選ばなければならないことがある。

 

 

灰色の夢

 

 

 

「まどろっこしいのも何だし、結論から単刀直入に言うわね」

 

 

 

きっちり十分待ってから私は口を開いた。ハルも前言通り、既にパソコンの画面からこちらへと視線を移している。

 

あの事件が起こってから今、この瞬間まで。

何をするにも努めて彼女の判断を仰ぐようにしてはいたが、それらは決して愉快なことではなかっただろう。

目的を果たす為ならば多少の非常識にも目を瞑って――――私達を気遣うボスさえ欺かせたのだから。

 

もちろんその根本には“彼らの居る場所までのし上がる”ため、という確固たる理由があった。

 

 

そう、今回はそれが最も重要なことなのである。その為だけにずっと、歩き続けてきたのだ。

 

 

 

「私はこの件、部長を追い詰める証拠を揃えるまで隠しておこうと思うの」

「・・・・え・・・」

「ボスやハルの親友が危険に晒されているのは事実だし、本来ならすぐ上に報告すべきことだと分かってる」

 

 

 

だがそれでも、奴らが再び動き出すためにはこの厳戒態勢が解かれなければならない。

それは事件が何らかの形で解決するときでしかないのだ。言い換えれば、事件が解決しない限りこの状態は続く。

 

私は時間が欲しかった。爆破事件の犯人を挙げるための証拠を揃える、時間が。

 

 

 

「これを提出したら今までしてきたことが全部無駄になってしまう。どこで手に入れたという話になれば即ハッカーさん

のことも話さなきゃいけない。取引のことも南支部のことも部長のことも全部よ?」

 

「・・・・・・、さん・・・?」

 

「それはつまり私達の手では事件を解決出来なくなるってこと。貴重な情報を入手したという点でボス達には評価

されるかもしれないけれど。――――それじゃ全く意味がない!」

 

 

 

情報屋『Xi』の評価が上がるかもしれない。ハルは・・・きっと元々評価する気などないだろうから変わらないだろう。

だとしても、そんなことはどうでもいいのだ。私達の目指す目的にとって、ボスの評価など何ら意味を持たない。

 

全てを明らかにしたい、と思うのは失ってしまったあの三人の為であり自分の為でもある。

 

では自分達だけで事件を解決しようと思ったのはなぜか?あの勘違いボスの鼻を明かすため?

 

 

(ぶっちゃけそれは、否定しないけど)

 

 

しかし、それよりももっともっと重要だったのは―――――

 

 

 

「何よりもまず私達の力を周囲に認めさせること。・・・そうでしょう?」

 

 

 

私がハルの部下になりたいと言った所為で、特に必要視されていなかった新たな班が無理矢理作られた。

班長になるには試験に合格する義務があるというのに。時期がずれていたため、結局行われなかったらしい。

 

―――彼女と一緒に働いたことのある人間ならば、まだいい。

 

情報処理部門第五班の班長が言っていたように、班長を務めるに値する力を持っていると知っているから。

 

―――ただ、もしそうでない場合はどう思われるか。もちろん明白なことである。

 

ハルは部長から嫌味を言われることが増えたという。特にボスからフォローがあったとは思えなかった。

試験さえ受けず、しかも既存の班ですらなく、はっきりとした理由も表さず班長に就任した人間だ、なんて。

 

 

 

「贔屓だとか言われても仕方がないと思うのよね。そもそもボスのやり方がまずいのよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。あの、さん。少し落ち着いた方が―――」

「これが落ち着いてられるかっての!ハル分かってるんでしょうねこの状況?!」

「はひっ?!」

 

 

 

ばん、と湧き上がる激情のままに拳を壁に打ち付ける。ボスと部長への怒りをもう隠すことは出来なかった。

最初はちゃんとハルに今の気持ちを説明しよう、と思っていたはずなのに。吐き捨てるように言葉が止まらない。

 

 

 

