分かっていること、分からないこと。

 

それが真実か否かは―――後回しで構わないから。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

「情報屋『Xi』・・・?聞いたこともないな」

「マフィア相手に商売やってた訳じゃないからね。・・・まあ、例外は居たけど」

 

 

 

喋らないと言いながら、デザート二つであっさりハルに情報を流しやがった金髪ボスの事を思い浮かべつつ。

私は改めてこの童顔天才ハッカーに視線を向けた。彼は顎に折れていない方の手を当てて何か考え込んでいる。

 

 

 

「それで、質問に答える気はないの?」

「うっ・・・な、今まで散々好き勝手に呼んどいて、・・・今更だろ」

「だってボスがくれた資料には書いてなかったのよ。名前も血液型も―――身体的なデータは何も」

 

 

 

10枚にも亘る資料に書かれていたのは、事件が起こるまでの経緯と、この男が辿ってきた経歴だった。

私が彼を見つける為に使えたのは写真だけ。そうまでして情報の漏洩を防ごうとしたのか。

 

あまりの有能さ故に―――彼に対するボンゴレの保護が強化され、その束縛が嫌になったとでも?

 

 

 

「いいから名前。これから長い付き合いになるんだから」

「や、そいつは勘弁して貰いたいものだがな・・・・。・・・・・・・・・ジャックス。ジャックス・ハーカー」

「――――――――――」

 

 

 

いかにも嫌そうな顔で面倒臭そうに呟かれた名前。ジャックス・ハーカー。これが、彼の名前。

童顔には微妙に似合わないな・・・等と失礼なことを思いながら、私は暫し口の中でその音を吟味していた。

 

 

(ジャックス・ハーカー。・・・・・ハーカー・・・・ハーカー、さん。ハッカー・・・)

 

 

 

「じゃあもうハッカーさんでいいわね、別に。音似てるし」

「ちょい待てぇっ!お前、だったら名前聞く必要ないだろうが!」

「ハッカーってそんな身分ばらすような呼び名は駄目かと思って。元々がそんな感じなら気にしなくていいし」

「・・・こ、これからもそうやって呼び続けるつもりなのか・・・」

 

 

 

ハルも私も、“ハッカーさん”で統一してしまっている。まあ、慣れてしまったのもあるが。

それに嫌ならそもそも最初にそう呼ばれたときに否定しておけば良かったのだ。違和感無く返事もしてたし。

 

現に、ハッカーはぎゃあぎゃあ喚きながらも死ぬほど嫌というわけでもなさそうだった。

 

周りに影響もない。―――何故ならボンゴレでは彼はもう、死んだことになっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハルに紅茶を差し入れて貰って、私達は一息ついた。

 

 

 

「とにかくまず、整理がしたいわ。予算云々は置いといて」

「・・・・・俺はてっきり、余所に情報が渡るのを畏れた情報部がやったんだと」

「私もそう思ってた。でも、多分違う。データは情報部に渡る手筈になってたみたいね」

 

 

 

資料を確認していない以上、確定は出来ない。しかし正式な報告として上がったものだから信憑性は大きい。

私達が主張しているのは、情報部が、爆破事件に深く関わっていること。踏み込んで言えば、犯人であるということ。

 

だがその報告があがったことで、現在ボンゴレ側の見解は―――きっと第三者の方に目が向いているはずだ。

 

 

 

「いや、それはないんじゃないか」

「・・・・どうして?」

「第三者がボンゴレに打撃を与える為にやったんだとしたら、お粗末過ぎるだろ。言っちゃあ悪いがあのパーティー

下っ端も下っ端、幾らでも代わりが居る連中の集まりだ。何人殺したところで――・・・・っ、・・・・いや、悪い」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

その通りだと、思った。幹部以上は出たりしないという親睦パーティー。それに出席しているのは雑魚も雑魚。

ボンゴレの運営にはさしたるダメージもなく、リスクに対して得られるものが何もない。

 

