既に登録されていた番号。
見慣れぬそれ。残されたメッセージ。
不意を突かれた私は―――とりあえず、苦笑することにした。
灰色の夢
私と依頼主であるシャマルが呼び出されたのは、何も本当に処罰の話をするためではない。
単なる現状報告と、資料の受け渡し。ボスからすれば携帯を渡したいという思いもあったのだろう。
だからそれが一通り終わった今、特に突っ込んだ話もせず、私はすぐ帰ることも出来た。
それでもそうしなかったのは、もう少し何かを掴みたかったからだ。
ボスとシャマル。この二人だけと話せるのは多分―――今しか、ない。
怪しすぎる疑惑の携帯は鞄にしまい込む。深く考えようとするだけで体力を消耗しそうだった。
私はソファに座りなおして、もう一度、何か聞くことはないかと思考を巡らせた。
「はあ?まだ情報が特定出来てねーのか。お前んとこ大丈夫か?」
「う、雲雀さんにも言われたよ。皆頑張ってくれてるはずなんだけど」
「ならあいつがそういう細工もしてたってことか。は、厄介だな」
二人はこちらを気にもせずハッカーが盗んでいった情報について話している。
―――情報が盗まれたことは分かっているのに、何の情報が盗まれたのか分からない―――
そんな馬鹿な話、と一蹴できないのは、事実彼が天才だったからだ。
『あの男ならそれも不可能ではない』と思わせるだけの技量を持っていた。
ハッカーに比べれば、私達など素人も同然のレベルだろう。だからこの歪な状況も受け入れざるを得ない。
誰かが意図的に隠している・・・そんな考えは、頭の隅に追いやられたまま。
「何であれ、爆破犯は必ず捕まえるよ。ボンゴレの威信にかけてもね」
「結局情報流出は免れたしな。今はそっちに力を入れるべきだろ」
「もちろん。・・・あ、そうだDr.シャマル。これ獄寺君から」
まず私達がしなければならないのは、爆破犯が情報部の人間であるという確固たる証拠をつかむこと。
その為に何が出来るのか。今手の中にあるカードを使って、それを調べることが出来るだろうか。
何かないか・・・そう思って先ほど渡されたあの取引相手に関する資料の内容をなぞっていると。
―――新たな言葉が耳に飛び込んできた。
「あぁ?―――ってこりゃ俺が昨日作った例の爆弾の詳細リストじゃねぇか」
「『Dr.シャマルに製造元を特定させろ』って、今朝獄寺君が」
「おい待て!どこまで扱き使えば気が済むんだ!」
「んー、犯人が捕まるまでじゃないかな?」
「隼人の野郎・・・っ!」
いや、正確に言えば新しくはない。
私が何の価値もないと流してしまった会話の中に、爆弾の特定という内容が含まれていた。
情報部が犯人だと決め付けている私には、組織しか用意できない代物だと聞かされても今更だったから。
とはいえ、・・・そうか。高性能で特殊な爆弾であるならば、製造した誰かを特定できるかもしれない。
一般に流通していなければ―――購入した誰かも、あるいは。
(偽装する程度の頭はあるでしょうけど。でも、何がきっかけになるか分からない)
下らないと思われていた小さな情報から大逆転が起こることも、あるのだ。私はそれを経験で知っている。
「あーくそ、死体ばっか見て気分悪ぃのによ」
「だから自業自得だって・・・」
「――あの。その資料、私にも頂けませんか?」
「え、さん?」
どんな小さなことでも、見逃したくはないと思う。
どんな下らないことでも、事実として、そこに存在するのなら。
「私、情報屋ですよ?マフィア界には疎いですけど、“外”にだって製作者はごろごろ居ますし」
「それは・・・確かに」
「少しはお手伝いが出来るかと、思ったんですが」
組織力のある集団。しかしそれはイタリアンマフィアであるとは限らない。マフィアですらない可能性もある。
第三者を疑っているボスにとって、情報はひとつでも多い方がいいだろう―――という提案は効を奏したようだった。
・・・・・・・実際は私がその情報を手に入れたいだけだったのだが。
「うん・・・そうだね。ありがとう、助かるよ」
「お前、報酬底上げする気じゃねぇだろな。俺の財布、」
「人を金の亡者みたいに言わないで貰えます?純然たる好意じゃないですか」
それに、と付け加える。
「いつまでも無能だと思われるのも―――癪に障りますので」
執務室から出て第九班の部屋に向かいつつ、貰った、もとい押し付けられた携帯を弄ぶ。
私はプライドの高い人間である。それは付き合いの浅い周囲でさえも既に認めていること。
だからこそ『癪に障る』というその言葉は尤もらしく響いただろう。
ターゲットを生きたままボンゴレに連れ戻せという、裏に秘められた本当の依頼。
それを果たせなかったという屈辱。真実ではないにしても、彼らがそう思っていることは想像に難くない。
その名誉挽回を狙ったともとれる私の提案を蹴ることは、あの甘いボスには出来なかった。
勿論、人手が足りないのも理由のひとつに挙げられるかもしれないが。
とにかく私は―――分かりやすい動機を引っさげることで、新たな情報を手に入れたのだ。
「特定・・・そもそも、そんなことが出来るかどうか、ね」
出来ないかもしれない。もしくは出来たところで、一切の繋がりが見つからないかもしれない。
しかし僅かでも可能性があるのなら動くべきだった。Dr.シャマルよりも―――早く。
マフィアの外にはそれなりに人脈があるので、そこを最大限に利用しつつ。
(権力がいるなら、ディーノの“確約”とやらを使ってもいいし)
使えるものは何でも使う。この身に火の粉が降りかからない限り。・・・それが私の生き方だから。
「じゃあ早速今日から調べ始めて・・・って、これ」
手の中にある、最新型の携帯。何が埋め込まれているのか分からない代物。
ただ物珍しくて色々弄っていたのだが、それぞれのメモリダイヤルに何かが既に登録されている。
名前は空欄。メールアドレスの欄も然り。しかし記憶にない電話番号がひとつ。
誰のものかも分からないのに、いきなり掛けるなどという愚行は犯したくはない。
何か他に情報は、とスクロールして住所誕生日等の空欄を過ぎた先に、たった一行のメモがあった。
『何かあったらすぐ連絡してね』
誰に、とも書かれていない簡潔すぎる言葉。それでも、意味することはひとつしかない。
恭弥の番号ではなかった。そして渡してきたのがボス本人だと考えると、これは。
「まだ数日しか経ってないし、心配も・・・するかな。・・・まあ、あのボスだし」
うんだから余計何が仕掛けられてるか気になるんだけどね!何もないと思いたいけど!
ハルの携帯にだけじゃなくて私の携帯にも、というところが―――少し、むず痒く感じてしまって。
胸に湧いた感情を誤魔化すように苦笑して、私はまた、歩き出した。