期待は、していた。不安もあった。それでも出口はまだ見えない。

 

推測はいくつも立つが、立った端から潰されていく。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

自由な時間は私の方が多いから、ハッカーの事は引き受ける。

そう言いつつもハルを此処へ連れてきたのは、彼女にもう一度地下道を見せる為だった。

 

 

(知っておいて欲しい。いつか、必要になる時が来るかもしれないから)

 

 

逃げ道として。近道として。屈強な男共と少しでも渡り合うために、手段は多いほうがいい。

 

 

 

「こっちがボンゴレ。そっちの道は――あのビルがある場所に繋がってる」

「・・・・はひ。地図に起こしちゃ、駄目なんですよね」

「物的証拠は出来る限り少なく、が鉄則よ。私でも完全に覚えるまで数年掛かったから」

「だったらハルじゃ何十年も掛かりますよっ!」

 

 

 

地下には地下のルールがある。それを守ってさえいれば、ある一定水準の安全だけは確保できる。

“道”として使う程度ならば目を付けられる事もないだろう。だからこそ、知っておいて欲しかった。

 

私達のような立場の弱い人間にとって、逃げる手段があるということは命を繋ぐことと同義。

 

 

―――逃げる隙を作ることも、また重要だけれども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・いいの?また居座ってても」

「居てくれると、嬉しいです。やっぱり一人じゃ不安で・・・」

 

 

 

来たついでとばかりに地下を案内すること数時間、流石に疲れた私達はハルの家へと来ていた。

帰るなら送っていこうと同行したはいいが、まあお茶でもという言葉に甘え、一服し。

 

さあ私もと席を立ちかけた途端に、また眩暈が襲ってきた。怪我人が碌に休みもせず歩き回った所為だろう。

 

そんな醜態を見かねたハルに、そのまま泊まっていって欲しいと請われ、今に至る。

 

 

 

「ハルが腕によりを掛けてご飯作りますから。待ってて下さいね!」

「・・・・・・・お、お願いします・・・」

 

 

 

泊まらせて貰う以上何か手伝いをと思ったのだが、いつ眩暈を起こすか分からない状態では邪魔になる。

 

ここは大人しく彼女の厚意を甘んじて受けよう―――私はハルの淹れた美味しい紅茶を飲みながら、溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

さて、それからどれ位経っただろう。

 

私は背中を守ろうと行儀悪くテーブルに肘をつき、掌に顎を乗せてぼうっとしていた。

台所と思われる場所からは、次第にいい匂いが漂ってくる。・・・少し、不思議な気分だった。

 

ここは自分の家ではないけれど。彼女は、もう死んでしまった私の家族ではないけれど。

 

 

(・・・・・・・懐かしい、・・・かな)

 

 

誰かに食事を作ってもらうこと。何の利害関係も、そこにはなくて。

規則正しく響く音が、疲れ切った身体を癒してくれるような、そんな気がしていた。

 

 

―――その穏やかな空気を切り裂くように。一本の電話が、ハルの家に掛かってきた。

 

 

携帯ではない。彼女や私の携帯はあの爆発で鉄屑と化しており、今もっているそれはお互いしか番号を知らない。

 

 

 

「ハル、電話!」

「・・・え、す、直ぐ行きますっ」

 

 

 

ディスプレイに出ている番号は知らないものだったし、勝手に出るのはまずいだろうと彼女を呼んだ。

わざわざ取り寄せたのだろうか、それは一流企業が作った最新式の型だったように思う。

 

 

(やっぱり最近のはFAXついてるのに随分薄い・・・)

 

 

情報屋という稼業の性質上、あまり定住せずちょくちょく引越しする事が多い。

だから携帯に頼り切った生活を送っていた私は、幾分珍しく思って鳴り響くそれを見詰める。

 

 

とその時、買ってみるのもいいかもしれない、なんてのんびりとした思考をハルの悲鳴が遮った。

 

 

 

「はい、もしも――――っはひぃ!ひ、ひひ、雲雀さん?!」

「・・・・・・っ!」

「え、でもこれ山本さんの番号・・・いえ何でもないですっ!どうぞ!」

 

 

 

正直、驚いた。何でわざわざ家に、とそこまで思って、彼が番号を知っている携帯はもうないのだと気付く。

そういえばハルも私も、昔の携帯を引っ張ってきたはいいが、お互い専用として周りに連絡先を教えていなかった。

 

 

 

「・・・・えと、さん、ですか?それは・・・・」

 

 

 

何を言われてるのか分からないが、ハルが惑って何度もこちらを伺う。代わろうかどうか、迷っているようだった。

ボス達に八つ当たりして来たことは既に話しており、気まずくはならないかと心配してくれているのだろう。

 

 

(行動にはホント、気をつけないと駄目ね)

 

 

彼女自身も辛い筈なのに、余計な気を遣わせてしまった。何をやっているんだか。

私は軽く自嘲すると、椅子から立ち上がって受話器を持ったまま立ち尽くす上司へと近づく。

 

そして受話器を受け取り、黙ったままそれを耳に当てると、いつもながら不機嫌そうな声が流れてきた。

 

 

 

『君の事情はどうでもいいから、と連絡取って』

「それが人に物を頼む態度か。小学生からやり直して来い」

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・。なんだ、居るの』

 

「居て悪い?全く、ハルは恭弥の部下じゃないわよ。好き勝手に命令しないでくれる?」

 

 

 

ハルの家に居るとは思わなかったのか、開口一番嫌味を連発してやると少し勢いが殺がれたようだった。いい気味だ。

 

それにしても一体何の用なのだろう。明日まで待てない何かが、あったのだろうか。

 

 

 

「それで?何か緊急の用事?」

『・・・君が散々欲しがってた資料、用意できたって。それに容疑はほぼ確定してる』

「・・・・・・・・・・っ」

 

 

 

八つ当たりした甲斐があると言うべきか、してしまったが故に彼らにすら気を遣わせてしまったか。

それでも、取引相手を確定することを最優先事項とした私にとって、それは渡りに船だった。

 

人物さえ特定できれば、その他の情報は幾らでもこちらで調べる事が出来るから。

 

 

 

「執務室に取りに行けば良い?今、行っても大丈夫?」

『言うと思ったよ。見に来てもいいけど、資料だけなら送る許可が下りてる。どうする?』

「じゃあ早く見たいから送って。いつものアドレスで」

『やっぱりね。・・・・ああ、ボスから君に伝言。“明日朝一で、執務室に出頭するように”』

 

「――――“処分”の話ね。わかった」

 

 

 

恭弥が提示したそれに、私は一も二もなく飛びついた。今は資料だけでいい。一刻も早く確認しなければ。

ちゃっかり明日の予定まで捻じ込まれてしまったが、それはその時考えればいい。

 

電話を切って、心配そうなハルにお礼を言って。まだ食事には時間が掛かるということで、私はパソコンを開いた。

 

 

 

「雲雀さんが渡したかったのって、どんな情報だったんです?」

「ハッカーさんの取引相手に関しての資料。怪しいんだけど、証拠が挙がってるみたいで」

「わ、凄いじゃないですか!そんなに直ぐ分かるんですか?」

「・・・・・ハル。確認が終わったら、今日分かったこと全部話すわ」

 

 

 

今日だけでいくつかわかった事がある。わからなくなった事もある。最後にこの情報を確認して――――

 

二人で一緒に、考えようと、思った。

 

 

 

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