全てを、知りたかった。
灰色の夢
次の日の早朝。
私達はまだ暗い内からボンゴレ本部へと出勤し、そして九班の部屋で最後の作戦会議を始めていた。
部長を告発する―――その事が私達の目的、つまり出世の足掛かりとなる為にはどうすればいいか。
ボスに直接報告したのでは意味がない。情報屋『Xi』の評価が上がるだけで、それでは今までと何も変わらない。
しかし身近な人間。例えば班長の中から選出される代表に訴えたとしても、彼らは部長の部下という位置に存在する。
権力のない彼らをみだりに巻き込むわけにはいかないし、誰がどう繋がっているかわからないのだ。
途中でもみ消されることなく、それでいて必ずボスへと渡るような方法とは何か。
(穏健派の誰か、そして地位が部長より上の人間に伝えてもらう)
――――情報処理部門の班長の一人に過ぎないハルを信用してくれる、ある程度地位のある穏健派。
私は情報部に詳しくはないが、彼女との会話で心当たりをひとつだけ見つけていた。
「まさか………主任、ですか?!」
「食事した位だし、ハルとは顔見知りよね。だから少なくとも頭から疑われることはないはずよ」
「え、ええ…。確かに、何かあったら、って連絡先を教えてもらったことがありますけど」
「………。随分仲が良いじゃないの」
「最近は全然お会いしてないんですってば!」
あわあわと挙動不審になる上司を眺めながら、連絡先があるということに驚き、そっと安堵する。
こういう所が他の人間と違う、彼女の運の良さだった。ボスと昔馴染みだったからこその人脈。
(守護者とも知り合いで、今は情報屋に天才ハッカーまで味方につけている)
もっとも、その人脈を維持できるのはハル自身の力だった。彼女が嫌な人間だったならとうの昔に壊れていただろう。
まだそれを“使う”ことに抵抗があるかもしれないけれど―――今だけはどうか我慢して。
「ただ、ね。その前に一度、部長に会っておきたい」
「、さん」
「アレッシアのことも、…南支部の連中のことも分からないままボスに引き渡す?馬鹿げてるわ」
「………それは、ハルも同感です」
ボスの為にやっているわけではない。ボンゴレの為にやっているわけでもない。
私達はあの日死んでいった仲間の為に真実を暴くのだ。全てを吐き出させてから罪を償わせる。
どうせ逃げられはしないのだから。――資料を主任に渡す前に、少しぐらい、時間を貰ってもいいだろう。
「事件のことを仄めかせれば部長は出てこざるを得ないだろうし。その点は簡単よね」
「でも、それって危なくないですか?もし待ち伏せとか、」
「そうねえ。…あ、いっそのこと攫うってのはどう?出勤途中を狙うとか!」
「全開の笑顔で言わないでくださいっ!冗談に聞こえません!」
「え、冗談?どこが?」
「…………」
部長はまがりなりにも部長だ。自らの私兵を有しているし、彼の為に死ぬという人間もいなくはない。
どうにかして一人にさせなければこちらの身に危険が及ぶだろう。それは避けたいところだった。
(だからそもそも、“私達”が“私達”だと思われてもマズイのよね)
身の安全を第一に考えるならば、すぐさま資料を主任に渡しに行かなければならなかった。
それでも、どうしても譲れない。多少の危険に目を瞑ってでも――――全てを、知りたい。
「そ、そんなことしたらこっちが悪者になっちゃいます」
「やり方さえちゃんとすれば出来なくもないって。大丈夫大丈夫」
「いえあのさん――?!」
ボンゴレ本部に程近い、薄暗い倉庫の中。
少しばかり札束を積んでお願いすれば、持ち主は快く貸し出してくれた。丸一日は自由にできる。
「貴様、何を――っ!」
「あ、ここ元冷蔵倉庫なので。壁が厚いですし、叫ぶだけ体力の無駄かと」
「ふざけるな!」
ご老体を労わろうという親切心から忠告してあげたにも関わらず、手足を拘束された男は元気に叫び続ける。
私は気にせず、珍しくぎっちり固めた前髪を撫でつけた。ついでに黒縁の眼鏡を押し上げておく。
ハルとの最後の作戦会議を終えた後、私は本当に部長を誘拐したのだ。もちろん出勤途中を狙った。
(最悪の場合を考慮して、一応変装済みだけどね)
顔が完全に割れている上司にはご遠慮頂いている。とはいえ今は倉庫の二階でこの会話を聞いているが。
「わ、私を誰だと思っている!ボンゴレに楯突くつもりか?!」
「滅相もない。私はそのボンゴレからご命令を受けて来ただけです」
「な―――なん、だと……」
「ああ、安心してください。単なる最終確認です。手荒な真似をしてしまって、申し訳ありません」
彼とは。――部長とは、初めてまともに喋った。今まではハルと話している姿しか見たことがなかった。
間近で見ると、暑苦しいエネルギッシュな中年バーコード男なだけ、という認識は改めざるを得ないことに気付く。
流石は部長と言うべきか、見ている内に冷静さを取り戻していく。卑屈さが見え隠れするも、知的な光は隠せていない。
(……油断してると、ひっくり返される……)
根拠はないが、そんなことが頭に浮かぶ。私は怒りに眩む意識を深呼吸することで落ち着かせた。
「ふ、あの若造の命令か?随分と思い切ったことをするものだ」
「心当たりはない――と。そう仰いますか」
「何の話を。私を拘束するだけの理由、それは正当なものだろうな?」
「はい。貴方が例の爆破事件に深く関わっているという証拠を得ましたので、告発致します」
そこで一度言葉を切り、彼の目をじっと見つめる。僅かな揺らぎさえも見逃すものかと思いながら。
―――ほんの一瞬だけ、眼球が揺らいだ。しかし表情には一切の変化はない。でも。
(馬鹿馬鹿しい。…こんなの、リボーン相手にする方がよっぽど辛い)
私は傍に置いてあった書類の束を手に取り、この男を追い詰めるべく、一歩を踏み出した。
「っ、は――はは、ははは!言うことに欠いて何を、」
「昨日、事件に使われた爆発物を作成した店を特定しました。ご覧になりますか?」
「………だから?私が何をしたというんだ、爆弾を設置したとでもいうのかね?」
「少なくとも爆発物を注文したのは貴方です。名簿が残っていましたよ」
「―――?馬鹿な、おい、貴様どういう――」
往生際が悪いと怒鳴りつけたくなったが、我慢する。焦って失敗すれば、全てが台無しになる。
私はうつ伏せに倒れている部長によく見えるように、ハッカーが作ってくれた資料を見せた。
「ほら。写真つきですよ?このサイン、筆跡鑑定してもらいます?」
「…なっ、何だそれは…!捏造だ!そ、そうだ、そうに決まっている!」
「えーじゃあ店の人に証言して貰ってもいいんですけど」
「黙れ…っ」
やはりこれだけでは足りない、か。