犯人が分かれば、それでいいのか。

 

犯人が断罪されれば、それでいいのか。

 

 

灰色の夢

 

 

 

「いい歳してやせ我慢とか。・・・・いや、いい歳だから、か?」

 

 

 

私は麻酔を打たれてすっかり眠りの世界に落ちてしまった天才ハッカーを見下ろした。

先程まで浮かんでいた苦痛の色もすっかり鳴りを潜め、小さな病室は再び静寂を取り戻している。

 

それは、対話を通して情報部への疑念を整理した、そのすぐ後のこと。

本当に痛み止めが切れていたらしく、会話の途中で彼の言葉が途切れ途切れになって――――

 

 

(調子悪いなら、・・・素直にそう言えばいいのに)

 

 

平然と話していたように見えたのだが――――夢中になりすぎて、大怪我人だという事をつい忘れていた。

自分の考えに夢中になって、気付いてやれなかった。全くいつもの調子が出ない。

 

 

(子供なんだか大人なんだか。訳が分からない)

 

 

穏やかな寝息に安堵しつつ、私は先程までの彼との会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――すまない」

 

 

 

突然の、謝罪だった。どうして等とは問わない。分かりきった事だからだ。

情報部が犯人であると信じている彼は、起こってしまった惨劇に罪悪感を覚えるのだろう。

 

彼が情報を盗み、そしてそれを取引に使おうとしなければ―――会場が爆破される事もなかった。

 

 

 

「ああ、あと助けて貰った礼を言うのを忘れてたな。・・・・助かったよ」

「うわホント今更ね、この童顔」

「童顔言うな。これでも結構気にしてんだぞ」

「っ、私が知るか!」

 

 

 

彼の顔に浮かんだ翳りは、一瞬で掻き消えた。すまない、と、ただその一言を口にしただけで。

暗い雰囲気になったのを払拭するかのように彼は笑う。私は彼の謝罪に対して、やはり言葉を持たなかった。

 

ハルの時といい、このハッカーの時といい。どうして何も―――何ひとつ、出来やしないのか。

 

 

 

「・・・んな顔するなよ。別に責めて欲しくて言ってるわけじゃない」

「あら良かった。それじゃただの変態だものね」

 

「・・・・・・・・・・。・・・・・お前さ、誤魔化すの好きだろ」

 

「―――――――」

 

 

 

大好きですとも。愛してますとも。いつもそうだ、私は物事を真正面から受け止める度胸が足りない。

あの日、人が殺されるのを初めて見たときも。あの日、両親の命が消えていくのをただ見ていたときも。

 

自分で自分を誤魔化して―――結局、何もしなかった。何もしないことで、自分を守ったから。

 

 

 

・・・・こんな風に、何度も昔の記憶が頭を掠める。弱っているのはお互い様なのだと裏付けるように。

ハッカーの静かで落ち着いた視線が痛くなって、私はふと目を逸らした。・・・・これだから三十路は。

 

 

 

「それより貴方、一体どういう心境の変化?」

「はぁ?何の話だ?」

「あの時、ボンゴレに帰る位なら死ぬ、みたいに聞こえたけど。生きる気力でも湧いてきたわけ?」

「・・・ん・・・・いや、な。今でもそれは変わってない。でも」

「でも?」

 

 

 

「                   」

 

 

 

優しく告げられたその言葉は、贖罪のつもりだったのだろうか。

 

それとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はこれまでか、と思いつつ私はパソコンの電源を落とした。

 

データは一度でも開錠されれば後は自由に見れるという。実際見ても、私にはよく分からないのだが。

荷物を整えて、一度だけ眠る童顔男の方へと振り返って。出来るだけ音を立てないよう、部屋を出た。

 

 

(とりあえず分かったのは・・・データの内容と、ハッカーの認識状況・・・)

 

 

あれが公表されれば情報部は大変な事になる―――らしいが、如何せん、まだ実感はない。

予算のことはまた後日、ハッカーに詳しく聞くとして・・・・・・部長の方はどうしようかと悩んでいた。

 

下手に接触して怪しまれても困るし、彼自身関っているのなら近づくのは危険すぎる。

 

もう少し泳がせておいて、ハルから充分に意識がそれた所で、ゆっくりと探るしかなさそうだ。

 

 

 

「よし。・・・・まずは、取引相手の特定ね」

 

 

 

今はそれを最優先事項として、私は動こう。一歩一歩、確実に進んでいく為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいツナ。情報部から新しい報告があがったぞ」

「・・・・・え、何?」

「例の被疑者の――家宅捜索が終わったらしい。いくつか資料として押収出来たと」

 

 

 

執務室には、まだ雲雀達が顔を突き合わせて残っていた。細かい報告が残っていたからである。

そうこうしている内に新たな報告がリボーンの元へと届き、今、その口から語られようとしている。

 

雲雀はソファに腰掛けて手元の資料に目を通しながら、ふと視線を上げて少年の方を見た。

 

 

 

「証拠が挙がった、ってこと?」

「ああ。連中の家から見つかった手帳に、あの取引に関する情報が書かれていたそうだ。今は筆跡鑑定待ちだな」

 

 

 

あの男と取引するその張本人でしか知りえない情報が、そこにはあったという。

もしそれは当人が書いたものであるという証明がなされたら・・・・ほぼ決定と言っていいだろう。

 

少なくとも彼らはもう死んでいるのだから。証言など、見込める筈もない――――

 

 

 

「なら後はが資料を確認すればいい。実に簡単だね」

「すんなり分かって良かったよ。・・・とはいえ、一番大きな問題は残ってるけど」

「爆破犯か。時間は掛かるだろうな」

 

「どれだけ掛かっても見つけるさ。―――二人の為にも」

 

 

 

今、彼女は何をしているだろう。三浦と一緒に既に早退してボンゴレには居ないらしい。

このまま事態が解決するのを待っているほど、大人しい性格ではないだろうが。

 

情報をどこからも得られない以上、動くことは出来ない筈。暴走する危険は、ない・・・・か?

 

 

 

「雲雀さん、悪いけどさんに連絡してくれないかな?資料があるから、いつでも見に来て欲しいって」

「・・・・でもあの剣幕じゃ、直ぐに飛んでくるかもね」

「あーうん、あれはちょっと怖かったかな・・・」

 

 

 

普段の余裕は、どこにも見られなかった。珍しいと、本気で思った。

 

あの三人を失った事が、それほどまでにショックだったのか。それほどまでに。

 

 

 

「馬鹿が。ボスの癖にびびってんじゃねぇよ」

「なっ!リボーンだってちょっと引いてただろ!」

「・・・・・・・・気の所為だ」

「絶対そうだって!」

 

 

 

たった数ヶ月の付き合いだった人間に、どうしてそこまで肩入れ出来るのか。

 

雲雀には、その感情が全く理解できなかった。

 

 

 

←Back  Next→