誰かの嗤う声が聞こえる。

 

 

 

灰色の夢

 

 

 

全ての意識を部長に向けて。あの日リボーンにしたように、どんな変化も見逃すまいと神経を尖らせた。

目の奥の奥を覗き込んで、その深淵に隠された何かを暴ければいいと。どうせ彼は終わりなんだから、と。

 

――しかし合わせた視線から伝わってきたのは、ただただ純粋な疑問の色。

 

今まで数々の人間を見てきたから分かる。誤魔化しているのではない。分からない振りをしているのでは、ない。

 

 

(部長は、・・・彼は、“計画”には一切関わっていなかった)

 

 

私達が、ハッカーが当初騙されていたように。彼もあのデータを情報部の“裏金”だと思い込んでいるのだ。

 

考えなければいけない可能性だった。証拠があまりに簡単に揃いすぎたことに、一度疑問をもつべきだった。

 

 

 

「爆発物を受け取るよう、言われたんですか」

「・・・・・・・・・・・・」

「掃除屋は好きに使っていい、とでも言われたんですか?」

 

 

 

返されるのは、また沈黙。だがこの場での沈黙は、やはり肯定であると思っていいようだった。

異常な状況で精神状態が不安定になっていても―――違うことは違うと、思わず口にしてしまうようだから。

 

私は資料を拾うことすら忘れ、すっかり大人しくなった部長に一歩、近づいた。

 

 

 

「一体誰に!」

「・・・・・・・・・・・・私が、答えると?」

「―――――――」

 

 

 

その返答が“誰かが部長自身に命令してやらせた”ということを証明していると気付かないのか。

わざわざ指摘してやるつもりはない。そしてこれ以上それが誰であるかを問い質す事に意味があるとは思えなかった。

 

部長が、南支部の連中を騙してハッカーを足止めする駒に使ったことは、間違いない。

そして何らかの方法で爆発物を設置し、掃除屋を使って会場の人間を殺させたことも、間違いない。

 

 

(だからこそ今、確かめなければならないことがある―――)

 

 

 

「部長。最後に少し、お聞きしたいことがあります。これはどうしても答えて頂きたいものですが」

「は、私は何も―――」

「貴方がパーティー会場から帰るとき、一人の女性が後を追いました。覚えていますか」

「・・・・・・・・・っ!」

「正直に言いましょう。彼女に貴方の後を追うよう言ったのは私です。ですから、答えてください」

 

 

 

殺気を、込める。言葉に視線に。この尋問とも言えぬ温い話し合いが始まったときから、初めて。

 

 

 

「―――殺したのは、あなたですか」

 

 

 

たった数ヶ月。そんな短い付き合いで、何故か私の中に深く根を下ろしてしまったあの三人。

最初こそボスが送り込んできたからと八つ当たりもしたが、それなりに上手く、・・・仲良く、してきた。つもり、だった。

 

彼女が死んだのは間違いなく私のせいだった。あの二人だってそうだ。きっかけは全て私だった。

 

 

 

「沈黙は肯定と受け取りますが?」

「・・・・・さ、最初から。私のことを、狙っていたのか」

「違います。ですが、貴方の存在に違和感を覚えたもので。・・・・何もないならそれで良かったのに」

 

 

 

否定の言葉が出なかったことに、私は強く拳を握り締める。爪が掌に食い込んで――ぷつりと皮膚が裂ける感触がした。

気にせず更に言葉を重ねようと口を開いたその瞬間、吐き捨てるように部長が叫ぶ。

 

その内容に、私は我を忘れて目を見開いた。それこそ、それこそが最後に今から尋ねようとしていたことだったからだ。

 

 

 

「やはりあの班・・・!おかしいと思っていたのだ、こんな時期に新たな班など!」

「・・・・・・・・・貴方は、やっぱり、」

「はは、あの女も目障りだった。他の忌々しい連中と哀れな犠牲者にしてやろうと思っていたのに、都合のいいときだけ

病気になる。それとも気付いていたのか?代わりに可愛い部下は殆ど失ったようだがな!」

 

