「それで、払ったお金はいくらなの?」
「・・・・ハル、今まで真面目に貯金しててよかったです・・・」
「っ、分かった折半するから!私も半分出すから!だから泣いちゃ駄目だって!」
灰色の夢
ハルに任せたその『聞き込み』は、決して安全なものではない。
何しろ調べる相手は重犯罪の容疑者である。その上情報部も別件で彼らをマークしていたのだ。
情報部に居るであろう敵やボスに気付かれる可能性がある――――
絶対に、長引かせるわけにはいかなかった。
「単刀直入に、言いますね」
持っていた鞄からいくつかの資料を取り出し、ハルは真っ直ぐにこちらを見据える。
彼女がどんな方法で聞き込みをしたのか。そうして得た情報は100%真実であるのか。
今の私には知りようがない。しかしハルが何を言おうとも、私は全てを受け入れるつもりでいた。
――――絶対に嘘をつかない。そう約束したのだから。
「南支部の、・・・あの人達がハッカーさんと取引をしたこと。それはまず間違いありません」
『取引現場に居た』ことと、『取引をした』こととは違う。
昨日の夜、こんなことはありえないと叫んだ口で彼女はきっぱりとそう言い切った。
声や瞳に迷いは欠片もない。それでも彼らを信じているという強い思いが伝わってくる。
「あ、もちろんさんの記憶を疑ってたわけじゃなくてですね!」
「分かってる。・・・何か、新しい証拠でも出たの?」
「証拠というか、―――証言というか」
私が今朝見た資料のことは、まだハルには言っていない。
ハッカーと共に隣の部屋に入っていく様子を写した映像や、取引相手のうち一人の家から発見された手帳など。
だがそんなものは技術さえあれば偽造できる可能性があった。それより自分達で直接調べた方が遥かに信憑性は高い。
だからこそ、危険だと分かっていても南支部へ行くことを選んだのだ。
彼女ならきっとうまく出来ると――――信じて、いたから。
「話を聞いたのは、南支部でも一番の情報通なおばさんで」
「情報通・・・の、おばさん・・・?」
「シチリアの地獄耳って呼ばれてて、すっごく細かいことまで知ってるんです!ミラクルおばさんです!」
「・・・う、まあ、信用できるなら誰でもね。いいと思うけど」
一瞬、井戸端会議に毎朝参加するような主婦を連想してしまい、私は思わず言葉に詰まった。
大丈夫なのだろうかと、一抹の不安が襲う。おばさん。情報通。どの程度の?と思ってしまうのは否めない。
―――しかし直後に続けられたハルの報告は、緩んだ気を即座に引き締める効果を持っていた。
「おばさんはこの事件のこと、本当に詳しく知ってるみたいでした。・・・驚きですよ。
だって南支部の皆が―――セキュリティ部門のハッカーさんと取引した容疑者だってことも知ってたんです」
「・・・・っ、は?!ちょっと待って、その人別に幹部とかじゃないんでしょう?」
「違います。でも、シチリアの地獄耳なんです!」
「それにしたって!」
明らかにおかしいだろう。ハッカーの取引や、その取引相手のことはかなりの重要機密のはず。
私はそもそもシャマルから依頼を受けていたし、ボスとも繋がりがあるから情報を手に入れられた。
しかし、ハルの言う『おばさん』はいわば平社員だ。そんな地位の人間がどうやって知った?
ハッキングか?・・・いや、そんな技術を持っている人間が南支部なんかで働いているはずがない。
それでなくても今は厳戒態勢なのだ。
ハッカーが色々やらかした所為で、どんな小さな情報も漏らさないよう、セキュリティのレベルは上げられている。
「そのシチリアの地獄耳ってひと、何者?」
「はひ、怖いですよね。ハルもあんまり逆らわないようにしてます」
「あのねハル。・・・そういう問題じゃないと思うの」
深く深くため息を吐いて、私は紅茶を一口流し込む。脱力すれば良いのか警戒すれば良いのか、よく分からない。
ハルの様子を見ていても特にその人物が敵であるようには見受けられない。
それでも万が一を考えると・・・・どうなんだろう。私も一度会ったほうがいいのだろうか・・・?
―――ふと、そんな葛藤する私の心を読んだかのように、ハルは明るく笑ってみせた。
「大丈夫ですよ、さん。心配しないでください」
「・・・・ハル」
「誰が何を聞いたかとか、他の人には絶対に洩れません。口が堅いひとですので」
「そう、なの?」
「ええ。だってちゃんとお金払いましたもん!・・・・・たっぷりと!!」
ガッツポーズを決めつつ、ハルは力のあらん限り叫ぶ。
・・・・・・・・・。・・・・って今、何て言った?
「お金?!」
「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも、お金ってなに!しかもたっぷりって!」
「おばさんはちゃんとお金を払うと、そういうアフターサービスもばっちりなんです!」
「商売か!!」
ハルの話を要約すると。
シチリアの地獄耳と呼ばれるその『おばさん』は、金銭と引き換えにボンゴレ周辺の情報を与えてくれるという。
そういう意味では、私と同じ“情報屋”であると言えなくもない。所有する情報はかなり限定されるようだが。
それでも―――取引の存在や、その取引に南支部の人間が関わっていたことを知っていた。
『おばさん』の実力は、決して侮ることはできないだろう。ハルが得たという情報の信憑性も、やはり高くなる。
少々混乱してしまった心を無理矢理落ち着かせ、私は再び上司と向き直った。
「それじゃ、続けてくれる?」
「はい。・・・・皆の様子が変わったのは、丁度今から一ヶ月前で・・・・」
顔はアレだが真面目な彼らは、続く残業にも文句ひとつ言わずきちんと働いていた。
しかしある時点からその生活が一変する。朝は遅刻ぎりぎりに、夜は直ぐに帰宅するようになった。
「彼ら共通の親しい友人には、一度だけ、“大きな仕事がある”と話していたそうです」
その大きな仕事とやらがハッカーとの取引だとすれば、辻褄は合う、か。
・・・・・だから何故そんな細かい情報を一介のおばさんが知っているのか甚だ疑問ではあるが。
それから数十分続けられた報告の中には、今朝ボスの執務室で見た資料に書いてあったことも含まれていた。
「えぇと、もう家宅捜索が行われたみたいで。押収されたものの中に―――」
「取引の詳細が書かれた手帳が見つかった、でしょう?」
「え!・・・ああ、もしかしてツナさんから、もう・・・?」
「内容が書き写された資料なら見たけど。集合時間とか開始のタイミングとか、そんな程度よ」
「・・・・・・。それじゃあ、現物は見てないんですか?」
「それは――――」
筆跡鑑定は終わったようだし、見る必要はないと思って、いた。
何か、・・・・・あるのだろうか。