でもそれは、あの惨劇を起こすだけの理由になりえるのだろうか。
そこまでの犠牲とリスクを、支払うべきものだったのか・・・・?
灰色の夢
「情報部―――それは、ボンゴレの中でも特殊な部署だ。扱っているモノがそもそも違うからな」
ハッカーの、淡々とした声が部屋に響く。私は黙ってそれに聞き入っていた。
今まで情報屋として生きてきたものの、それはマフィアとは殆ど関わりのない世界でのこと。
ファミリー独特の内部形式については知識が乏しく、口出し出来る立場になかったからだ。
「特徴として、最も重視すべきなのはその独立性にある。これは機密保持の為のものだが・・・」
真面目な顔で説明する彼は、先程と同様、ちゃんと三十代に見える。年上なのだと実感しなくもない。
(やっぱり能力は、あるのね・・・・・それこそ私よりも)
ボスやシャマルが何とか取り戻そうとしたのも、頷けるような気がした。
情報部は、ボンゴレに関するありとあらゆる情報を扱う部署である。
その性質上、部署同士の繋がりが殆どない。ただただ、求められた情報を提示するだけ。
辛うじて交流があるとすれば、ハッカーの居るセキュリティー部門くらいか。それも余り深い関係ではない。
―――だからこそ情報部での裏金作りには、注意が必要なのだという。
「独立してる分、情報部の監視には特別な方法がとられていて・・・・まあつまりボスの影響が薄いってことだ」
「トップの主任の力が強いということ?」
「主任だけじゃない。その下の連中もそれなりに、だな」
「・・・・それって組織として機能してるわけ?纏まりなさそうなんだけど」
ボスの支配下から、ある意味独立している情報部。監査も入り難い上に―――それぞれの派閥が大きい。
表面上は主任を軸にしてひとつの組織として成り立っているものの、その実、寄せ集めでしかない。
(誰よ、情報部が中立だとか言ったのは)
こうやって内部を良く知るハッカーの話を聞くと、何が安全な場所なものかとつい思ってしまう。
「それで?独立性がある、だけじゃ裏金作っちゃいけない理由にはならないわよ」
「“情報部の裏金”は別にある。ちゃんと、監査の目が入れられるような場所にな」
「・・・・・・・は?どういう、」
「裏金の作成は、マフィアなら当然のことだ。実際確かに上から黙認されてる。だがそれは、ボスからの要求があれば
即座に開示しなければならない。―――勝手に溜め込まれて反乱でも起こされちゃ堪ったもんじゃないからな」
何だその後出しは、と思いつつ私は目を眇めた。『情報部の裏金は、別にある』?
つまり・・・裏金を作るのは構わないが、ボスがそれらの利用内訳を知りたいと思ったなら教えなければならない。
贅沢をしても赦されるが、勝手に武器を買ったり反乱の準備をしたり―――は、出来ないということ?
「このデータは、かなり巧妙に隠されていた。俺でも苦労したぐらいだからな」
「・・・・情報部の隠し予算、ね。その使用目的が上に知られちゃ困るようなことだと思った理由は?」
「その量、だな。あんたには分からないかもしれないが、この金額は異常なんだよ」
「・・・・・・・・・・?」
ハッカーはそう言って、パソコンの画面を指差した。並ぶ数字、裏金、・・・・金額?
「裏金としても異常だし、そもそも出入りが激しすぎる。何かに使ってることは間違いないだろう」
私が日常的に扱うデータは、ボンゴレの表企業としての実績のみ。また、情報屋一本で暮らしていたときにも
その類の書類はあったものの、マフィアとは関係のないただのごろつき企業である。額は少なかった。
だから私にはこの金額が異常だと言われても実感はないし、彼の言うことを信じる外はないのだが。
「でも、ただ散財してるだけかもしれないのに?」
「このデータ。―――あわせて二十年分ある。二十年も、情報部は散財し続けてきたのか?」
「・・・・・まあ、慌ててたってことは・・・・・不味い代物だったんだろうけど」
私は一息吐いて、光る画面から目を逸らした。正直言って、良く分からなかった。
感覚が、違うのだと思う。マフィアという世界では普通のことを、新参者の私は理解できないのだ。
並ぶ数値が異常だと言うのなら、そうなのだろうし、実際情報部が動いた事で重大なものだという証明にはなる。
(それと爆破とを、今関連付けることは出来ないけれど―――)
暫く黙って考え込んだ私の背に、ハッカーの三十路らしい落ち着いた声が降る。
「、いいか。実際目的がそういう関連でなかったとしても、それは多分関係ない」
「・・・・・・・?言ってる意味が分からない」
「疑惑だけで、充分なんだよ。そういうことを画策してるかもしれないって疑惑だけで」
「そんなの、言い逃れは出来るでしょう」
「蹴落とすには疑惑で足りる。証拠はなくても、言い訳出来るような金額じゃあないしな」
「・・・・・蹴落とす、って」
そこではっとある可能性に気付いた。そうだ、この裏金工作が何も情報部全体でやってるわけじゃないとしたら?
上の一部で行なわれていることだとすれば。いや、多分そうに違いない。寄せ集めの集団だから。
ならば―――その疑惑を以って、相手を蹴落とすことは可能。マフィアは信用を何よりも大事にする。
(・・・・それなら情報部が取引相手だったってことも、一応説明は出来る・・・・)
「結構高値がついたからな。それで脅すより―――多分情報部に売るつもりだったんだろ」
「え?何で情報部が情報部に売るわけ?」
「はあ?何でそこで情報部が出て来るんだよ」
「いや、そっちこそ何で出てこないのよ。取引相手はボンゴレ情報部でしょう?」
間。
「―――って何言ってんだお前?!んなわけないだろう!!」
「情報部の調査で“取引相手はボンゴレ情報部所属だった”ってボスに報告があったのに?」
「いやいや待て待て。俺が取引したのはパーティー参加ファミリーの人間・・・・・」
「・・・・・・・・・・・。本当に?」
全く、話が繋がりけた途端にこれだ。一体何の呪いだ?取引相手に関する情報が食い違うなんて。
ハッカーが取引したのは相手ファミリーの人間だという。だが、情報部が揚げたのは情報部所属の人間。
どちらかが嘘を?否、ハッカーは本当にそう信じている。こんな状況で嘘を吐けるような人間ではないと思う。
彼が騙されていたのか、それとも―――情報部が嘘を言っているのか。今は判断がつかない。
「やっぱりボスに資料を貰う必要がありそうね・・・」
私は、顔を見ている。だからその容疑者の資料を貰えればどちらが真実なのかわかる筈だ。
ひとつも確定した情報がないのは、こんなにも辛い。この裏金のことだって、どこまで本当なものか。
「つーかお前、スパイか何かか?情報処理部門とかって嘘だろ?」
「・・・・所属は本当よ。ただ、別の肩書きがあるだけ」
「へえ、どんな?」
「情報屋『Xi』。―――ところで、あなたの名前は?」