「っ、この、口の利き方に―――」

 

 

 

喋る毎に感情が高ぶるのか、狂ったような笑い声さえ上げて部長は侮蔑の言葉を吐いた。

殺すために送り込んだのだとあっさり認めている。諦めからかと思ったが、―――逆に勝ち誇っているようにも見えた。

 

しかも他の連中、と彼は言った。ハルだけではなく、誰か他の人間もパーティーに送り込んだというのだろうか。

私は二の句を告げられず、圧倒されていた。・・・彼を黙らせるような何かを持ち合わせてはいなかった。

 

 

 

「私のことを捨て駒だと言ったな。ああ構わんとも、貴様の言う計画など心当たりはない。その証拠とやらも半分は

捏造だろう。・・・・・・だが、それがどうしたというのだ?」

 

「なに、を」

 

「認めてやるとも、爆破事件を起こしたのは私だ。南支部の連中も利用した。アレッシアという女も私が殺した。

間違いなく死刑になるだろうな?しかし私は満足しているよ。東洋の若造を崇める愚かな人間を大量に粛清できた。

 

―――何より、こんな地位にいてさえも、ボスに打撃を与えられたのだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当初の目的である、“部長を告発すること”。それは達成できるだろう。だが心の中は敗北感で一杯だった。

 

そう、実際、負けたのだ。・・・・・・ボス暗殺計画を立ち上げた誰かに。

 

 

 

「結局、私達は踊らされてただけなのね。誰かが用意した舞台の上で」

「―――、さん」

「偽の証拠を掴まされて、部長を捕まえるよう誘導されたってわけ?・・・は、惨めだこと」

 

 

 

目の前の床には部長が倒れている。黙らせる方法が見つからなくて、比較的証拠が残らない麻酔銃を使うしかなかった。

静かになったのを見計らって降りてきたハルに、かける言葉が見つからない。どうしようもない無力感だった。

 

会場跡から見つかったという特殊な金属片。それもよく考えれば、誰かが置いたものかもしれない。

掃除屋に行き着かせる為に。―――その顧客情報を、手に入れさせる為に。

武器屋だってそうだ。ひとつひとつ虱潰しに調べていけば、ハッカーの数十倍時間が掛かっても辿り着いただろう。

 

 

(相手にとっての唯一の誤算は、ハッカーが生きていて、計画が知られたこと)

 

 

だがそれも、尋問の最中に部長から洩れたことにするという、当初考えていた伝達方法は使えなくなってしまった。

部長は何も知らない。誰から命令されたかも、本当のことは知らないのかもしれない。捨て駒、だったのだから。

 

 

 

「・・・ハル、ごめんなさい。私が、甘かったわ」

「っいいえ・・・!ハルももっと、何かおかしいって、気付いていたら・・・・!」

 

 

 

気付いていたとしても、何も出来なかったかもしれない。それほど相手は大きなものだった。

全てが私達の上を行っていた。ボスを狙うという重罪を犯すような人間だということを、痛感せざるを得なかった。

 

 

 

「部長が捕まえられて、この事件は終わる。―――終わって、しまう」

 

 

 

『パーティー会場爆破事件の犯人』は、部長なのだ。そうするよう命じた誰かがいたとしても。

 

 

(背後に暗躍する誰かが居ても・・・・私達が揃えてしまった証拠は、全て部長を示している)

 

 

トカゲの尻尾切りのように逃げられたのだ。全ての罪を部長になすりつけ、全部なかったことにするつもりで。

―――この状況で計画をボスに直接伝えることは、そのまま死を意味していた。

 

 

(でも、ハルの親友がターゲットにされている。このまま揉み消すことは出来ない)

 

 

ハルは自らの命を投げ捨てても伝えに行くだろう。それだけは何としても避けたいことだった。

 

 

 

「ね、ハル。足持って足」

「え、あの、さん?」

「もう後には退けないんだから―――行くしかないでしょう?」

 

 

 

行くべき場所は、ひとつだった。

 

 

 

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