私達は、何を敵として戦っているのだろう。
私達は、誰を敵として戦っているのだろう。
それは情報部なのか。或いは―――
灰色の夢
ハッカーが盗んだ情報についての説明は、数分も経たずに終わった。
内容が『情報部の特別な裏金を示している予算表』であること以外は何も分かっていなかったからである。
当然ハルもそれを聞いて微妙な顔をしたし、私も首を振って他に何も情報がないことを匂わせた。
「正直、・・・意外です。こんなものが、本当に・・・?」
「・・・ボスに見せる事が出来れば・・・簡単に説明して貰えるかもしれないけど」
「そう、ですね・・・・・」
それは、この事件を解決してハルの出世ポイントを稼ぐ為には、最もしてはいけないこと。
情報の価値が分からないのはかなりの痛手だ。かといって大っぴらに調べることも出来ないとくれば。
「ハッカーなら分かってそうだったし、レポートでも提出させようかしら」
「あ、相手は怪我人ですよ?」
「私も怪我人。だからお互い様」
「さん・・・」
それに、とパソコンに表示させた“予算表”を眺めながら私は思う。
童顔三十路男に裏金という話を聞いてから、もうひとつ、ハルに確かめておきたいことがあった。
向かいで難しい顔をして考え込んでいる上司を見やって―――慎重に言葉を選ぶ。
「ねえハル。ちょっと聞きたいんだけど」
「はひ、何でしょう?」
「・・・・・情報部の最高主任って、いい人だって言ってたわよね。どんな人?」
ボンゴレ・ファミリー情報部最高主任。男性で、かなりの年配であるということ位しか知らない。
あらゆる情報を扱う部署のトップだけのことはあってか、殆ど人前に姿を現すことはなく、謎に包まれている。
(最も幹部達なら―――何度も会っているだろうし、珍しくもないんだろうけど)
往生際の悪いボスが渋りまくって与えた彼女の地位など意味は無かった。力も、何も。全然足りない。
だからこそ、ハルが最高主任について言及した時には内心驚いたものである。いつ会ったのかと不思議だった。
「主任、ですか?えっとですね、とっても優しくて、・・・・・ああ、紳士です!」
「し、紳士?」
「一度だけお食事ご一緒したんですけど、物凄く美味しそうに食べてくれて」
「・・・・・・まあ、言いたい事はわかるけど」
「さんも一度会ってみればわかりますよ!!」
大人の包容力っていうんですか?本当に素敵な人です!―――等と目をきらきらさせて力説される。
尊敬と憧れとが如実に表れた様子と、その余りの興奮振りに私は思わず噴出した。
裏金―――それは、事実として。じゃあ誰が作ったのか、というのがそもそもの問題になる。
ハッカーは『この金額は異常だ』と言った。『反乱でも起こされてはたまらない』とも。
新たなボスへの反発が未だに強く残る状況で、この金がそういった不穏な動きに使われていたとすれば。
そして、ここでもし最高主任までその裏金に関わっていたのならば、それこそ―――最悪なことになる。
(情報部全体がボスの敵に回る、ということも有り得た)
他の部署に比べ、ボスの目が届かないなら。上に立つ者がボスへの悪意を持っていたのなら。
沢田綱吉に不利になるように、部下が知らず“動かされる”こともあったかもしれない。
「じゃあ、この裏金に彼が関わってる可能性は?」
「・・・・・・・っ!・・・・ない、です」
「根拠は」
「主任はツナさんのこと、実の孫みたいだって笑ってました。九代目とも、親しくて」
ハルの、人を見る目は正しいと私は思う。それに取引相手の時とは違って彼女の言い分も裏付けが取り易かった。
穏健派の代表格―――ボスとも親交があるなら、少しは信じてみてもいいかもしれない。
「ありがとう。・・・じゃあとりあえずこの人は除外、と」
「あの、主任を疑ってたんですか?」
「犯人候補は、なるべく少ない方がいいでしょう?」
情報部という的は、あまりにも巨大過ぎて手に負えない。だからまず、最悪の選択肢を消しに掛かっただけ。
にしても、話が大きくなりすぎているような気がする―――どうか、私達の手の届く範囲であって欲しい。
上へと登り詰める為の第一歩。その唯一とも呼べるチャンスを、無駄にはしたくないから。
取り敢えず、現在の時点で話し合えることは全て言ったつもりだ。
しかし改めて整理してみても、結局何も確実なことはないという無残な結果だった。
データのことは引き続きハッカーに任せ、部長に関しては様子見することを約束して、報告会は終わった。
「取引相手のことは、明日ボスに会う用事があるから。その時に少し探ってみるわね」
「よろしく、お願いします。ってまた呼び出されちゃったんですか?」
「『Xi』の仕事に関しての話よ。多分ハッカーの事についてだと思う」
Dr.シャマル―――治療をして貰った負い目もあるし、優秀な殺し屋だというから油断は出来ない。
だがデータもターゲット本人すらも出せない状況で何を答えろというのか。誤魔化すしか、ない、か。
「何か・・・出来ることは、ありますか。周りへの対応以外で」
「――――ハル――」
「動き、たいんです。私も―――」
じっとただ待っているだけじゃ、何も変わらない。
雲雀は、資料を送ってからほんの数十分後に届いたメールを無感動な声で読み上げた。
リボーンは別の仕事がある為もう執務室にはおらず、部屋にボスと二人、もう何時間になるのか。
「から伝言。“資料にはひとつも間違いはない”、だって」
「・・・・・そう。分かったよ・・・・雲雀さん」
「これで容疑は完全に確定、ね。で?まだデータの特定は出来ないの」
「うん、もしかしたら無理かもしれない。まあ持ち出されたものも破壊されちゃったけど」
「情報部って、案外無能なんだ」
「そ、それを言われると・・・」
各部署との連絡を担当してくれている山本からは、芳しい報告は上がらなかった。
『彼』の残した痕跡を追っている情報部も苦戦していて、情報の特定は不可能かもしれないという。
「天才一人に、部署ひとつが負けるなんてね。一体どんな教育してきたのさ」
「いやまあ、その、・・・耳が痛いデス・・・」
「・・・・・・・・ふぅ」
容疑者が特定されても、死んでいる以上、更なる情報は望めない――――――
やれやれ、と溜息を吐いて。雲雀は手元にある、幼馴染に送った資料に目を落とした。