何を言われたのか、分からなかった。
―――分かりたくなど、なかった。
灰色の夢
うわ、と思わず顰めそうになった顔を何とか笑みの形に持っていく。……多分成功したと思う。
この部屋の主らしく山本は正面の椅子に座っており、その傍に獄寺。他の二人は壁にもたれている。
すぐ押し隠しはしたが戸惑った気配を悟られたのだろう。山本は安心させるような笑みを浮かべてこちらを見やる。
「わりーな、さん。いきなり呼び出しちまって」
「いえ。ご命令とのことでしたので、従わない理由はありませんから」
「開口一番厭味かよ、おい…」
「冗談です。にしても、皆さんお揃いでどうしたんですか?」
それに普段なら執務室ですよね、ボスもいらっしゃいませんし。と私はさり気なく周囲を見渡した。
まずリボーンの方を窺う。しかし肩を竦められただけで答えてくれる様子はない。
次に恭弥の方へと体ごと振り向いてみた。だがやはりこちらも黙ったまま、じっと私を見ているだけ。
何となく癪に障ったので注意を促すように手をひらひらと振ってみる。すると何故か睨まれてしまった。
「愛想ない…」
「今に始まったことじゃねぇだろが。つーか遊ぶな!」
「だったら早く本題に入ってくださいって」
呼び出しさえ喰らわなければ今頃南支部でおばさんに会うことが出来たのに。本当にタイミングの悪いことである。
もしこれで大したことのない、下らない用事だったらボスに抗議し……いやいや、今はボスには会いたくないな。
思考が不穏な方へと転がり始めたころ、それを断ち切るかのように厳しい山本の声がした。
「さん。会場で襲撃をかけてきた連中を思い出せるか?」
「………っ!」
一気に頭が冷える。と同時に血に染まった会場が目に浮かんだ。悲鳴と、怒号と、銃声が鳴り響いていた戦場。
カルロとジュリオの仇。そう、私が殺した。私が殺したのだ。笑顔を浮かべることすら忘れ、私は問いかける。
「―――誰だか、分かったんですか」
「あくまで可能性の段階、だけどな。ここに写真がある。本人達かどうか確かめてくれ」
「わかり…ました。今すぐでいいんですね?」
「ああ。そこに座ってくれ。……これが資料な」
示された椅子に何も考えず腰をおろした。恭弥達の存在は既に消え、目の前に置かれた紙の束だけが映る。
まず一行目に書いてあった“殺し専門の掃除屋”という言葉に息が詰まった。
情報部――もしくは部長の私兵ではない――。いや、そうだとしたらもっと騒ぎになっているだろう。
次いで写真に目をやる。一枚目。あの時は急いでいたし焦っていたとはいえ、よく見ればわかるはずだ。
(……この人は、……警備の?)
悲鳴を聞いて廊下に出た瞬間、殺気とともに銃を向けてきた人間のひとりだった。
私はその時点で納得する。新たな情報が出てきたというのに山本達のテンションの低さ。
写真の枚数は、あのホテルで私が殺した人数と等しい。……無論、やむを得なかった情報部の青年だけは除いて、だが。
つまりそれは“殺し専門の掃除屋”が全滅しているということなのだろう。
死人に口なし、というわけだ。―――しかしこれは、南支部の連中が置かれた状況と酷似していないだろうか?
(やらかしたことの差は、天と地ほどの開きがあるけど)
一枚一枚じっくりと確かめて時間稼ぎをしながら、私は思考の海に沈んでいく。
おかしいとは思っていた。会場で殺戮を繰り返していた連中は時間的な余裕を一切持ってはいなかったから。
まるで爆発のことなど気にしていないかのように。……知らなかった、かのように。
部長が爆破事件に関わっているだろうことを知った今、どうしても捨て切れない考えがある。
この連中も、もしかして“彼ら”と同じように捨て駒だったのではないか―――――と。
爆破のことを知らなかったら。いや、知っていたとしても、時限式だと思っていなかったなら………?
(でも証明できない。ちゃんと知っていて、一分前には降りるつもりだったのかもしれない)
やはり、肝心なのは部長だ。どちらにしろ掃除屋は雇われなければ動かない。雇った人間は必ずいる。
私はひとつ息を吐いて、写真と書類の束を綺麗にまとめ、山本に差し出した。
「確認、終わりました」
「っ、それで、どうだ?」
「張本人で間違いないようです。廊下の警備員含め、これで全員ですね」
「――――そう、か……」
「…ちっ、よりによってこんな連中かよ!」
落胆する気持ちも分からないではない。それでも部長のことについて言及するようなことはしない。
―――初めてだった。新たな事実が出てきて尚、立てた推測を軌道修正しなくてもすんだのは。
思ったより緊張していた体を伸ばし、今夜やることが増えたな。などと思っていたそこに、声がかかる。
「・・・」
「んー?てか恭弥、居る意味あったの?単なる見学?」
恭弥だった。私は一仕事終えた感があり、おざなりな返事しかしなかった。何も考えてはいなかった。
――――だから、なのか。
「………君、大丈夫なの?」
さらりと、何でもないことのように。こちらを気遣う台詞でありながら、そういった感情など読み取れないのに。
一瞬だけ。
何かを、どこかを、こじ開けられそうな気がした。
いつの間にか少しだけ開いていた隙間から、するりと入り込まれそうな気がした。
一瞬だけ。…一瞬だけだった。
目を瞬かせた私は少し首を傾げて、珍しいこともあるものだというように笑ってみせる。
「――ああ、怪我のこと?最近全然痛くないのよね。Dr.シャマルには本当に感謝しないと」
「そういうことじゃないよ」
「素直に心配してるって言えばいいのに」
「してない」
「はいはい。生き証人に死なれちゃ困るんですよねえ?」
「……………」
揶揄うように言葉を紡ぐ。恭弥が自らそんな言葉を吐くものだからおかしくてたまらない。
憮然と黙り込む幼馴染にもう一度ひらひらと手を振ってみれば、やはりまた睨まれた。今度は微かに殺気付きだ。
流石にこれ以上はまずいかと更に笑って誤魔化してみる―――が、逆効果だったようで。懐に手を差し入れるのが見える。
(いやえーと痛くないとはいえ体力完全に回復してるわけじゃないのよね。昨日も遅くまで起きてたし)
どうにかならないかと目を逸らした正にその瞬間、・・・・・私の携帯に着信があることに気づいた。
ボスに貰ったものではない、“仕事用”のものである。ハルだ、というのは直ぐにわかった。
これ幸いとポケットから取り出し、誰に許可をも得ず通話ボタンを押す。
「は―――」
『さん!』
「な、なに?」
『―――お金貸してくださいぃっ!!』
悲壮感いっぱいの声に、状況も忘れ、私は思わず吹き出した。