目の前の敵から、叩き潰す。
灰色の夢
「なな、ななな、な、何言ってるんですかさん――――!?」
彼女が望んでいる彼らと対等な地位。もちろんボスは頂点、つまり唯一なので“彼ら”の中には入らないだろうが。
恭弥を含む日本からの仲間が守護者であることを考えると、生半可な地位では叶わないと分かっていた。
そこで出てきた候補が『情報部主任』――――。
正気に戻ったハルの悲鳴を右から左へ聞き流しつつ、私はハッカーに向けてぐっと親指を立てた。
「目標は大きく、って言うでしょ?」
「・・・夢の間違いじゃないのか・・・」
「少なくとも他の人間よりは優位に立っている、と思ってるけどね」
「どういう点でだ。確かに多少のハッキング能力はあるようだがな、上には上が」
「誰がいつそんな当たり前のこと言ったの?この自信過剰男」
ぼそりと聞こえるように嫌味を言うと、ハッカーはあからさまにぐっと言葉に詰まって黙り込む。
最も彼の能力は本物だし、決して自信過剰などではないと知っていた。ただそれを自分で言うなというだけのこと。
ともかく技術の話ではないのだ。限界はあれど技術ならばある程度学習し、身につけることが可能だから。
そうではなくて本人の努力とは関係ないところでの優位性。得られない人間はどう足掻いても一生得られないもの。
「だからな、おい。そもそも主任になるにはある程度の家柄とか」
「今までひとつとして例外がないとでも?」
「う、いや、それは―――あのな。お前はどうしてそういう―――」
――――人脈、といえば聞こえはいいだろうか。
「さん!ハッカーさん!二人だけで分かり合わないで下さいって言いませんでしたかっ?!」
「っ、いきなり叫ぶな!つか今の会話をどう聞いたら分かり合ってる風に思えるんだ!」
「言い訳はノーサンキューですっハルを除け者にしないでください!」
比較的元気を取り戻してハッカーと言い合うハルの姿を見ながら、ほんの少し息を吐く。
それをどう扱うにしろ、まずこの底辺から抜け出さなければ話にならない。
(だから出来れば、この計画書は隠しておきたいんだけど・・・)
ハルにとって、それは親友やボスの安全を犠牲にしろと言われたことと同じ。動けないという意見も絶対ではない。
やはり断られるだろうか。手帳を見るために卑怯な手を使ったときも、他に道がないから渋々頷いてくれただけで。
かなり酷いことをしている自覚がある以上、今回は流石に無理か―――などと思っていたら。
「さん。なにひとりで黄昏てるんですか」
「・・・え。あ、いや、二人で随分楽しそうだな、と思って」
「・・・・・・・・・・・。いいですよ」
「は?」
二人の口論はいつの間にか止んでおり、ハルが恐ろしく真剣な顔をして私の方を見ていた。
言われたことを一瞬理解できず聞き返す。いいですよ。・・・・いいですよ?
「いいって―――――っ、えぇ?!」
「今回だけです!・・・今回だけ、特別ですから」
予想と真反対のことを言われて私は心底驚いた。思わず漏らした声に被さるように言葉が重ねられる。
彼女の瞳に宿るのは怒りと、そして深い深い悲しみ。それでもぐっと手を握り締めて引こうとしない。
苦渋の決断であろうことは直ぐに分かった。―――言葉にするだけで、既に傷ついていることも。
「次はないです。今度こんなことがあったら絶対に、すぐツナさんに言いに行きます」
「そ、・・・それはもちろんだけど、ハル?」
「時期が良かったです。今日本には了平さん・・・ええと京子ちゃんのお兄さんが居て、だから大丈夫なんです!」
どうして―――そう言外に込めた疑問に返された答え。
つまり計画実行日に出張で中国に出ていた守護者の一人が、今は日本に滞在しているという。
キョウコというハルの親友とその守護者は兄妹であり、日本に居る間はほぼ一緒に行動しているらしい。
本当はそれでも危険を知らせたいけれど、“彼”がいるから、部長を捕まえるまでならば待てる――――
「特別、ですからね。・・・・時期が良かったんです」
「・・・・・・・・ありがとう」
「いえ。ちゃんと考えて出した結論ですから」
私のせいではない、と。責任を半分持っていってくれる上司に、私は力強く頷いた。
このまま提出すれば私達の命が危うくなると言っても、ハルなら形振り構わず動いただろう。
情報が洩れて狙われたとしても、後悔などしないのだろう。私には到底出来ないことだった。
その彼女が、時期が良いからと自分の気持ちを抑え込んでまで、私の酷い提案を受け入れてくれたこと。
「じゃあハッカーさん。そういうことだから、もう一仕事お願いできる?」
「は、この状況で断ったら何されるか分からないからな。引き受けてやるよ」
「この・・・っ、いちいち一言多いっての!」
「はひ!さん、パソコン折っちゃだめですよ!」
「誰が折るか――!」
――――それが何よりも嬉しくて、・・・何故かとても、苦しかった。
「殺し専門の掃除屋ぁ?んだそりゃ。聞いたことねーぞ」
「まあまあ、獄寺。一応実在するってのは突き止めたし、間違いなさそうじゃね?」
「それって会場でが始末したっていう、“紛れ込んでた”人間のこと?」
深夜になってから山本が持ってきた報告に、獄寺と雲雀は微かに疑問の色を浮かべる。
爆発前戦闘があったというのは事実だが、襲撃をかけたのが一体何者だったかは分かっていなかった。
しかし度重なる現場検証を経て―――ボンゴレ秘蔵の監査機関が見つけたのは、奇跡的に焼け残っていた物証の数々。
その中からマフィアのものではない、特殊な金属片が見つかったのだという。
「ああ。今となっちゃ、どっち側だっつって侵入したのか分からないけどな」
「下っ端のパーティーじゃそう警戒はしねえ。それが仇になったってことか」
鑑識に回してみれば、金属片はある殺し屋集団が身につけている武器の欠片であることが分かり、今に至るのだ。
事件解決に繋がる新たな情報だと喜んだのは、一瞬のことだった。
「・・・で?その殺し専門の掃除屋とやらが爆破事件を起こしたとでも言うわけ?」
「・・・・・・・・あー、いや、」
「おい山本。勿体ぶってないでさっさと言え」
「急かすなって。まあそれなんだけどさ、ぶっちゃけ、・・・・だったらいいなー、的な?」
「―――――――」
「いやまじトンファーはなしで頼む!その掃除屋ってのが少人数な上に、あの事件で全員死んでるんだぜ?」
―――それは、容疑の立証がほぼ不可能なことを意味していた。
「さんが殺した警備と見張り、多分その人数で全部だ」