報が欲しかった。

 

私達の地盤を、固める為に。

 

 

灰色の夢

 

 

シャマルの所とはうって変わって、きちんと整頓された小奇麗な部屋。

白いベッドに、白いシーツ。その上にはこれまた白い包帯でぐるぐる巻きにされた男が横たわっていた。

 

 

(やっぱりこいつも火傷してたのか・・・・)

 

 

あの至近距離に居て火傷は私だけ、という筈もなかった。腕が折れている分、私より重症だと言える。

 

部屋にはその男と私の二人しか居ない。扉を閉めた小さな空間で、私はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「それで、気分はどう?」

「――――・・・・・良くは、ないな」

「・・・・・でしょうね」

 

 

 

疲労を理由に早退した私達は、かなり遠回りをしてからその場所へと向かった。

地下道の一角にある診療所。そう、少し前に怪我をしたハッカーを置き去りにした所である。

元々狭い診療所なので病室も然程広くはない。ベッドの他には小さな椅子、そして机があるだけ。

 

一緒に来たハルは、“狭いだろうから外で待つ”と言って今は数少ない女性スタッフと話し込んでいた。

 

 

 

「何か不便なことはある?動かない体以外で」

「いや、特には。・・・・ん、まあ、強いて言うなら―――」

 

 

 

私は彼の枕元に近寄り、近くの椅子を引き寄せて腰を下ろした。身体を起こそうとするのを手伝ってやる。

この診療所は立地条件が悪く規模は小さい癖に、設備は良い。ベッドも電動式で楽だった。

 

 

 

「―――医者が超不気味だってことくらいか・・・?」

「確かに変人だけどね。あの人、ああ見えても立派な精神科医なんだから」

「っ精神科かよ!」

「正式に資格持ってるのはそれだけ。後は独学だそうよ」

「・・・・・・・・・・」

 

 

 

それでも腕は確かなのだから、仕方がない。マフィアや表社会に関らない医者といえばここしか知らなかった。

今まで生き抜いてこれたのもここがあったからだ。グレーゾーンの人間にとってはなくてはならない場所である。

 

思いっ切り微妙な顔で黙り込むハッカーを放置して、私は胸ポケットからあるものを取り出した。

 

それと同時に、持ってきていたノートパソコンも机に広げ、電源を入れる。

 

 

 

「おいお前、それは・・・・」

「そう、貴方が寄越したメモリースティック。壊れてなくて良かったわ」

 

 

 

はっと驚いた様子で息を呑むハッカーを横目で見ながら、それをパソコンに差し込む。

暫くの後、電子音が響いて―――画面に現れたアイコンをダブルクリック。

 

そうしてから、私は身体を起こしたハッカーの方へと全開の笑顔で振り返った。

 

 

 

「―――――さあ吐け!」

「ぬあっ?!・・・・っいきなりそれかよ!」

「何がいきなりだっつの。道理であっさり渡すと思った・・・プロテクトウィルス仕掛けてたとはね」

「い、いいいや、それはただの保険でだな、」

「解除に一度でも失敗したらデータ消失するプログラムが保険?はっ、随分物騒だこと」

 

 

 

今朝ハルと別れ、武器を補充に家に帰ったついでに私は中身を確認しようとした。

ボンゴレに行くまでに少しでも情報を得たいと思ったから。取引材料が何かをまず知りたかったから。

 

―――しかし、蓋を開けてみれば強固なプロテクトが掛かって閲覧不可能な状態で。

 

情報屋を長く務めている分、やって出来ないことはなかったのだが・・・・唯一の手掛かりである。

 

 

万が一の可能性を無視することは出来なかった。そこまでの自信は無かったからだ。

 

 

 

「協力するって、約束したでしょう?―――いいからさっさと解除しなさい」

「・・・・・・分かったよ。ほら、貸せ」

「あら、片手で出来るの?」

「解除コードは取引成立後に伝える予定だったからな。一般人用に簡単にはしてある」

 

 

 

そう言ってパソコンを腿に乗せ何やら真剣な顔で作業を始めたハッカー。確かにこう見るとプロではある。

 

この男の所為ではない、と―――私はまた自分に言い聞かせる。

この男の所為ではない。全てはそれを計画し、実行した者が・・・・最も責められるべき存在で。

 

 

(ハッカーの行為は、きっかけだったにしろ―――多分、きっかけでしかない)

 

 

三人のこと、部長のこと。取引に応じたという情報部の人間のこと。

色んな情報が混ざり合って頭の中がごちゃごちゃになっていた。ここでひとつ、整理をしたい。

 

 

 

「・・・おい。・・・・えっと・・・、だったか?」

「っ、え・・・もう終わったとか?」

「簡単にしてあるって言っただろう。それに、慣れてる」

 

 

 

少し考え込んでいる内に作業は終わったらしく、彼は罰の悪そうな顔でパソコンを差し出していた。

ずれてはいるが、常識のある人間だと思う。現に・・・あの爆発事件に対して、多少の罪悪感を持っているようだった。

 

だから今は、この人間を責めたりしては、いけない。

 

私は軽く礼を言って受け取り、改めて画面に目を落とす。一体何が書いてあるのだろう。

 

 

(―――数字?・・・というか、表・・・?)

 

 

画面いっぱいに並んだ数字に一瞬眩暈がした。思わず眉間を押さえて目を眇める。

 

 

 

「・・・・なに、これ。これが重要機密、・・・情報部が隠したがってたデータ?」

「ああ、遊びで色々潜ってる内に見つけたんだ。ぱっと見、分からないだろ」

「分かるも何も・・・・」

 

 

 

説明書きが何も無い。ただただ、沢山の表の中に数字が並んでいて。

じっとその並びに目を凝らしていると―――ふと、何か既視感のようなものを覚えた。

 

こんな表を、どこかで見たことはなかったか?ありふれている・・・・こんな形の、こんな並びの・・・・

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・予、算?」

 

 

 

無意識にそんな言葉を零していた。そう、予算。予算表。収支報告。財務内容を取り扱う書類。

 

そんな類のものに、酷く似ている―――

 

 

 

「ビンゴ。流石情報処理部門だな、表の企業の似たようなデータ、扱ってるんだろ?」

「そうだけど・・・だからって、予算表なんか隠してどう・・・・」

「よくある事さ。一般の会社だって脱税の為に裏帳簿とか作ってるしな」

「分かってる。だったら余計、こんなの大した代物じゃないでしょう」

 

 

 

余りにも予想と違いすぎて私は混乱した。もっとこう、漠然とだが、とんでもない情報だと思っていた。

何かボンゴレを根本から覆しかねないような・・・そんな物騒なものかと、勝手に思っていた。

 

それともマフィアではこの程度のものが取引される材料になりえるのだろうか。

 

 

 

「分かりやすく言えば、情報部専門の―――裏金だな」

「だからそれの何処が問題なわけ?今時脱税ごときでそんなに慌てるもの?」

 

「――――問題は、ふたつある。裏金を作っているのが“情報部”であるということと、」

 

 

(・・・・分から、ない)

 

 

「その金額だ」

 

 

 

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