これはいったい何の呪いだろうか。
灰色の夢
結局話し合いは真夜中を過ぎても続き、漸く終わった頃にはハルもハッカーもかなり疲れた様子を見せていて。
それを見かねた昔馴染みの医者が泊まっていくよう勧めてくれたので、その言葉に甘えることにした。
―――そして迎えた朝。ここからが最終局面だと、私達の誰もが分かっている。
まず本日の仕事をさっさと終わらせた後、私とハルで南支部へ向かい、『シチリアの地獄耳』に話を聞く。
それと同時に例の“爆弾の詳細リスト”をハッカーが分析し、用意したであろう人間の絞り込みをかける。
(・・・もっともこれは、私もしなきゃならないことだけど)
私の担当は、マフィア界の外。Dr.シャマルが調べているだろうマフィア関連の武器屋はハッカーに頼むのだ。
とにかくどんな小さな情報でも良かった。少しでも部長に繋がる何かが手に入りさえすればいい。
「連日で悪いけど、また今夜ここに来るわ。だからその時に」
「ハッカーさん、よろしくお願いします!」
「ああ、それくらい時間があれば十分だ。………お前ら焦ってヘマするなよ」
「片腕だからって監視プログラムに捕まるような真似、しないでくれますよね」
「言ったな?」
「ええ言いましたよ」
「あああの二人とも……」
そう勢い込んで、とりあえずボス達に動きを悟られないよう普通に出勤した。
の、だが――――。
あの三人がいなくなって変わったのは、ただ班に振り分けられる仕事の量だけ。
単調な入力作業を黙々と片づけていく。部屋には資料を捲る音と、キーボードを打つ音だけが響いていた。
私は未だに、この場所に横たわる静寂に慣れることができない。今朝もつい五人分の紅茶を淹れそうになってしまった。
もちろん瞬時に気付いて伸ばした手を引っ込めたけれど。………気付かれなかったとは、思うけれど。
(何だか最近、おかしいのよね…)
自分で自分が分からない。そんな感覚は初めてのことで、ここ数日、私を酷く戸惑わせている。
「これは終わり、ですね。……あ、さん。この分だと昼までには終わりそうです」
「そう?なら終わり次第適当に腹ごしらえして、向こうに行きましょうか」
「了解ですっ!」
ハルは今更だがコツを覚えてきたらしく、九班発足当時と比べて格段にスピードが上がっていた。
もう私が手伝わなくても昼に終わらせることが出来るようになったのだ。とても喜ばしいことだと、思う。
彼女は変わった。それは明らかだ。まだしなければいけないことは山積みだけど―――彼女は確かに、変わった。
最終的には笑い飛ばされてしまった、主任になるつもりはないか、という問い掛けが頭に浮かぶ。
別に満更でもなさそうだったのに。と自らの洗脳行為を棚上げにして昨日のことを思い返していると―――
―――部屋に小さな電子音が鳴り響いた。聞きなれない音だった。
音の発信源は、この間ボスから貰ったあの怪しい最新型携帯で。私達は二人してその液晶を覗き込む。
「……誰?」
「あ、その番号…獄寺さんの携帯じゃないですか?」
「はっ?!……え、ちょっと待って私、最近は何も壊した覚えはないんだけど」
「さん…。言ってて虚しくありませんか、それ」
「全っ然」
戯けてみたものの、今の状況で用件などひとつしかないだろう。あの爆破事件のことに違いなかった。
しかし獄寺が直接…というのが何とも気になる。切れる様子もないそれに、仕方なく私は手を伸ばした。
『………。か?』
「はい。獄寺さん、ですよね?何かあったんですか?」
『悪ぃ、仕事中に。今ちょっと時間とれるか』
「それは構いませんけど――――」
耳元に流れてくる声。真剣な響きと、少しの焦りがある他は特に変わった様子は感じられない。
何か聞きたいことでもあるのだろうか。深刻さがないのでそう軽く考えていた私が間違っていた。
『お前、今日中に一度人事部まで来い。例の件で確かめたいことがある』
「……人事部、ですか?」
『訳は会ってから話す。なるべく早く――と言いたいが、仕事に支障が出るのか?』
「ええとそれはどの位の時間が、」
『てめー次第だ。下手すりゃ半日潰れるかもな』
「…………………」
『ちなみに“命令”、だからな。時間ができたら連絡よこせ。この番号でいい。―――忘れんなよ』
獄寺は一気にそう言い切り、ぶつりと一方的に通話を終わらせた。反論どころか口を挟む隙さえなかった。
音量を最大にして、隣のハルにも聞いて貰っていたので、説明する必要がないのが救いか。
しかし結局何があったのか分からない。電話で話せる内容ではないということなのだろうが。
「え、と。今のはつまり、呼び出しですよね」
それ以外の何であると言うのだろうか。いや、これは八つ当たりだな。
「はひ、元気出してください!ハルなら一人で大丈夫ですから、南支部、行ってきます!」
「……昨日といい、今日といい……。私に南支部に行くなってこと…?」
話し合って作戦を立てて、いざ実行!という段階になるといつも電話の邪魔が入るのだ。
そして今までの推測をひっくり返す重大な事実が分かったりする。もしかして今回もその類か?
――――寧ろこれは何かに呪われている、と考えたほうがいいんじゃなかろうか。
またあのボスの辛辣な視線を浴びなければならないかと思うと、少々どころか、かなり気が重かった。
私はあの黒い携帯を手にため息を吐きつつ、履歴から獄寺へと折り返し掛けた電話を終わらせた。
今は正午を過ぎた頃である。少し前に普段通り仕事を終わらせ、ハルと軽い昼食を摂った。
それから宣言通り南支部へ一人出掛けていく彼女を渋々ながら見送って、携帯を手に取ったのだ。
いっそのこと夕方に連絡してやろうかとも思ったが、夜にハッカーの所へ行く約束をしている。
無駄に長引かせて証拠が消えでもしようものなら、取り返しのつかないことになる。・・・失敗は許されない。
「人事部…ってことは、山本さんの担当部署…」
口の中で呟きながら言われた場所へと歩き出す。執務室でないということが少し珍しくはあった。
電話を掛けてきたのだから獄寺はいるだろう。それと山本と、………あとは?
どの部署も情報部からは離れているため、小走りで歩くこと十五分。私は漸く目的の部屋へと到達した。
近づきながら中のさっと探ると、最近殺気を撒き散らしていたボスの気配がない。
(ああ、もしかして仕事とかで席を外してるとか…?)
ボスへの怒りが増加している今、会ってしまえば何を口走るか自信がなかった。
ハッカーの言う通りだ。焦ってヘマをすることのないよう、本当に気をつけなければならないのに。
その最大の原因になりうるボスがいないと分かって、気が緩んでいたのかもしれない。
許可を得る前に入ってくれ、と山本の声がして。扉を開けた、その先に。
――――予想していた二人の他、リボーンと恭弥までもが待ち構えていた。