どんな理由があろうと、許さない。
灰色の夢
全ては、ハッカーが情報部の裏金に関するデータをそのブロックごと盗んだことから始まる。
単なる退屈しのぎという下らない理由で。気に食わない情報部を少し掻き回してみたかったと彼は言う。
売る相手は誰でも良かったのだと。だから近く親睦パーティーが開かれるファミリーにたまたま目をつけた。
「バレるとは思ってたけどな。こんなに早く嗅ぎつけられてたってのは、やっぱり―――」
ボスよりも早く。つまり、上に報告するより前に、データを盗まれた側は動き出していた。
ハッカーの取引相手に扮するだけの余裕を得ていたということ。ホテルに細工する時間を有していたということ。
「こんなヤバい代物を抱えてたんじゃ、当然よね。実行の日も近づいてたわけだし」
20年分の予算表の中に、暗号化されて隠されていた文書。ボンゴレ十代目を暗殺する計画が書かれたもの。
『―――問題は一部の過激派なんだ』
『・・・・別の誰かをボスにしようと画策してるんですよね』
『その通り。東洋の血が混ざるのはお嫌いらしい・・・・まぁぶっちゃけ俺狙われてるんだけど』
いつかの会話が頭に浮かぶ。極力マフィアに関わらないで生きてはきたが情報そのものは入ってくる。
就任当時反発があったのは知っているし、ボスまでの立場になれば珍しくないだろう、とは思っていたが――
(……貴方が一番安全だと判断した情報部に。その敵、いるみたいですけど)
恭弥の幼馴染とはいえ、全くの赤の他人を迷いなく引き入れる位には切羽詰っているということだろうか。
「で、取引相手は実はボンゴレの人間だった。それは間違いないんだな?」
「ええ、確認済みよ。問題はその取引に―――部長が関わっていたらしいこと」
あの男は最初から怪しかった。そう何もかも。
下っ端が集まるパーティーに姿を現したことはもちろん、あの凄惨な状況でただ一人“生き残って”いる。
彼を追ったアレッシアは死んだ。部長か、もしくはその仲間が殺したと考えるのが妥当だろう。
「会場の外で警備をしてた連中は部長を殺さなかった。そして何より、あの日会場にいたことを隠してる」
「だとしても、本来ならそれを知る人間はいない。お前の存在がイレギュラーだったから俺達は助かった」
あともうひとつ言えるのは、部長の存在は決してイレギュラーではなかったこと。手帳がそれを証明している。
居るべくして居たのだ。死んでいった三人や私、直前に出席が決まったハルとは違って。
(……?……ちょっと、待った。そういえばハルは……)
突然閃いたその想像に、私は、思わず強く両手を握りしめた。まさか――いや、でも―――
「?おい、どうした?」
「………ハッカーさん。部長は、会場が爆破されることを知ってたと思う?」
「―――?…それは…そう、だな。知らなかったはずはないだろう。現に今生きてるんだから」
あの日、あの場所で何が起こるのか。爆破犯と繋がりがなかったなら知らなかっただろう。
だが知らなかったなら、生き残れるはずがないのだ。警備も下にいた連中も彼を見逃したのだ。それは紛れもない事実。
―――その仮定が正しいとすれば、私のこの想像は、あながち間違いでないということになる。
ボス、もといDr.シャマルから依頼を受け、三人の同行を求めた後。
次の日ハルに報告したとき、彼女は何と答えた?……パーティーに出席する羽目になった、と言ったのだ。
急遽出席人数が足りなくなったからと。上からの命令で。
“情報部情報処理部門部長”から、直々に――――?
「会場が爆破されることを、知っていたにも関わらず―――命令したんだわ」
出席すれば死ぬと、分かっていて。爆発に巻き込まれるかあるいは、他の大勢のように殺されると。
それはつまり、自分の手を汚さずハルを殺そうとしたのだ。間違いない。だって、部長は知っていたのだから。
でもいったいなぜ?確かに部長は彼女を疎ましく思っていたようだった。しかしなぜ、今。
(…事件に巻き込めば、単なる被害者の一人で済む、から?)
ボスとの交流がある以上迂闊に手は出せなかったから、この機会にと思ったのか?
「本人に聞いてみなければ、分からないわね。…分かりたくもないけど」
「……全く、そこまで話が飛ぶとはな。単に証拠隠滅って話じゃないのか」
「―――――――」
「とにかく助かったんだ。今は部長だってそうそう動けないだろ、あまり気にするな」
「でも!……っ、いえ。…そうね。話を戻すわ」
怪我人に無理をさせてまで、ハルを呼ぶ前に整理をしたいと言ったのは私の方だ。
暗殺計画書を見せれば彼女は確実に動揺する。私でもそうだった。だからその時には冷静でいたい、そう思う。
部長に対して湧いた激しい憤りには蓋をして、途切れた話を辿りはじめる。
「その取引相手に関することなんだけど、彼らはどこまで知っていたかが重要だと思ってる」
「どこまで、っていうのは?」
「その文書の中身、とか。十代目殺害計画だなんて知ってたら尚更、協力するはずがない。
ハルが言う“彼ら”なら、ね」
ボンゴレを愛している。ボスにも敬意を払っていた。本当にそんな連中だったなら――――
「部長が爆発のことを知っていたのなら、取引すること自体に意味はないし」
「俺との取引を終えたら部長に連絡する、ね。……だがその前に爆発は起こった」
「そう。無駄なのよ、その取引。正直、単に貴方を足止めする為のものにしか見えない」
手帳に書かれていた部長を現す暗号。部長が関わっている、ということを知っただけで全く見えるものが違う。
ばらけていたものが次々と形となって私達の前に現れてくる。……最も、証拠などはないけれど。
「つまりは―――――捨て駒か」
方法ならいくらでも考え付く。彼らが愚直なまでにボンゴレを愛していたのなら、尚更。
単純にハッカーだけを悪者にすればいいだけだ。情報部から機密データを盗んだ極悪人。
データ及び本人を捕らえるための囮捜査。取引相手に扮してハッカーを騙すという作戦を立てればいい。
―――――部長の命令、で。
ボンゴレの為になるならば、彼らは喜んでそれを手伝っただろう。
「……まあ、悪くないんじゃないか?」
「今までの中ではね。ただ、ひとつ問題があるんだけど」
「ん?」
「このボンゴレ十代目暗殺計画書。……これは、ちょっと、ね」
道筋は立った。証拠はこれから死に物狂いで集めればいい。
しかしひとつだけ、そう、引っかかるものがあった。暗殺計画と―――部長との話。
ハッカーの言う通り、これはそもそも私達のような下っ端が手出しできる領域ではないけれど。
「彼は穏健派じゃないことは確か。過激派なんだけど、今まで一切表立った行動はしていない。そもそも部長は慎重さが
売りで今までやってきてるはずなのよ。そこまで地位が高いわけじゃないし、その程度の分別は持ってる」
取引に関わっていること。爆破事件にも、何らかの形で関与している。まずそれは明らかだった。
「でも――だからこそ、こんな大それた計画を立てられるような度胸はないと思うの」
「他に協力者がいる。そう言いたいのか」
近いけれど、多分違う。
「―――上がいる、ってことよ」