反撃を始めるにはまだ、遠い。

 

手詰まり―――そんな言葉が、ふと頭を過ぎる。

 

 

灰色の夢

 

 

 

食事はとても美味しかった。特に会話はなかったけれど、この状況では仕方のない事だろう。

お互い自分の思考を纏めるだけで精一杯だった。特にハルは、またもや親しい人間の死を知らされたのだ。

 

掌から零れていくばかりで、何ひとつ拾い上げることが出来ない―――私達、は。

 

 

 

「じゃあ、その・・・聞かせて貰えますか」

「・・・・・・・・・ええ」

 

 

 

晩御飯を終え、二人で片付けて。あとはもう寝るだけの状態になってから、その小さな報告会は始まった。

ハッカーの所で一度整理をしたものの、新たな疑問が出てきてしまって余計分からなくなっている。

 

これからも共に動いていく為にも―――必要な情報は常に共有しなければならない。

 

 

 

「まずは、実行犯のことからね」

 

 

 

恭弥から送られてきた資料はそのままに、机に新たなパソコンを広げて私は口を開いた。

 

パーティー会場爆破、及び会場に居た参加者を襲撃した犯人について。これは一向に進展が見えない。

 

 

 

「現時点で犯人の目星ついてはいないわ。私達にとっても、・・・・ボンゴレにとっても」

「でも情報部が関わっている、ってさんは思うんですよね」

「まあね。でも、ボス達はそうは思ってないみたいよ」

 

 

 

取引相手がどうだったとしても、とにかくこの意見は変わらない。犯人は情報部の誰かだという前提で動く。

 

理由は簡単、ハッカーの盗んだ情報が、『情報部に関するスキャンダル』であるということ。

普段は腰が重い情報部が素早く動いたという事実。ハッカーの、情報部に対する一種の警戒感。

 

 

そして―――第三者が犯人だとすれば、リスクに対して得られるメリットが少なすぎること。

 

 

(もし万が一、本当に犯人が第三者だったときには・・・今回の事件、ボスに任せるしか解決出来ない。でも)

 

 

 

「つまりその情報を、盗んだ本人ごと消そうとしたと」

「むむ、筋は通りますよ。そんなにマズイ情報だったんですか?」

「・・・・ま、まあ今の所調査中で、一概にそうだとは言えないんだけど」

 

 

 

中身が予算表、という意外な結果を目にしたばかりの私は小さく笑って誤魔化した。

 

未だに納得はしていない。そんなモノの為にあれだけの人間が殺されたなどと、馬鹿馬鹿しくて仕方がなかった。

たかが裏金の為だけに、三人は死んだのか?そんなこと、・・・・そんなこと、あっていい筈がない。

 

 

私は軽く頭を振って視線をハルに戻した。考えるのは後。今はただ、情報を整理するべき時なのだから。

 

 

 

「情報の内容は後々考えるとして、ね。次に取引相手のことに移りましょう」

「っ、それは・・・・」

 

 

 

酷い言い方をしている自覚はあった。先刻の混乱はまだ私の中で続いている。

彼らはボンゴレを愛している―――そう言い切ったハルもまた、ボンゴレを愛しているのだろうか。

 

 

 

「善意であれ悪意であれ、あの場所に居たのはこの人達で間違いないわ。それは認めてくれる?」

 

 

「・・・・・・・・・・はい。さんを、信じます」

「・・・・ありがとう」

 

 

 

経緯は分からないが、事実は事実。善人あろうと悪人であろうと関係ない。

 

あの日私が幻覚剤入り睡眠薬をぶつけて見捨ててきた連中は、情報部所属の人間である。

ただ、私の介入がなければ、ハッカーと共に爆発に巻き込まれ死んでいたことを考えると―――

 

 

 

「爆破犯人と仲間である可能性は、低いかもしれないわ」

 

 

 

会場爆破犯人との関わりがあったのか、なかったのか。もしくは、敵対していたのか。

とはいえ上に黙って情報を手に入れようとしたことは変わらないし、何に使おうとしていたのかさえ曖昧だ。

 

 

『ボンゴレの不利益になるようなことはしない』・・・・・取引に応じることが、それに繋がるとでも?

 

 

 

「・・・・皆、どうして・・・?」

「・・・・・・・・・・」

 

 

 

送られてきた資料を写した画面にそっと指で触れながら、ハルは呟く。でも死人は喋らない。

 

 

(家宅捜索で出た資料、それも一度目を通す必要がありそうね・・・)

 

 

また何故、自分達を“相手ファミリーの人間”だと詐称したのかも知りたかった。

あの天才を騙した位だ、並大抵の工作では済まなかったはずである。下っ端に出来ることではない。

 

 

やはり何か他の存在が協力していたのではないのだろうか?・・・・力のある、何か別の存在が。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ次、部長について」

「・・・・・・・・・実質“生き残った”のは、あの人だけですよね」

「彼女は殺されて、部長は殺されなかった。ま、少なくとも何かは知っているでしょうよ」

 

 

 

過激派よりとはいえ慎重な人物である。リスクの高い、こんな恐ろしい計画を考え付くとは思えなかった。

だが現場に居たのは確かだし、そしてそれを隠している。これほど怪しいことがあるだろうか?

 

複雑な気持ちで光るバーコード頭を思い浮かべていると――――突然、ハルが身を乗り出して叫んだ。

 

 

 

「っあ、さん!言い忘れてたことがあるんですけど!」

「え?!・・・・なな、何?」

「あの時ぐるぐるしてて、その、ツナさんにアレッシアのこと言ってないんです!」

 

「・・・・・・アレッシア?」

 

 

 

さんがいきなり頭の中に登場するからからいけないんですよ―!等と意味不明な言い訳を並べられつつ。

全く要領を得ない上司の主張に気圧されながらも話を聞くと、それは少し意外なことだった。

 

 

部長のことはさておき、アレッシアが階下に行って殺されたということをボスに伝えていないという。

ボス達は今も、カルロ、ジュリオ、アレッシアの三名がハルを庇って会場で死んだと思っているらしい。

 

 

(ああ、だから・・・全く部長のことを言わずに済んだんだわ)

 

 

漸く―――あの時の違和感が分かった。だから綺麗に話が通ったんだ。

もしハルが部長のことを伏せていたとしても、アレッシアのことが伝わっていたなら。

 

彼女一人離れた理由とか、誰かに聞かれていたかもしれない。特にリボーンとかリボーンとか、リボーンとか。

 

 

 

「嘘の理由を作らなくて済む分、得したってこと・・・。なるほどね」

 

 

 

少しでも嘘の要素があったなら、ボスに猜疑心を植え付けることにもなりかねなかった。

その所為で独自に動いていることを知られでもしたら、ハルの出世の道が断たれてしまうかもしれなかった。

 

 

(ハルの嘘に気付かなかったのは・・・そんな状況じゃなかったから?)

 

 

今後は更に注意が必要だ。ハルが生きていることを知って、完全に冷静さを取り戻したボスには。

 

 

 

「それで良かったのよ、ハル。凄いわ」

「はひ、そ、そうなんですか・・・?でも」

「大丈夫よ。・・・死んでしまったことに、変わりはないんだから」

「――――――はい」

 

 

 

私達は余りにも、余りにも危うい橋を渡っている――― 一歩でも間違えば谷底へ真っ逆さま。

 

戻る道はない。進むか、落ちるか、それだけのこと。

 

 

 

「――はい、次ね。取引に使われた、情報について!」

 

 

 

←Back  Next→