「あ、基本料金はこっち持ちだから安心してね?」

 

そんな言葉と共に笑顔で差し出された二つの携帯。

 

 

――その場で即解体したくなった私は、間違ってはいないはずだ。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

Dr.シャマル。女好きの医者にして凄腕の殺し屋。

彼のへらへらとした笑みは時として酷く警戒心を呼び起こす。

 

いや、そうしなければならないという己の妄想が、危機感を呼び寄せているだけかもしれない。

 

二日酔いで寝坊したという彼は、いつも以上に掴みどころのない表情を浮かべて座っていた。

 

 

 

「おう、悪ぃな。昨日少しばかり飲みすぎちまって」

「・・・・いえ。特に急ぎの用事もありませんので」

「そういや傷の具合はどうだ。熱は?」

「問題ないです。処方して頂いた薬がよく効いてますし―――」

 

 

 

度々起こる眩暈、風呂や寝るときに多少不自由があるものの、当初予想していたレベルではない。

普段の生活態度はまだしも、確かにこの人は名医なんだと改めて感心した位で。

 

傷を治して貰ったという負い目もあったのだろう、私は自分でも驚くほど素直に口を開いた。

 

 

 

「Dr.シャマル。依頼の件、芳しい報告が出来なくて申し訳ありません」

「あー・・・しかし流石にアレを予想しろって方が無理だろ、なあツナ?」

「そうですね。あの状況で二人が生き残ってくれた事に寧ろ驚いてるし、感謝してるよ」

 

「とにかく依頼は、無かったことにしておいてくれてもいい。一応の『目的』は果たせたからな」

 

「―――――――」

 

 

 

私は今まで、一度引き受けた仕事を失敗したことも、投げ出したこともない。

そもそも明らかに無理な仕事は断っていたし―――どんな無様な結果になっても、ある程度の水準は保っていた。

 

依頼を請け負う人間にとって、最も重要なのは信用である。そして次に、その能力。

一度でも失敗すればそれは瞬く間に噂として広がり、顧客に影響を与える。信用にも傷がつく。

 

今回の仕事は元々極秘裏に引き受けたもので誰かに知られることはない筈だが、そこはそれ。

 

 

己のモチベーションも大事なのである。彼はきっとそれを気遣ってくれたのだろう。

 

 

 

「・・・・さん?」

 

 

 

私は、はいともいいえとも言わなかった。まだ自分の中では依頼が続いているつもりだったから。

不思議そうにこちらを見やるボスににっこりと笑い返して誤魔化す。まだ終わらせるつもりは、ない。

 

データは手中にあるし、彼も生きている。いつか、そう・・・全てが終わった暁には、きっと。

 

 

(ハッカー、行く場所ないしね・・・)

 

 

あれだけ保護されているのだ。顔を広く知られていないなら、幾らでもやりようはある。

彼に宣言したように、文字通り真実“長い付き合い”にしてもいいかもしれない――――

 

 

私はふと。そんなことを、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、昨日あのビルに行ったんですか?」

「隼人の野郎に呼ばれて仕方なく、な。人手が足りないとかで」

 

 

 

あいつ人使い荒れーの、最悪だったぜ――Dr.シャマルはそう言って苦笑する。

 

何でも死体が多すぎるので遺体収容に医療班の殆どが持っていかれてしまい、検分する人間が足りなくなったと。

ただ検分とは言っても焼死体である。ボンゴレの技術力を以ってしても全てを分析するのは不可能に近い。

 

 

それでも形が残った物から少しでも情報を得たいのだろう。機密保持の点でDr.シャマルが信用出来るのは分かるが・・・

 

 

 

「シャマルはね、“彼”を逃がしちゃった張本人だから断れないんだよ」

「・・・はい?」

「だから悪かったって!」

 

 

 

ファミリーでもないのに何故わざわざ?という疑問が顔に出ていたのか、ボスがすかさず口を挟んでくる。

彼、というのはハッカーのこと。・・・その彼を、逃がした?そういえば依頼された時に揉めていたはず。

 

 

 

「酔っ払った挙句よりにもよって抜け道教えちゃうんだもんなあ。困るよ本当に」

「・・・おいお前、まだ根に持ってるだろ・・・」

「そんなことないですって。ただ失ったのは痛かったなーって思うだけだし」

「それを根に持つって言うんだろうが!」

「あれ、そうでしたっけ?」

 

 

 

聞き慣れないボスの敬語が酷く恐ろしいと思うのは気のせいだろうか。Dr.シャマルも口元引きつってるし。

抜け道という言葉が実際何を指すのかは分からないけれど、それなりに重要なことなのは理解できる。

 

それで扱き使われているなら自業自得だな。うん。私が気にすることじゃない。

 

 

 

「その検分とやらで、何か分かったんですか?」

「ああ?いや、識別自体難しいからな。あんたやあの嬢ちゃんが言ってた事の裏付けが取れた程度か?」

「うん。爆発前に戦闘があった事実と―――そうそう、爆弾の種類も」

「それなりに高性能だったな。あの成分だと、ある程度組織力がないと用意は出来ない」

「一般のマニアや愉快犯じゃ到底無理だろうね」

 

 

 

その会話は、情報部を犯人だと決めている私にとっては大して意味のないものだった。

やはり取引相手の情報以上をボスに求めるのは間違っていたのか。確かにまだ事件から数日しか経っていない。

主任のことも聞きたいのだが、理由を問われても答えられないし・・・他の資料を見られただけでも満足すべきかも。

 

会話を聞き流しつつ一人黙り込んで悶々としていた私に、ふとボスの声がかかる。

 

 

 

「あ、そうださん、これ受け取ってくれる?」

「何です・・・・・・っ、それは・・・」

「こっちの黒いのがさんので、ピンク色のはハル。爆発で壊れたんだよね?」

「お、最新型じゃねーか。気が利くねぇ」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

机の上に硬い音を立てて置かれたそれ。どこからどうみても、携帯。勿論それは分かった。

 

元々ファミリー所属の人間にはそういうものが配布されている。仕事用で、遊びに使うことは出来ないが。

基本料はボンゴレ持ちだという言葉も普通なら頷けた。万年筆と同様、ただの支給品だからである。

 

しかし今差し出されたそれは明らかに趣が違っていた。Dr.シャマルの言う通り最新型の高級モデル。

 

 

―――盗聴器か。すわ発信機か?!

 

 

私がそう思うのも無理はないはず。解体してみるか?いや、高いし精密機械だし、もし戻せなかったら?

 

 

 

「あれ。どうかした?・・・やだな、もしかして変なこと考えてない?」

「いやですねえ、ボス。それ邪推ですよ?」

「ごめんごめん。昨日も連絡が取り辛かったから心配になっちゃって」

「ええ本当に、“わざわざ”ありがとうございます」

「ハルにも渡しておいてね。頼むよ」

 

 

 

恭弥からの連絡が来たのは夜だ。朝までのたった数時間でこれを用意したというのか。

 

お互いの間で見えない火花が散る。

 

 

シャマルの奇妙なものを見るような視線が、心なしか、私を落ち着かない気分にさせた。

 

 

 

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