「そんな、有り得ないです!」
その声は、一片の疑いすら有してはいなかった。
灰色の夢
恭弥からのメールは、電話を終えてからそう時間を経たずに私の元へと届けられた。
簡単に許可が出た、つまりその情報は然程重要ではないということ。地位的にも多分低い人間なのだろう。
後は煮込むだけですから、と台所から離れたハルを隣にして、私はその資料を開いた。
「・・・・・・・・・・・・・」
まず一人目。・・・のデータを見た瞬間、手が止まる。貼り付けられた写真は、はっきりと見覚えがあるものだった。
二人目、三人目―――書いてある経歴などは流し読みして、次へ次へと移動していく。
勢いのままに最後の一人まで確認し、そして画面を一人目のデータに戻して、私は息を吐いた。
情報部が寄越したというデータ。それは、間違いなく、あの日あの部屋に居た連中のものだった。
(本当に・・・情報部だった・・・)
もしかしたら取引相手を情報部が捏造してるのかもしれない、なんて。
そうすることで、情報部から疑いの目をそらそうとしてるんじゃないか、なんて。
彼らがボスに進言した時点で、その可能性は限りなく低いと分かってはいたけれど。
「さん、どうでしたか・・・?」
「ん、まあ、情報は正確ね。確かにあの部屋には、この人達が居たわ」
「・・・・ハルも、見て良いですか」
「勿論。ボスも別に、見られて困るようなものを寄越すわけはないだろうし」
私がハルと共に居ると知って尚、恭弥はデータを送ることを止めなかった。つまりどうでもいいということだ。
どうせこの連中は死んでいる。あの部屋で、特製睡眠薬の副作用に最後の最後まで苦しみながら。
まあ危険な取引をしてまで誰かを蹴落としたいと思うような連中だから、そこまで同情する必要は―――――
「・・・・・・・・・・・・・っ、嘘、・・・・・」
「ハル・・・?どうしたの?」
「・・・あの・・・あの、さん!この人達が・・・その、取引・・・相手、なんですか・・?」
私は、隣でパソコンを覗き込んでいる上司が洩らした言葉に眉を顰めた。何か様子が可笑しい。
連中の写真を凝視して、全てのデータを行ったり来たりしながら酷く動揺したように問い掛けてくる。
まるで“部長が生きていた”と震えながら言ったあの時のように。
「私もあの部屋で、この連中の顔を見たわよ。・・・まさか、この人達まで生きてるなんてことは、」
「っ、―――あり得ないです!」
ハルは、大声で叫んだ。全身全霊をかけた叫びだった。その声には一切の疑念も含まれてはいなかった。
咄嗟に言葉を失った私を余所に、彼女は混乱した様子で声を上げ続けた。
「絶対あり得ないです、この人達がそんなことするなんてあり得ないんです!絶対に!」
「ちょ、待ってハル―――落ち着いて。それってどういうこと?」
凄い剣幕だった。この連中が取引相手であるのは私の記憶からも証明できるのに。
信用してない・・・んじゃなくて、信じたくないだけなのか。それにしてはかなり確信してるみたいだけど。
「さん!ハッカーさんは情報を盗んだから、悪い人ですよね」
「え、そりゃまあ。普通なら銃殺ものでしょう、でも何だって・・・」
「だったら。その取引に応じた人も、悪い人ですよね」
「・・・・・・・・・・・・。その使用目的が何であれ、最悪だと思うわ」
彼らが正義の心を持っていたのならば。ハッカーを引き戻そうとしている上層部と協力して、行動しただろう。
ボス達は取引相手が誰なのか知らなかった。つまり、自分達だけでその情報を独占しようと考えたのだ。
そんな風に思っている連中が、その情報をボンゴレの為に使うだろうか?否。それこそあり得ない。
だから何故、彼女がいきなりその事実を否定し始めたのかが分からなかった。
「ハルはこの人達のこと、知ってるんです。所属部門は違いますけど、第五班に居たときに良くして貰って」
「知り合い・・・。ねえハル、それでも、取引相手だったことに間違いはないのよ?」
「だからそこが間違ってるんだと思います。だって、本当にいい人達だったんですよ!そりゃ顔こそ怖いですけど、
ボスになったばかりのツナさんのこと本当に尊敬しててくれましたし、仕事だってずっと真面目にやっていて―――
―――――何より皆、ボンゴレを愛してました!!」
だから、少しでもボンゴレの不利益になりかねないことなんか、する筈がないんです!間違ってます!!
私はまた、本日何度目かの混乱の最中に居た。あまりにも予想外だった。
ハルの言っていることが、ただ『親切にしてくれたから』『優しかったから』という理由だけなら、直ぐに否定できた。
人間誰しも二面性を持っている。まして、裏社会に生きる者なら尚更のこと。
加えてハルは人一倍お人好しで、誰でも信用してしまうきらいがあるから、認識が甘いだけなのだろうと思った。
ボンゴレを愛している――――
マフィアが大嫌いな私にとって、その感情は理解できない。理解したくも、ない。
それでも、その陳腐な言葉は私の胸に強く響いた。何故だろう、証拠もないのに頷きたくなってしまうのは。
最も、ハルの勘違い、もしくは騙されているという可能性もなくはない。寧ろその方が、信憑性がある。
(マフィアが、愛・・・ねぇ?)
「なら、ハル。彼らが実際取引に来た事実は変えられないけど・・・それはどう思う?」
「取引したとしたなら、ボンゴレの為にしたんだと思います」
「それをボスが知っていてもいいと思わない?単独で解決できるほど、いい地位じゃなかったし」
「そ、それは・・・・ですね。あ、あれですよ!連絡に行き違いがあったんです!!」
「―――――行き違い。」
「はひっ・・・でもでも、絶対違うんです・・・」
必死になって言い募るハルを見ながら、私は少し考える。この事態を、どう見ればいいのか。
ボンゴレには、彼女の方が長い。人間関係も、彼女の方が広い。だから頭ごなしに否定する事は出来なかった。
彼女の言い分を受け入れるわけではないけれど、ここでまた新たにひとつの可能性が浮上した。
“取引相手が、何も知らなかった”場合。言い換えれば、“誰かに利用されていた”場合。
取引に行かせた上に殺してしまうとか、意図が見えないし、確率的には低いと思うのだが。
(行かせた人間と殺したのは別、とか・・・・?ああもう、何が何だかさっぱりだっつの)
「・・・・・・さん・・・」
「分かった。とにかく、分かった。証明出来ない限りそれが正しいとは言えないけど、とにかく分かったから」
「・・・ごめんなさい、ハルずっと喚いてばっかりですね」
「私も混乱しっ放しだからいいと思うわ。情報も正しいのか間違ってるのか分からないし」
「・・・・・・・・・。あの人達が、亡くなってるなんて、知りませんでした。最近会ってなかったんです・・・」
恩人、なのだろうか。ボス達に置いて行かれて一人だったハルと、仲良くしていたのだとしたら。
でも情報部は彼らを取引相手だと上に報告し、また、容疑も固まったというから証拠もあるのだろう。
(そんなにボスへの忠誠心が厚かったなら、協力して動く筈なのに)
ハルの主張を信じても、そこが引っ掛かる。自分達だけで接触するのはおかしい。
やはりここは、故意・利用そのどちらの方面からも疑っていく必要が、ある。