踏み込めば踏み込むほど、沈み込む。
それでも進むその先に垣間見えた光が本物かどうか。
―――そこまで辿り着かなければ、分からない。
灰色の夢
事件後行われた家宅捜索の末、彼らの容疑を決定付ける証拠のひとつとして提出された手帳。
残された筆跡は持ち主本人のものであると既に特定されている。その内容もまた、疑う余地はなく。
それなのにハルは現物を見ていないのかと言う。一体どういうことなのだろう。
私はひしひしと嫌な予感がしつつも、問いかけずにはいられなかった。
「現物・・・に、何か、問題でもあるの?」
「いえ、わかりません」
さらりと否定されたけど。
「分からない?!」
「わ、そそそんないきなり大声出さないで下さいっ」
「出したくもなるわー!散々引っ張っといてそれか!ってかそもそも意味がわからな」
「違いますって、―――教えてくれなかったんですよ!!」
怒鳴り合いに近い応酬の末、私達は黙り込んだ。つい熱くなってしまった自分を恥じる。
しかしハルも悪いのだ。あれだけ意味深に手帳のことを言っておいて、・・・・分からないだなんて。
恨みがましく見つめる私の視線に気付いたのか、彼女は少し申し訳なさそうに笑って口を開く。
「おばさんに、怒られたんです。これ以上は駄目だって」
「・・・・・・・・え?」
「この事件は本当に大変なことだから、これからも生きていたかったら首を突っ込むんじゃないって」
本来『おばさん』が売買している情報は、周囲の恋愛事情や噂話などで、対外的には大した価値のないものだという。
ボンゴレの裏事情を熟知しているものの簡単に流したりはしない。それは確かに賢明な判断だ。
だからこそハルは大金を払って話して欲しいと頼んだのだ。そうしなければならない位危険な情報だと分かっていた。
南支部所属の彼らの様子や、その友人との会話、内密に行われたはずの家宅捜索、そこから出てきた証拠などは。
「最初にどーん!と払ったから大丈夫かと思ったんですけど。・・・・はひ、断られちゃいました」
“あんたは連中と仲が良かったから特別に教えてやったけど、それもここまで。この先は軽々しく口に出来るような
ことじゃあないんだよ。アタシだって、命は惜しいんだから。・・・・・これでも喋りすぎたくらいさ”
「でも途中でちょっとだけ口走ったときがあったんですよ!聞き漏らさないようにってメモをとってて正解でした!」
大金を前にして気分が良くなった『おばさん』が、無意識にぽろりと零してしまった言葉。
それが――――家宅捜索で出てきた証拠。手帳、と言いかけて――――我に返ってしまった、と。
「・・・本当に、それが何かの手掛かりになるのかは分かりません。でも、」
「調べる価値はある、ということね」
「はい!」
彼女が口を噤んだというその事実は、いかにその情報が重要であるかを物語っていた。
忠告が真実なら、首を突っ込むとかなりの危険が待っているが・・・・そんなもの最初から分かっている。
この先にどんなものが待ち構えていようと絶対ハルを置いていかない。私一人では駄目なのだから。
「となると・・・捜索で出てきた物を、生で見る必要があるってことだけど」
「む、無理でしょうか。情報部に保管されてるはずですから、直接見せてほしいと言っても―――」
「明らかに不審人物よね。敵が居れば消されかねないし」
目立つことは、極力避けるべきだと思う。特に部長は、アレッシアが最後どうなったかを知っているはず。
もしかしたら彼女が自分を追跡していたと気付いていたかもしれない。
そうすれば、生前アレッシアが所属していた部門、または班さえも知るのは容易いだろう。
・・・・つまり、彼の大嫌いな東洋人が班長を務めている、情報部情報処理部門第九班である、と。
(相乗効果で、印象は最悪でしょうね)
ここで動いて何か少しでも不審を感じさせてしまえば、あの慎重な男のことだ、確実に排除しに来るだろう。
役割分担をすると決めた以上、常に二人で行動することはできない。
―――ハルはまだ、“撃てない”から。
「どうすればいいんでしょう・・・?まさかツナさんに頼むわけにもいきませんよね?」
「ボスに頼む、ね。権限だけはあるから簡単でしょうけど・・・・・って、ああ!」
「さん?」
「思い出したわ。『本物が見たいなら、言ってくれればリボーンに用意させる』とかなんとか」
今朝はボスを牽制することに必死で、思いっ切り聞き流していたので忘れていた。
資料を渡してくれた時に、ボスは間違いなくそう言ったのだ。見る必要もないだろうと思い込んでいたが。
「ボスに掛け合えばいつでも現物が見られる。多分、情報部にも知られずに」
「良かったじゃないですか!そんな約束までしてたんですね、凄いですっ!」
「・・・うーん・・・個人的には、あのリボーンさんが用意するって所が、なんか引っ掛かるというか」
「気にしすぎですよ!・・・あ、でも、それじゃ現物を見るときリボーンちゃんが傍にいるってことですか?」
「・・・・・・・・・・ねえハル。私それあんまり考えないようにしてたんだけど」
言ってくれれば用意する。つまりそれは、言わなければ用意してくれないということだ。
ここで問題なのは、一体私はどういう理由で現物を見たいと言うべきなのか、である。
内容の確認ならば既に済ませた。筆跡鑑定も終了している。
彼らが取引相手だということは証明され、ボンゴレは爆破犯の特定へと乗り出し始めているのだ。
そこで尚容疑者にこだわるとなると―――それなりの理由が必要になってくる。
深く追及されないような、もっともらしい理由が。
「はひ、それにですよ。依頼を受けたさんならまだしも、ハルが手帳を見るのはおかしくありませんか」
口元に手を当てつつそう言ったハル。その発言に私は思わず驚き、目を瞬かせ、・・・・すぐに納得した。
彼女は今“ボス側”から物事を見ているのだ。彼らから見て私達は、いや、ハルはどうあるべきなのか。
・・・・それは今までのボスの過保護ぶりからも簡単に読み取ることができた。
「ボスは、ハルにはもうこの事件に関わって欲しくないと考えてるでしょうね」
「・・・・・・・・・・。そう、思います」
「まして犯人探しなんてやってると知れば―――それこそ全力で止めに来る」
出会ってから一年も経っていない私でさえ分かるのだ。庇護下にいた張本人は、より強くそれを感じているだろう。
ハルは少し悔しそうに顔を歪め、ごく小さな声で、・・・自業自得ですから。と呟いた。
その姿に私は沢田綱吉への苛立ちを覚えずにはいられなかった。確かに彼女にも原因はあるけれど。それだけじゃない。
いつか彼の甚だしい勘違いを粉砕してやろうと心に誓いながら・・・・・ふと、ある考えが浮かんだ。
「・・・・甘いなら、甘いなりに。そこを利用するのがいいかもしれない」
「何の話・・・・です、か?」
「―――ハル。悪いけど、南支部の“お友達”を使わせてもらうわよ」
手段は、選ばない。