私達が目指すべきものとは、何か。
灰色の夢
爆破事件と暗殺計画。このふたつは強く結び付いており、決して切り離して考えてはいけない。
しかし前者の主犯が部長だったとしても、後者もそうであるとはどうしても思えなかった。
「明らかに力不足ね。緻密な計画に、大規模な裏金まで―――部長ごときが用意できるものじゃない」
第一慎重派の彼が、ドン・ボンゴレを真っ向から敵に回すような計画に自ら加わるだろうか?
失敗すれば全てが終わる。待つのは死だけ。……そんな危ない橋を渡るような男には見えない。
つまり更に上がいて、部長に命令できるだけの権力を持っていた、と考えれば話は通る。
もっとも、何かしらの利害の一致があって協力しているのかもしれない。どちらにしろ彼だけでは無理なこと。
「部長より上といえば……監査系か?顧問とかの」
「あの辺りは比較的『頭の固い死に掛けジジィ共』が多いらしいわね」
「……だから。んな口叩いてると殺されるって」
「大丈夫よ。だってこれ、ボスが言ってたことだし」
「―――マジか」
「うん、マジ」
「……」
私だって誰彼構わずこんな悪口を言っているわけではない。相手はちゃんと選んでいる。
ボスのイメージが崩れる、などと意味不明なことを呟くハッカーは放置して、私はまた深く考え込んだ。
とにかく、この最悪の裏切りは部長一人ではありえないのだ。もっと上の人間が絡んでいるのは間違いないだろう。
そしてその場合―――私達にとって、事態はあまり愉快なものではない。
部長だけならまだよかった。彼が関わっていることが事実な以上、つつけば何かが必ず出てくる。
それを証拠としてボスに提出してしまえば、後は何もしなくとも全ての始末はつくのだ。………部長、だけならば。
だがこの暗殺計画書がネックだった。真正面から相手にするには、立場の差が痛すぎる。
「仮にボスにこれを渡して全てを話したとしても―――その後が一番怖い」
このまま提出したらどうなるか?もちろん、直ぐに調査が始まるだろう。それだけ重要なことだ。
しかし既にサーバーからデータは消されているだろうし、元々データが存在したのは情報部の管轄。
そんな状況で犯人が挙がるだろうか。否。むしろ逆に捏造だとボス側が叩かれかねない。
それに加えて―――もし。もしも、そのデータを提出した人間を誰かに特定されたとしたら?
「確実に消されるわね。疑いようもなく。・・・私は自分の身くらい守れるけど、ハルは・・・」
「あー・・・。でも、ボスに頼めばいいんじゃないか?守ってくれって」
「馬鹿言わないでくれる?それこそ本末転倒だっての」
「はぁ?」
私達は、一体何を目指して、ここまで歩いてきたのか。事件を解決するため?解決して、地位を上げるため?
では何の為に地位を上げるのか。何の為に、ボスと決別してまで、たった二人分の力で解決しようとしているのか。
(ハルが、庇護されるだけの今の状況から抜け出そうとしているから)
恐らくは“彼ら”と対等になりたいという理由で。―――“彼”の近くに行きたいという理由で。
「大却下。私達にとって最悪の選択肢よ」
「じゃあどうするんだ。後生大事に抱えてたって、危険が増すだけだぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
本当はたったひとつだけ、私は使い道を考えていた。でもそれは決してボンゴレの為にはならない。
以前なら私の一存で決めていただろう。けれど、今はそうじゃない。ハルという仲間がいる。
――――もう大まかな整理は終わった。ならば、彼女と全ての情報を共有しなければ。
それがどんな結果を生んだとしても――――
「?」
「・・・ハル、呼んでくるから。ちょっと待ってて」
「いいのか。全部話して」
「約束したからね。それに、・・・・・・信じてる」
こんな台詞を吐くなんて、数ヶ月の自分が知ったらどんな顔をしただろう。
何の躊躇いもなくするりと出てきた言葉に、ほんの一瞬だけ。私はそっと、目を閉じた。
痛々しいまでに青褪めたハルは、まばたきひとつせずパソコンの画面に見入っている。
話の順序からいって、あの計画を真っ先に告げなければならなかった。部長がハルを殺そうとしたことよりも前に。
しかし内容が内容である。たった一言二言で、今にも気絶してしまいそうなくらい震えてしまっていた。
ボスの暗殺計画というだけでも衝撃的なのに、ましてそこに親友の名があったのでは――――
「・・・・京子、ちゃん」
呆然としたままのハルが、無意識に言葉を零す。その表情からも“キョウコ”という人物との仲が窺えた。
幼い頃こちらに連れてこられた私には、親友と呼べる人間などいない。だから想像することしか出来ないけれど。
「この人が盗んだ所為で計画は流れたの。だから事件が解決するまでは誰も動けない。それだけは覚えておいて」
「・・・・・・それ、は、・・・今のところ、って意味、ですか」
「否定はしないわ」
気休めなど必要ない。ただ事実が全て。私は極力感情を込めずにそう応えた。
このまま計画が露見せず、ほとぼりが冷めたら―――計画を立てた連中は必ず実行するだろう。
それほど緻密に練り上げられた計画だったからだ。一度のアクシデントで諦められるレベルではない。
(本来なら。今すぐボスに報告して“彼女”を保護するべきだけど)
厳戒態勢下で監視が強化され身動きが取れない以上、解決までの間は猶予があると思っていい。
出来ればその猶予を最大限に生かして、私達の目的を果たしたい。非道だと罵られても。
「ねえ、ハル。今度は私の話を聞いてくれる?」
何を、目指すべきなのか――――私が思ったことを。ひとつの意見として、聞いて欲しい。
少し前の私と同じように、パソコンから目が離せない彼女をしっかり見据え、そう言った。
「・・・・・・・・、さん」
「なに?」
「あと・・・・あと十分。待ってくれますか。・・・聞きますから。ちゃんと」
「・・・ハル・・」
自らを庇って死んでいったカルロとジュリオ。部長を追ったアレッシアの死。それに対して部長が生きていたこと。
長年の友人が犯したとされる罪。そしてそれが、ある意味冤罪かもしれないこと。
これらがたった数日で起こったことであるということと、それでも尚今彼女が前に進んでいるという事実。
ボンゴレ十代目暗殺計画、親友の誘拐などという最悪のシナリオを目の当たりにしても、足掻こうとしている。
(私は―――ハルの力になりたい。彼女の望みは決して分不相応なものじゃない)
こんな感情を覚えるのはイタリアに来てから初めての経験だった。今までになく強く、そう思う。
何かを耐えるように目を伏せた上司を見ながら、私は頭の中で何度も何度も繰り返した。
―――私達が目指すべき最終ゴールとは、一体何なのか、と。