用意するもの。

平常心。笑顔。記録用の超小型カメラ。

 

そして――――今にも泣き出しそうな、三浦ハル。

 

 

灰色の夢

 

 

 

「ど、」

 

 

 

イタリア随一を誇るマフィアの若き十代目ボスは、その目を限界まで見開いた。

 

 

 

「どど、・・・ど、っどうしたんだよ、ハル!」

「・・・・ふぇ・・・ツナ、さ・・・」

「一体何があったんだ?!怪我とか事故とか、っああ、もしかして誰かに襲われたとか!!」

 

 

 

彼は椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がり、ハルの傍に立つ私には一瞥もくれず狼狽を露にして叫ぶ。

その様子を生温い気持ちで眺めつつ、私はあまりの効果に驚いていた。まさかここまで我を失ってくれるとは。

 

俯き涙ぐむハルを慌てふためき宥めるボスの姿は滑稽なほどで。・・・・それが本心であるだけ、余計性質が悪かった。

 

 

 

「ハルは、・・・ハルは、っ信じられません!」

「え?なんの、話を」

「絶対におかしいです!間違ってます・・・!」

「ちょ、ハル!?」

 

 

 

涙声で途切れ途切れに訴えるハルと、それを心底心配そうに見ているボス。

彼女の叫びは本心から出たものだろう。そうするよう頼んだからといって、含まれた感情は誤魔化せない。

 

 

 

この作戦は、人の気持ちを利用するという卑劣なものであることは重々承知していた。

ハルの気持ち。ボスの気持ち。そして―――彼女の“友人”だった、容疑者達の気持ち。

 

裏のない純粋なそれらをモノのように利用することで、私は目的を果たそうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

情報部が提出した映像や、あの日あの部屋で私が直接会っていることから、彼らの容疑は確定済み。

今朝渡された資料の中にも手帳に関する記述はあり、書かれていた内容も全て複写されていた。

 

だからこそ私には改めて手帳を見る必要性がなかった。そう、『私』には。

 

 

しかしここでひとつだけ、例外を挙げることが出来る。

ボスが身内、特にハルに対して甘く、理由はどうあれ庇護欲を感じているという事実を前提として――――

 

 

『ハルが未だに彼らの無実を信じていて、証拠を見なければ絶対に納得しないと言い張った』場合。

 

 

 

ボンゴレ側は、ハッカーの取引相手がハルの友人であったということを知らない。

知っていたなら、傍に彼女がいると分かっていながら容疑者である彼らの資料を送って来たりはしないだろう。

情報部から情報を盗んだ誰かが居て、その情報を己の利益の為に金で得ようとした―――などと。

 

ハルは友人がそんな大それた罪を犯すとは思わず、信じないと言い張っている設定なのだ。

 

昨日の資料では証拠にならない。他の証拠があることを、“ボンゴレから見たハル”は知らない。

間違っていると喚き何も分からず不安になっている彼女を、この甘いボスが放っておけるわけがない。

 

誤魔化しが効かない以上、必ず何かしらの手を打つだろう。そう踏んでの泣き落とし作戦だった。

 

 

(認めないと主張する人間には、罪を証明する何かを見せればいい)

 

 

今ボンゴレが持っている証拠はふたつ。ハッカーと取引部屋に入っていく映像と、本人筆跡の残された手帳。

とどめは私の記憶だが、それを取り出して見せることはできない。となるとどちらかを見せることになり・・・

 

ハッカーの存在を出来得る限り隠しておきたいボスにとって、前者を見せることは難しい。写真も同じ理由で却下。

 

勿論決して不可能ではない。しかし色々加工する分、時間が掛かるのだ。

今の状況ではそうそう手間は割いていられない。

 

 

手っ取り早く見せられて、納得させられるような証拠――――そう、今のところ、手帳しかないのである。

 

 

 

 

 

 

 

さん・・・!何でハルが犯人のことを!」

「私達が一緒にいることを知って尚、資料を送ってきたのはどなたでしたか?」

「・・・・・っ、・・・・・」

「不可抗力です。まさか知り合いだったなんて思わなかったものですから」

「それは―――そうだけど」

 

 

 

ぽつぽつと言葉を零す彼女から大体の事情を読み取ったのだろう、ボスは即座に私に非難の目を向けてきた。

何故知らせたのかと。何故資料を見せたのかと。

 

 

(そもそもボスが考えなしに送ってきたのが悪いって)

 

 

ハルに見られても構わないという心で送ってきたのではなかったのか。そう切り返すとボスは黙るしかない。

 

 

 

「だから、手帳だけでいいんです。本人のものであるとその目で確認出来れば認めるそうなので」

 

 

 

彼女は何が出ても彼らを信じると言った。だから認めるという言葉の意味の認識には差が出る。

わざわざその違いをボスに伝えるつもりはない。これで完全な嘘とはならないはずだから。

 

 

 

「あ、ちなみに私は興味本位で付き添いです。この際ですし見てみるのもいいかと」

「―――――」

「言ったら用意してくれるって今朝仰ってましたよね?もう忘れたとか言わないで下さいよ」

「ツナさん、どうかお願いします・・!少しでいいんです!・・・どうしても、現実に思えなくて・・・っ」

 

「・・・・・・・・ハル・・・」

 

 

 

ハルの涙は嘘ではない。それを彼に届く途中で捻じ曲げるのが私の役目だ。結果、彼女に超直感は働かない。

 

思いついた今回の泣き落とし作戦を上司に告げたとき、酷くはっきりと難色を示された。

驚くことではなかった。普通の神経を持っていれば当然のことである。

 

爆破に巻き込まれて死んでいった友人達は無実である、と固く信じているハルの純粋な思い。

ボスがハルを心配し、何とかその苦しみを取り除いてあげたいという優しさ。

連中がハルに対して感じていただろう友情。何年もかけて築き上げてきた、暖かな関係。

 

 

その全てを利用した。例の手帳を現物で確認したいという、ただそれだけのために。

 

 

他に道がないと知っているから――――拒否反応を見せたハルも、最終的に同意せざるを得なかったけれど。

 

 

 

「本当に、・・・それを見たら、納得する?」

「、・・・っはい!必ず!」

「・・・・そう。・・・・だったら、いいよ。分かってるだろうけど、絶対に誰にも話しちゃ駄目だからな」

「はひ、大丈夫です。その辺りは任せてください!」

 

 

 

要求を受け入れられて嬉しそうに笑うハルと、それを見てまた仕方なさそうに苦笑するボス。

彼女がつい先日あの凄惨な事件を経験した今だからこそ、その要求が通ることも分かっていた。

ボス達の前では一度だけしか弱音を吐かなかったハル。それも半分演技が混じっていて。

 

手帳を直接見たいという我儘は、ボンゴレからすれば、ほんの些細なこと―――――

 

 

(ハルの我儘だと強調することで、本来の意味から目を逸らせた)

 

 

かなり酷いことをしている自覚はある。泣くハルには勝てないことを知っていて、けしかけたのだから。

 

 

 

「―――じゃあ今からリボーンに連絡するから、向こうに座って待ってて?」

 

 

 

第一関門は難なくクリア。

 

では、次は?

 

 

 

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