気になることは、残したくない。

 

 

灰色の夢

 

 

 

リボーンという少年は、その外見年齢に反して酷く大人びた目をしている。

 

彼は私にとっての『マフィア』そのものだった。あまりに強く、時に冷たく残酷で、・・・・恐ろしい。

沢田綱吉以下、恭弥を含めた幹部連中とはやはりどこか違うと思った。

 

どうしても逃げたくなるのだ。何の力も持たなかった―――あの頃のことを、思い出してしまうから。

 

 

 

「あーもう、今夜のことを思うと気が滅入るわ。ハルが一緒なだけマシだと思うけど」

「・・・・おい」

「ボスには泣き落としが効くとはいえ、死神相手じゃあねえ?」

「・・・・・・おい、

 

 

 

どこかから湧いてくる声は思いっきり無視をして、私は皮を剥いた林檎をひとつ口に入れた。

新鮮な甘酸っぱさが口中に広がり、いい買い物をしたと思いながらまたひとつを手に取る。かなり美味しい。

 

 

 

「イタリア紳士らしく、女性には優しいとか聞くけどそれ眉唾じゃないでしょうね」

「・・・・・・・・・」

「だってあの人何かっていうとすぐ銃向けてくるし。殺気出すし。まがりなりにもレディに向かって」

「は、お前みたいな乱暴者がレディを名乗る資格はねーよ」

「うるさい怪我人」

 

 

 

皿に残った最後の一切れをそのやかましい口に突っ込んだ。途端静かになったのでにっこりと笑いつつ。

傍においてある袋から新たな林檎を取り出し、私はナイフ片手に再び皮を剥き始めた。

 

 

 

「・・・・ぅぐ、・・・ん、・・・。お前、そんなこと愚痴りに来たのか」

「失礼な。わざわざお見舞いにきてあげたんじゃない、お土産も持って」

「ほー、さっきからその土産とやらを食いまくってるのは誰なんだろうな」

「誰なのかしらねぇ?私にはもう全然、さっぱり分からないわ」

 

「・・・・・・・・・・・もう、いい」

 

 

 

 

ここはあの地下道にある診療所の一室、つまりハッカーが現在入院している場所。

ハルと手帳のことを話し合った後、私だけここへ向かった。どうしてもあの資料のことが気になったからだ。

 

予算表予算表と言われてもぴんと来ない上、あまりにも事件の動機に対しては薄すぎる。

まあハッカーもベッドの上で暇を持て余している頃だろうし、丁度いいリハビリにもなるだろうと決め付け。

 

大事にしまっておいたメモリースティックと、新品のパソコンを手にボンゴレを後にしたのだ。

 

 

そして―――

 

 

手ぶらでは寂しいだろうと目に付いた屋台から果物をいくつか買ったのを、今、私がやけ食いしている最中である。

 

 

 

「随分、荒れてるんだな」

「・・・・・・。ああこれは嫌がらせだから」

「あーはいはいわかったわかった」

 

 

 

あの日、この男に指摘されたこと。それが真実、図星であったのは明白だった。

だからこんな風に私が少しでも誤魔化す素振りを見せると、ハッカーはさらりと聞き流すようになり。

 

その態度は非常に苛立ちを覚えるものではあったが、―――少し、安心したのも本当で。

 

 

(流石、・・・・童顔の三十路前)

 

 

年上であるということを再確認しつつ、私はさっさと本題に入ることにした。

 

 

 

「ハッカーさん。今暇よね?暇じゃないわけないわよね。だって暇なんだから」

「・・・・・。で、一体何させる気だよ・・・」

「この予算表がね、やっぱり意味不明なのよ。だから、私にも理解できるよう分析してくれる?」

「分析だぁ?」

 

「・・・・情報ごとあなたを消そうとしたんだから、これにはそれだけの価値はあると思っていい。だとしても」

 

 

 

これが、ただ情報部のもうひとつの裏金と呼ばれる予算を表すものであったなら。

 

―――パーティー会場を爆破し、あれだけの人数を殺す価値があるとは思わない。

 

でもそれは単に私の知識が足りないだけなのかもしれない。あの数字の羅列だけでは、私には分からなかった。

だから今、信用があり、ボスに知られず動ける人間・・・。そう、ハッカーに頼むしかないのである。

 

 

 

「あなたの能力は、あのDr.シャマルも絶賛してたし信頼できる。私達には時間がないの」

「・・・分析、ねえ。それに意味があるとは思わないがな」

「つべこべ言わずにやる。治療費出してるの誰だと思ってるの?」

「っ、待て!俺だってここから出られれば金くらい幾らでも、」

「はい残念でした。ベッドから降りるのも一人で出来ないくせに」

 

 

 

不満げに文句を言うハッカーに畳みかけ、黙らせた。協力して貰うと最初に宣言した以上とにかくやらせる。否は聞かない。

まあ彼自身、天才ゆえにプライドは高いだろう。一度やり始めた仕事を中途半端なまま放り出すことはすまい。

 

こういう所は使い勝手がよくて良いなどと胸の内で呟いて―――私は、ゆっくりと立ち上がり。

 

 

 

「じゃあ、よろしくね。その林檎は食べていいから」

 

 

 

予め用意しておいた紙切れと、小さな携帯をひとつ。そっと彼の枕元に置いた。

 

 

 

「・・・これは?」

「あげるわ。で、そっちの番号は私の携帯に繋がるから。分析し終わったら即連絡して」

「・・・・・・・・・なあ、

「なに?」

 

 

 

声に秘められた真剣な色に、出口に向かいかけていた私は少しだけ振り返ることで応えた。

前見たときよりは少し顔色が良くなっている。・・・後遺症もないと、例の精神科医から聞いた。

 

良い意味でも悪い意味でも全ての鍵を握っていたハッカーは、静かに言葉を続ける。

 

 

 

「俺が、・・・この携帯で、誰か他の奴に連絡するとは思わないのか」

「―――――――」

「このメモリースティックを持って、・・・・逃げるとは、思わないのか?」

 

 

 

それは以前この場所で私に『すまない』と謝罪した時の姿と被る。普段の投げやりな態度は見受けられない。

 

私の視線と彼のそれがぶつかり、静寂の中、私達は見詰め合って――――

 

 

 

「・・・・・・・・・くっ、・・ぶふっ!」

「・・・・・お、まえ!あのな、何でこの状況で吹き出すんだ!!」

「あは、ははは!だってそんな、・・・・っ・・、ほら、馬鹿っぽいって言うの?」

 

 

 

他の患者が居ることに気を使って、辛うじて爆笑は堪えた。しかしギャグとしか思えない。

第一本気でそんなことを企てているなら、わざわざ私を呼び止めてまで言う必要はないだろう。

 

それに謝罪されたときに気付いたのだ。多かれ少なかれ、彼は後悔していると。

 

事件の解決が唯一残された贖罪の道なのだとしたら、それを終えるまでは決して、逃げたりはしない。

 

 

 

―――彼は、そういう男なのだと知っている。

 

 

 

 

 

 

 

「というか、そもそも電話できるような友達いないんじゃないかと」

「ど、・・・・どこまで俺を貶めれば、・・・っ」

 

 

 

・・・・・涙目で言葉に詰まったこところを見ると、どうやら図星か。

 

 

 

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