皆殺しという点で、個人に対する怨恨の線はほぼ消える。他には力のあるファミリーが行なう警告とか――――

 

 

 

「今最盛期のボンゴレに対してそういう遊びが出来るファミリーは・・・・今のところ、思い当たらないな」

「身の程を知らない馬鹿はどこにでもいるけどね。でも―――そうなると、結局第三者って線は薄くなる?」

 

 

 

決して消えるわけじゃない。マフィアも何も関係ない、ただの愉悦犯の犯行である可能性もある。

でもそれは―――私達が考えることじゃない。情報部が犯人だという前提で、これからも動いていくのだから。

 

 

 

「じゃあ、取引相手が情報部所属の人間だったとして。もし情報部が犯人であるなら、その犯行理由は?」

「単純に考えるなら・・・・元々の派閥が違う、ってのが分かりやすいと思う」

「情報を手に入れようとした派閥と、情報を盗まれて証拠隠滅を図ろうとした派閥に分かれる、か」

 

 

 

私とハッカーは対話という形を取って、それぞれの持つ情報を整理しようとしていた。

三十路で童顔でも天才ハッカーだけあって頭の回転は恐ろしく速い。会話は一度も途切れることなく先へと進む。

 

取引に来た人間はその情報を以って情報部の誰かを蹴落とそうとした。もしくは情報を売って、金を得ようとした。

 

それを阻止しようとした別の人間が会場ごとデータを破壊して―――事なきを得ようと、した?

 

 

 

「だったら貴方だけを狙えばいいと思わない?その方が人数は少ないし、リスクは格段に低くなる」

「・・・まあ、そうだよな。取引相手を合わせても数人、会場はその数十倍・・・・」

「そうしなかったのは、やっぱり・・・したくても出来なかったから?」

「出来ない理由、ねえ・・・」

 

 

 

会話のようでいて、それは会話ではない。私は私の中で、彼は彼の中で己の思考を纏めていた。

 

リスクを犯さなければならない理由。彼らだけを殺すわけにはいかなかった理由。・・・彼らだけを殺した場合、どうなる?

情報部を犯人だと考えるなら、爆破した理由は、取引を中止させデータを破壊すること。

 

 

もしハッカー達だけを殺したのなら、―――その『取引』自体が目立つことにならないか?

 

 

 

「ボンゴレの疑いが、・・・・ボンゴレそのものに掛かる?もしくは情報部に、」

 

 

 

確か、ボス達は何の情報が盗まれたのかは分からないと言っていた。その状態で『取引』に注目が集まったら。

情報の存在自体を知られたくない連中にとっては、非常に不味いことになりはしないだろうか。

 

疑いが向くことを恐れて―――下っ端のいつ死んでもいいような人間達を犠牲にして、誤魔化したのではないか。

 

奇しくもそれは、八つ当たりをして出て行った後の恭弥達が考え付いた答えとほぼ同じものだった。

ただし、辿った道筋は逆。彼らは情報部という疑惑の存在を知らないので、今も詰まったまま。

 

 

 

―――そんなこと、今の私には知る由も無かったけれど。

 

 

 

「ああ、確かに悪くはない。まだまだ説得力は弱いがな」

「一応この線で考えてみるわ。とにかく、まずはその取引相手を確認しないと」

「・・・・・・・・・・・なあ、

「え?」

 

 

 

まずはひとつ。これから崩れてしまうかもしれないけれど、推論は立てられた。

次は予算か部長か―――と意識を切り替えようとした時に、呼びかけられて私は驚く。

 

その声が余りにも、昏い、翳りを帯びた音だったから。その顔一杯に、苦しそうな表情を浮かべていたから。

 

 

 

「ど・・・・う、したの?痛み止めでも切れた?」

「―――すまない」

 

 

 

それは、悲しみでは、なく。

 

ただ。

 

 

 

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