「この暗殺計画は私達がどうこう出来ることじゃないわね。私達だけで首謀者を見つける、なんて不可能に近い。

だからこれは最後まで取っておきたいの。爆破事件を起こしただろう部長を告発する、その時まで」

 

 

 

告発さえ出来ればその功績は残る。たとえ対外的に発表されなかったとしても噂は広がり、周囲はそれを知るだろう。

即上に行くことは出来なくても、一歩踏み出せることは間違いない。マフィアは実力社会なのだから。

 

 

 

「もちろん隠したままにするつもりはないから安心して。部長が犯人だと認められたら、どうにかしてボスに伝える。

そしてその計画が、尋問の最中部長から洩れた、ということにしてもらえばいい。私達とは一切関係ないと証明

できさえすれば、余計な危険を呼び込むことにならないと思うの。ね、ハル。どう?」

 

「―――――――」

 

 

 

遠慮なくまくし立てた私に驚いたのか、当のハルはぽかんと口を開けたまま動かない。

さっきまでの悲壮な表情はどこかへ消え去り、今はただ、呆然と目を瞬かせている。

 

私はこれ幸いとすかさず畳み掛ける。最早話し合いなどではないと分かっていたが、今度は意図して止めなかった。

 

 

 

「ハル。私達が目指さなきゃいけないものって、なに?最終目標ってなんだと思ってる?」

「―――おい、

「ハッカーさんは黙ってて。私は彼女に聞いてるのよ」

 

 

 

咎めるように響いた声をばっさりと切り捨てて、上司の顔を真正面から覗き込んだ。

 

強制するつもりはない。命令などもってのほか。それでもあの時、彼女は血反吐はいてもやると私に誓ったのだ。

自分の望みを言う上で、最大限の譲歩はしたつもりだった。それでも尚反対するなら無理強いせず考え直すけれど。

 

 

 

「私ね、さっき決めたことがあるの。貴女の下につくって決意した時にはもう考えてたんだけど」

 

 

 

そこまで言ってにやりと笑う。もし“それ”が実現したなら彼が一体どんな顔をするか、想像するだけで楽しかった。

与えられた仕事や班にも失望していたのもあって、ボンゴレに入った当初は漠然としたイメージでしかなかったが。

 

 

それでも―――今。前に進もうとするハルを見て、強く強く思ったこと。

 

 

 

「ハルの目標、は・・・のし上がることです!幹部になって、左団扇で・・・・っ」

「――――主任を目指すつもりはない?」

 

 

 

上を目指す。ではその“上”とは、何を指すのか。幹部とは一体どういうものを指すのか。

ずっと考えていた。最終地点とは何なのか?―――前置きなどいらない。私はどんどん言葉を続ける。

 

 

 

「は、・・・・え?・・・・え、主任?」

「情報部主任。これならおいそれと手を出す輩はいないでしょうし第一、ボスの力になるには最適な地位だわ」

「ツナさん、の・・・」

「そうなる為にもこのチャンスは逃すべきじゃないと思うのよね。頑張ればいつかはボスの力になれるんだから」

「・・・・ツナさんの、力に・・・・」

「その通り。だからハル、これは隠しましょ?」

「・・・・・・・・・・っは・・」

 

 

「ちょい待てえっ!!」

 

 

 

ちっ、もう少しで頷いてくれるところだったのに。私は突然割り込んできた天才ハッカーに目を向けた。

すると未だに包帯ぐるぐる巻きの姿で、びしっとこちらを指差したまま力一杯叫ばれる。

 

 

 

「大人しく黙って聞いてりゃ何だ!お前のそれは洗脳だろ!」

「ええ?でも事実じゃない」

「んな実現不可能なこと言うのは詐欺以外の何物でもないわ――!」

 

「あらいやだ、ハッカーさんってば」

 

 

 

口調とは裏腹に、強い怒りを込めて低く呟く。伊達や酔狂でこんなことを言っているのではない。

 

 

 

「―――そんなこと、やってみなければ分からないわ」

 

 

 

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